重なる想い
「おはよう」
「おはよう」
こないだ、私の夕飯をおすそ分けして以来、朝から授業がある日は一緒に学校に行くようになった。
彼の借りている部屋は私が借りている部屋の1分先だった。
私達はゆったりと話しながら大学までの道を歩く。距離にすると歩いて5分。
「今日の帰りは?」
「午前中だけど…午後から図書館に行こうと思ってるから、授業が終わったら寄ってみたら?」
「分かった。ともこさん。いたら、一緒に帰ろう」
「いいよ。一応約束ね」
私達は大学内の中央庭園で左右に別れる。
私は商学部の校舎に彼は理工学部の校舎に。
「行ってきます」
「行ってくる」
どちらともなく、別れの言葉を告げてから左右に別れた。
「ともこ。朝から一緒に通うって事は付き合ってるんでしょ?」
「同じ時間帯の講義を受けてるからたまたま一緒に来てるだけよ」
同じゼミのクラスメートに軽く冷やかされる。
けれども、彼氏という訳ではない。
「残念ね。まだ、告白されていないから」
「でも、もう付き合ってる感があったからさ。ともこって意外に年下君でもいいのね」
「そういうふうに考えた事はなかったけど、彼といても気が疲れないのは事実かも」
「だったら…恋愛対象になっているんじゃないの?」
「えっ、彼の事を」
「うん。パーソナルスペースが広いあなたの懐に違和感なく側に来たんでしょ?」
「…そうだね。猫見たく自然に近寄ってきたかも」
「でも…恋愛特有のドキドキはしないよ」
「恋にルールはないと思うよ。落ち着いた恋でもいいでしょう?」
「そうなのかな」
「そうよ。これからきっと…ドキドキするんだって」
「そうか?」
「ゆっくり考えてみな。それにしても残念だ。俺らゼミ生を相手に選ばないで新入生を選んだのだから」
「だ…か…ら」
男子から、ほっぺを引っ張られる。
「にゃに、いちゃいじゃない」
「頭でっかちに考えない。思ったままに行動してみな?」
「思ったまま…」
「そう。お前の過去に何があったか知らない。もう、いいんじゃないか、自分の行動を抑圧するのは」
「なんで?」
「誰かに聞いた。お前が家を出る切っ掛けになった時の話」
「そうだね。ここは私の地元だからね」
「当時のお前の気持ちも分かる。でも…もうそこから動いてもいいんじゃないか?恋をしても誰も叱る年じゃない」
「そうだなぁ。なんだ?ともこにも春が来るのか?」
「あっ、先生。いらしてたんですか?」
「今日のゼミは…こんな状況では授業は無理だからこのまま話をするか」
先生はノリノリで授業を放棄するらしい。
「そういえば、先生は奥さんとどこで知り合ったのですか?」
その後は、本当に先生とゼミの皆で恋の話をしていたのだった。
思ったままに…。彼の事を本当はどう思っているのか考えてみようと思った。
「ともこ。ちゃんと勉強している?」
「してますよ。少し煮詰まったので、気分転換にここに来ました」
「あなたが煮詰まるだなんて珍しい」
「そんな時もあります。返却のお手伝いします」
私は返却が出来る本を抱えて、カウンターから出た。
子供のころから本が好きだった。実家の離れにも本棚を残したままだ。
こないだ、兄嫁から本棚が邪魔だって言われた気がする。
離れに置いてあるものは、私が寝るスペース以外は家族皆の物置のはずなのに。
兄嫁が結婚前からさり気なく私を悪く言うから兄とは上手くいかなくなった。
その事は既に諦めている。絶縁するのが一番簡単かもしれないが、父と母も巻き込むことになる。
就職活動が終わったら、時間にゆとりがとれるから、その時には決着をつけよう。
「ともこさん?いたんだね」
「ともくん。講義は終わったの?」
「えぇ。なので図書館に寄ってみました」
「そうなんだ。じゃあ、本を借りて帰るから待っていて貰える?」
私は帰る支度をしながら、本を持ってカウンターに行く。
「ともこにも春?」
「さあ?どうでしょう?」
私は曖昧に答えてから、借りた本を持ってカウンターを離れた。
「なんか…悩んでます?」
「大したことないわ。実家がらみだから」
「そうですか。早く解決するといいですね」
「気にしてくれてありがとう」
マンションに向かう道は右に曲がってまっすぐだ。
途中に児童公園がある。結構緑が多くて私のお気に入りだ。
幼いころは私もここで友達と遊んだものだ。
「ちょっと寄り道してもいい?」
「どこですか?」
「公園」
「いいですよ」
私達は公園に立ち寄った。
放課後は子供で一杯だったかつての公園は閑散としている。
外で遊ぶと言うよりは、ゲームで遊ぶ子供が多いのだろう。
私は久しぶりにブランコに腰をかけた。
「子供いませんね」
「遊びの種類が多様化したからでしょう」
私達はどちらからともなくブランコをこぎ出した。
「ブランコをこぐのは楽しいのにね」
「そうだね。久しぶりだけど。結構燃えたなぁ」
「そうそう。立ちこぎしてみたりして」
「誰が一番高くまで…なんてね」
とも君が私が思う事を口にするので私はびっくりした。
「どうしました?」
「私と同じ事をともくんが考えていたから。なんか嬉しい」
「どうも…俺たちは考える方向性が同じみたいですね。僕も心地よいです」
「そうかもしれないね。不思議だね」
「そうですね。ともこさん、これからも隣にいてもいいですか?」
「とも君…それは…」
「一人の男として、あなたと寄りそいたいという意味です。どなたかいるのですか?」
「いません」
「すぐに答えはいりません。考えて貰えますか?そろそろ暗くなりますよ。帰りましょう」
とも君に促されて私はゆっくりと公園を後にした。
答えを待っていると彼は言ったけど、私の中では答えは出ている。
「それじゃあ、ともこさん、明日も待ってますね」
「とも君…。私は…恋愛ニートだけどいいの?」
「俺も似たようなものですよ」
「私も私の隣はとも君であって欲しい」
「それは答えとして解釈しますよ」
「うん。それでいいよ」
「今日はここで別れましょう。また明日」
「ありがとう。また明日」
私達は私のマンションの前で別れた。
ゼミの皆にけしかけられた結果だけど…彼の事を好きになっている自覚があった。
彼と一緒にいて気がついた事がある。彼は肝心な言葉を口にしていない。
今日も隣にいてもいいですか?と聞いた。好きとは言っていない。
彼も…もしかしたら、心に傷があるのかもしれない。
そんな彼と一緒にいる事を決めたのは私だ。
これからゆっくりと心を重ねていけばいいんだと考えていた。
今日…私達の関係が変わった。