きっかけは授業の休講
私はその日は急遽講義が休講になってしまって、空いた時間をどう過ごすか考えていた。
普段は商学部の校舎にいるのだが、一般教養の為、今は経済学部の校舎にいる。
「どこで時間を潰そうかな」
今日の私のスケジュールはお昼休みを挟んで後、1時間は講義が残っている。
家に帰ってもいいのだが、お弁当を作ってきていて、それを自宅で食べるのも何か嫌だった。
今日は珍しく、全ての授業が商学部の校舎はない。次の講義は法学部の校舎だ。
「何処かのベンチで本を読みながらお弁当食べようかな」
私は、荷物を持って法学部の校舎に移動することにした。
比較的、木々が多く配置されている学校なので、至る所にベンチがあって緑を楽しめる。
今日は天気も良くて、風も心地いから外で時間を潰していてもいいかなと思って外にでる。
暫く歩いて、校舎から少し離れているけど、ゆったりと休める場所をようやく見つける事ができた。
ベンチに荷物を置いてから、私は午後の授業のテキストを取り出した。
一応、予習はしているけれども、分からない所があったので、もう一度読み返す。
それでも…やっぱり分からない。仕方ない。お昼休みに教授の所に質問に行くか。
ただ…忙しい教授だから教えてもらえるかどうかという不安がないわけではない。
私は予習用のノートを取り出した。自分なりにまとめた所を読み返す。
なんとなく分かりそうな気がしたんだけども、完全には理解しきれなくって、少しもやもやする。
「こんにちは」
突然、誰かに声をかけられる。
私はゆっくりと顔を上げた。そこには数日前に図書館で会った彼が一人だけでいた。
「こんにちは。今日は一人なの?」
「いつもは一人なんですよ。あの日は実験の共同レポートを書くのに書く場所を探していただけです」
「そうなんだ。実験のレポートって言うと、理工学部なのかな?」
「えぇ、生物学科1年です。あなたは?」
「私は…商学部3年です。理系は人並だったから凄いわね」
「商学部って言うと…会計学とかですか?」
「良く知ってるわね」
「実家が会計事務所なんです。そちらの方向性を目指しているんですか?」
「取れるだけの資格は取るけれども…人並の幸せも欲しいからどうかしら?欲張り過ぎは良くないと思うしね」
「珍しい方ですね。普通は欲張るじゃないですか」
「そうだね。でも…私は不器用だから何か一つに集中したいかな」
私が真面目に答えると。生物学科君は笑いだした。
「あなたは不器用というよりも、素直な方ですね。でも…公認会計士は目指すんでしょう?」
「えぇ、そのつもり。とりあえず夏に税理士試験は受験するつもりなんだけども、ちょっと難しくって」
「先生に聞いてますか?過去問の解説は読んでますか?」
「後で今日中に問い合わせてみようと思ってるけど…君も面白い人だね。ほぼ初対面の私とこんなに話すだなんて」
「…確かにそうですね。でも、どこか初めてな気がしなかったもので。図々しいですよね」
「そんなことはないと思います。感覚が同じなのかもしれないですね。今はいろんな人とふれあうべきだと思いますよ」
「あなたも…そうしてますか?」
「私は…人並でしょう。ボランティアしたりアルバイトは今はやめたけど、これからは就職活動しないといけないしね」
「一人で暮らしているんですか?」
「そうだね。今は、一人で生活しているからね。親からは贈与税の範囲内で貰っているだけだから」
「それって…素っ気なくないですか?」
「いいのよ。それでうまくいく家族もいるんだから…。君も一人暮らし?」
「俺は実家が北海道なので。幸い沿線の側に親戚がいるので、たまに監視にきますよ」
「その位がいいのよ。一人暮らしだと最初は自堕落になっちゃうもの」
「一人暮らしが長いんですか?」
「私は…今の家には高校3年から住んでいるから」
「一人暮らしですか?」
「兄夫婦が結婚して同居していたんだけども、思い切って改築するって言うからそのタイミングで私は家を出たの。実家もすぐそばにあるんだけどね」
「ごめんなさい、デリカシーがなかったですね」
「いいのよ。母とはたまに大学で会ったりしているから。以外に知られているみたいだし」
「そうなんですか」
彼は不思議そうに私を見ている。
「家族なんて元々は他人同士の集まりなんだもの。最初から上手くいくわけないでしょう?それに私は家をいずれは出なくてはならないから、早めに出ただけよ。でも…私も引っ越しを考えないと」
「どうしてですか?」
「すぐじゃないんだけども、実家に置いてある荷物…離れに置いてあるんだけども解体して、増築したいらしいんだ。それに伴って名義変更しろって言われるし…ね」
「何か…ややこしくなってませんか?」
「ややこしくしたい人がいるってことよ。いろいろ…あるんですよ」
「大変ですね。でも、一人暮らしってご飯が寂しくないですか?」
「それは…慣れじゃないかしら?自宅で皆と一緒に食事をしていたからじゃないかしら?お友達と食べたらどう?」
「あぁ…そうですね。本音を言うと、クラスメートのペースに合わなくって」
「焦らない事よ。4年間あるんだし、そのうちに分かってくるから。大丈夫よ」
私は彼に向って微笑んだ。その時…ぐうって音が鳴った。
「すっ、すみません…」
「私のお弁当で良ければ半分食べる?」
「いいんですか?」
「いいのよ。とりあえず、3食は食べましょう。私で良ければ一緒に食べると一人じゃないよ」
「そうですね。だったら…甘えてもいいですか?」
「どうぞ」
私は彼とのスペースを開けて、お弁当を取り出した。
ほとんど初対面の人とこんなことは普段ならあり得ないのに、こんなことがあるだなんて不思議だ。
けれども…本当の事を言うと心のどこかで…寂しかったんだ。
一人は平気って言ってはいるけれど、本当は寂しいんだ。
口にしたらいけないから口には出してはいないけど。
「大丈夫ですか?なんか泣きそうですよ」
「大丈夫よ。目にゴミが入っただけよ」
私は慌てて言い繕う。どうして…この人の前だとこんなに無防備になれるんだろう?
お互いに何も知らないのに、一緒にいても苦痛を感じないだなんて。本当に不思議だ。
「それでは頂きます。おいしいですよ。彼氏がいたら羨ましいですね」
「どうして?」
「こんなにおいしいお弁当ができるんだったら、どこに行っても楽しそうじゃないですか」
「そうだね。でも、ここ数年、私彼氏はいないんだ。残念だけども」
「どうして?こんなに素敵な人なのに」
「そこには…需要と供給バランスがあるからです」
私が意図的に恋をしないようにしているのもあるけれども、今は勉強に集中したい。
「なるほど。でも、その人を待っているんですよね?」
「いるとすればね。未来は分からないけど」
「そうですね。でも…お昼と一緒にする友人がいてもいいと思いませんか?」
「私…友達がいないとは言ってないんですけど」
「ごめんなさい。たまには、ランチを共にする後輩君がいてもいいと思います。俺立候補してもいいですか?」
「いいですかじゃなくて…君の中では決まりでしょう。会えた時にって制限つきね」
「えぇ。どうして?」
「まずはクラスメートとの交流が先です」
「分かりました。今度会えたら、またお話しましょう。僕はこれで失礼します。ご馳走様でした」
彼は微笑むと颯爽と歩いて去って行った。
「なんなんだ…。まるで春の嵐みたいな…面白い子」
名前も知らない、その後輩の事を私は少なくても嫌悪を抱かなかった。