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一話物

私の卒業

作者: 紅月赤哉

「痛かった」

 終わってからの第一声は涙で滲んでなかったと願いたい。でも、それはきっと都合がいいと思う。実際に一番近くで聞いている私がとても泣きそうで、震えていたんだから。相手に聞こえないわけがない。それを分かっているから田中君は私のほうを見ないでるんだ。気づかない振りとまではいかなくても、私の意図を汲んでくれたようだ。

「思ったよりもあっけなかったね」

 田中君の男の子にしては甘めなハスキー声が耳に染みる。教室から廊下のほうを眺めて、裸の背中を丸めて机の上に座ってる。窓から差し込む夕日が私達の影を伸ばす。緩やかな時間が私達を包む。

「そうだね」

 どれくらい待ってから呟いたんだろう。時間の感覚が曖昧になってる。いつまでもこんなスカート一枚の姿ではいられない。私達のセックスが見つからなかったのは単に運が良かっただけなんだから。

「もう着ちゃうの?」

 私が起き上がる気配を掴んだんだろう。田中君は私のほうを振り向いた。日の光に、胸板が微かに煌いてる。それが汗だと分かって、急に恥ずかしくなってきた。行為の最中は恥ずかしさよりも痛かったし、終わりの頃は良く分からなかった。気持ちよくなってきたけど、結局は痛みのほうがあった。太ももに手をやるとぬめっとした赤いものがついた。これが噂の破瓜の血ってやつ、か。

「そりゃ、着るわよ。恥ずかしいし」

「教室でするほうがよっぽど恥ずかしいと思うけど」

 苦笑いして、田中君は学生服に手を伸ばす。もう彼のあそこを包んだトランクスは膨らんではいない。あれがさっきまで、入ってたなんて。

「やっぱり信じられない。人体の神秘」

「神秘、だね」

 丸首シャツを着て、ワイシャツを着てからボタンを一つ一つつけていく。もう肌色なんてほとんど見えない。てきぱきといつもの田中君に戻っていく。

 いつもだった田中君に戻っていく。

 もうこの姿を見ることはない。私達は今日、ここを出て行くんだから。

「着ないの?」

 制服に着替えていく田中君を見ていて自分がおろそかになる。まだ上半身はブラジャーを着けているだけの姿。これから机の上に広げていたシャツとセーラーの上を着るだけ。ああ、その前に血を拭かないと。ハンカチ持ってたっけ……。

「なんか、変わった?」

 スカートからハンカチを取り出して内股を拭く。ぬめっとした赤いものが付いたけれど、そこまで量は多くないようだ。安心して服を着る。

 シャツとセーラー。これを被れば高校生の私に戻る。そして、もう高校生には戻らない。

「変わった?」

「え?」

 田中君が私に尋ねてるんだと気づくのに遅れた。二人しかいないんだから当たり前じゃないか。でも、何が変わったんだろう。

「多分、変わらない」

 思ったとおり答えた。

 変わらない。明日から高校には来なくてよくて、私達は新しい場所に進む。もうこの教室も、ここで見た夕日も、二人で初めてを無くしたことも、全部全部思い出になる。

「私達で何人目かな」

「年号が変わってから、初めてを卒業したってカップル?」

 田中君はする前に私が言ったことを覚えていたらしい。

 卒業式を控えた昨日、日本の年号が変わった。

 今の天皇さんが亡くなったところで、年号が変わるらしかった。今から数十年前に昭和天皇って人が亡くなった時に平成になって、昨日、平成からまた変わった。私達は平成が終わって初めての卒業生になるんだと何となく嬉しかった。

 二十一世紀初めての卒業生とか、二十一世紀初めての子供とか昔は騒がれて、今も年号が変わって初めての卒業生というわけで騒がれてる。何年経っても人間ってあまり変わってないよね。

「時代からの卒業ってかっこいいよねなんか」

「俺達は更にいろいろ卒業したしね」

 平成からの卒業。新たな時代への入学。

 私達はちょうどその時期だったんだろうけど、これからもずっと卒業と入学を繰り返して、行くんだろうな。

「じゃあ、俺は、もう行くよ」

 私達はいろんなものから卒業をした。

「うん」

 声は震えていないだろうか。ちゃんと田中君を見送れているだろうか。

 泣いてなんかいない。悲しんでなんかいない。私達は卒業する。高校生から、子供から、時代から。

 でも、嫌だよ。

「嫌だよぉ」

 ――嫌だ。嫌だ。嫌だよ。

「田中君!」

 田中君からも卒業しないといけないなんて、嫌だ。

「ずっと田中君といたいの! 卒業なんてしたくないよ。ずっと一緒にいてよ! だって――」

 もう涙で視界が歪んで、見えない。田中君が見えないよ。

「好きだったから、今日誘ったんだもの!」

 本当に自分勝手で嫌になる! 今まで告白できなかったのは私の弱さが原因なのに。卒業式で勝手に教室に連れ込んで、勝手にエッチして。

 離れ離れになるなんて、嫌だ。

 違う大学で違う時間を過ごしていくなんて、嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

「俺だって、お前のこと好きだから誘われたんだぜ」

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――

「って、え?」

 今、なんか聞こえた。田中君はなんて言った?

 俯いていた顔を上げて、涙をちゃんと拭いて田中君を見る。夕日がちょうど田中君の顔を照らしていてあまり見えなかった。でも、綺麗な茜色をしていたと思う。

「俺だってさ、お前のこと好きだったから誘いに乗ったんだって。好きじゃない人と、あんなことしたくないし」

 田中君は頬をぽりぽりかきながら呟く。私から目を逸らしながら。

「いきなり遠距離になっちゃうけど、さ。付き合ってくれないか?」

「順番、違う気がする」

「そりゃ、最初から順番違うしな」

 田中君のは多分告白だ。でも、私もそういうの全部飛ばしていきなりだったから自業自得、なのかも。

 でも嫌だった。やっぱり、言って欲しい。

「付き合ってくれないか?」

「やだ」

 だから、言ってやった。田中君は思い切りきょとんとして、私を見た。

「順番どおりじゃなきゃ、嫌だ」

「わがままだなぁ」

 本当にわがままだ。愛想つかされても仕方がない。ほんと、嫌な女。

「君が好きだ」

 でも、田中君は。

「付き合って欲しい」

 こんな私でも、好きらしい。

「……うん。私も大好き」

 また涙がこぼれたけれど、今度は悲しいからじゃない。田中君から伸ばされた手を私は掴んで、机の上から降りる。

「……っ」

 まだ後遺症が残ってるらしい。股の間が少し痛い。顔を見ちゃったからか、田中君が心配そうに覗き込んできた。

「ごめん。まだ痛い?」

 確かに痛い。でも、痛くない。だって、この痛みは私たちが繋がった結果だもの。心も身体も繋げてくれた結果なんだもの。

「痛くないよ」

 私達になってからの第一声は涙で滲んでなかったと願いたい。きっと平成が終わってから初めてのカップル。出発は笑顔で行きたい。

「これからよろしくお願いします」

「うん」

 繋いだ手は、ほんのり暖かかった。

 制服を脱いでもきっと、繋いでいける。

制服を脱いでも、きっと繋いでいけると思います。

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