はた迷惑
その日、彼女は空を飛んだ。
大好きな彼に追われて…。
「この数式は次のテストの要となる部分だから、必ず覚えておくんだぞ」
黒板に雑な字で書かれた数式に向かってガンガンとチョークを叩きつけるのは校内一、二を争うほどの嫌われ教師、三好だ。
何かにつけて怒鳴り散らすその姿は、一部の生徒の間で壊れたサイレンと呼ばれているらしい。
ここは私立雪月花高校、創立50周年を迎えた我が校だが、校舎は古く荒んだような雰囲気を醸し出している。年々、女子生徒数が増えてきているのは、雪月花という校名に惹かれて来るとか…なんて話も聞いたような、ないような。まぁどこにでもある普通の高校だ。カラスの学校とかそういう異名はからっきしない。うん、普通だ。うん。
窓から太陽の暖かい日差しを感じる。ポカポカと人の眠気を誘うその暖気に僕、はいつも負けてしまう。みんなが三好を嫌うように、僕も三好が嫌いだからいつも寝たふりをしながらやり過ごす。が、今日のそれはポケモンで言うなら命中率100%、パラセクトのきのこの胞子を浴びたように瞼が遮断される。
気をつけなければ…。
一度、三好に指された事に気がつかないでチョークを投げつけられたことがあった。幸いにも?チョークは二つ隣の席の野沢菜さんの額に直撃していた。コントロールは悪いらしい。
「それでは、今から抜き打ち小テストを始める。時間は10分、昨日やった所の応用みたいなもんだから、みんな分かるとこだぞー」
クラス中からブーイングが飛び交う。
「最低点数をとった者には、体罰と呼ばない愛のビンタをプレゼントしよう」
体罰じゃないビンタってなんだよ。
「んじゃ始めるぞー。プリント回ったかー」
前の席の松岡から、振り向きもせずプリントを渡される。それを受け取り、後ろの席の美鈴にプリントを渡す。よく顔を見てはいないが、美鈴の顔色が良くなかったような。ああ、いつもこんな感じだ。
三好が満面の笑みでクラス全体を眺めると、「始め!」と大声で言い放った。
問題用紙を眺める。小テストというだけあってか、問題数は全部で10問。◯×問題式だ。
うん、分からん、解らん。単純に考えれば二分の一の確率で当たるが、僕は過去の悲惨な出来事を多くは語らない。全てハズレだったなんて。
そう、頭が悪いのだ。そして運も悪いのだ。てか眠いね。
「あと五分だぞー」
急かすことを抜かすなアホ教師。周りはサッサと済ませた様子で、寝てたりボーッとしたりしている。
焦るな、焦るな、あと五分ある。
じっくり考えるんだ、そうシンプルに、二つに一つの答えしかないんだ。うぅ、瞼がヘビー。
…鐘が鳴り響いた。と、同時にガラガラーっと勢いよく教室のドアが開かれた。遮断しそうな瞼も開かれた。きのこの胞子、敗れたり!
「おはようございます」
松崎乱が威風堂々と現れた。
ツカツカと教壇にいる三好の方へと歩み寄る。
三好はワナワナと怒りを彷彿させた。
「松崎!今ごろ登校してくるとは何事だ!」
「すいません、先生。今朝からなんかノロっぽくて、休もうか考えてたら寝てしまって、んで起きたらお腹痛くなかったんでぇ、来ました」
長い髪の先端をいじくりながら、悪びれもせず言い放つ。三好はさらに顔を真っ赤にしながら、チョークを手に取った。
「ふざけるなぁー!」
クラス中が思っただろう。こんな至近距離でなら十中八九、必ず当たる。ついにチョーク初ヒットを目の当たりにすることができる。だが三好は裏切った。チョークは松崎乱の体を横切り、廊下側前の席の矢井田さんの顎へ直撃したのだ。
コントロールは悪過ぎるらしい。
「矢井田!」
三好が駆け寄り、体を揺さぶるも反応がない。失神?してしまったらしい。
「ああ、なんてことだ。よくも、矢井田を…」
松崎乱を睨みつける。いや、やったのあんただろ。自意識がないのか、三好は松崎乱をさらに睨みつけ、感情を押し殺すような声で言い放った。
「松崎、昼休みに話がある。飯食ったら職員室に来なさい」
そのまま、何もなかったかのようにスタスタと教室を後にした。小テストのプリントも回収せずに。
えぇ~!っとクラス中のみんなが口を開けている。松崎乱はそのままの状態でポケ~っと突っ立ったままだ。
「矢井田さん!」
叫んだのはクラスの学級委員長、加瀬ルナが矢井田さんに駆け寄る。すると、意識が戻ったのか矢井田さんが「うぅっ」と唸り、反応を見せた。
「大丈夫??保健室に行きましょう」
「だ、大丈夫…ビックリしただけだから…本当、ノーコンすぎて笑えてくるわ」
クラス中、矢井田さんのその一言に反応したのか、ドッと笑いが起きた。僕も思わず噴き出してしまった。ぷっ。
「矢井田さん、なんかゴメン、あたしが遅刻してこなければ…」
松崎乱がオズオズと小さくなりながら謝る。
「大丈夫だよ、乱ちゃん。心配しないで、乱ちゃんは悪くないし謝ることもないよ。ただ三好が暴走しただけって話」
「…うん、なんかごめん」
ぽりぽりと頭を掻き、しょんぼりする松崎乱。空気が落ち着いたのか、加瀬ルナが指揮を取り始める。
「とりあえず、今やった小テストはあたしが三好先生に渡してくるから、後ろの席の人プリント回収して下さい」
ガタガタと回収が始まる。僕はすっかり、ノーコン三好事件?に見入ってしまっていたため、記入することを忘れていた。慌てて、雑な字で答えを記入する。たぶん、全てハズレだろう。しかし、僕は小テストのことよりも、松崎乱で頭が一杯になった。あの堂々とした佇まいに胸の奥がキュウっと痛む。
「あっ」
思わず声が出た。蚊のなくような声で、なんとも言えない感情がこみ上げてくる。そう、僕は松崎乱に恋したのだ。好き、好き、大好き、超愛してる。自分にひく。でもこの気持ちは抑えられない。
すでに休み時間に入っているので、僕は一人教室を後にし、帰宅した。
恋は病って言うじゃん。