「G H Q と 撃 剣」撃剣シリーズ第三話
第二次大戦で日本は敗戦。日本は米軍の支配下に置かれた。目の敵にされたのが「日本刀」である。日本史で、刀(軍刀含む)が一番多く使用されたのが、この大戦である。何百万本もの「日本刀」が使用されたのだ。鉄の芸術品と称される「日本刀」は風前の灯となりかけた。だが、連合国軍によって、大量の日本刀が海外へ持ち出された。戦利品でもあったろうが、日本刀の芸術品としての価値、評価を認めていたからである。
その時代に数奇な運命を辿った、日本刀の伝聞を、日本古流剣術の使い手が絡んだ話として、掌編小説にしてみた。
昭和20年8月、第二次大戦で日本は敗戦、連合国占領軍の支配するところとなった。武装解除で、銃火器類は無論のことだが、目の敵とされたのが「日本刀」であった。日本各地で、没収(接収)された刀剣類の多くは、穴を掘り、ゴミのようにガソリンをかけ、燃やされ灰塵と消えた。
首都東京では、あまりの多さに処理が追いつかず、一部は東京北区の赤羽に米軍によって接収されたが、廃棄処分を免れた日本刀が集められ、野ざらし状態でうず高く積み上げられていた。
「少尉殿行きましょう」黒煙を見つめ、亡羊としている男を、連れらしき男が促した。戸越を過ぎたあたりだ。男は、煙を睨みつけるように、もう一度振り返った。戦後1年余りが経った、晩秋。
「では、今日はこれだけ、頂いていきます」この数ヶ月、二人の男(元日本兵)が月に二度、赤羽にある米軍の兵器補給廠にやってきて、刀剣をもらって帰る。男の一人が、新聞紙でくるんだ分厚い束を二つ、米兵に渡した。数人いた米兵達は、取引を見届けると、無言で散って行った。と、一人の米兵が。
「ちょっと待て」二人に近づき、声をかけた。
「何ですか?」呼び止められ、訝しげな顔を見せ、男達が振り返った。
「クリーフ中尉殿が、話があるそうだ、こっちへ来てくれ」(この米兵は日系二世だ、日本語も上手い)。
「シモ、あんただけでいい」シモ、と呼ばれた男が頷く。
「分かった、じゃ~、上等兵、それを頼む」麻の布で、頑健に梱包された荷を肩に担ぎ上げていた男が、顔をあげ。
「はーっ!少尉、、、ですが、、、分かりました」と、上等兵と呼ばれた男は、米兵に警戒の目を向け、何かを感じ、言い澱んだ。
「何時ものところで、待っていてくれ」言いおいて、男は米兵の案内される侭に、後をついて行った。接収された、刀剣類で破損のひどい物は廃棄処分となる。これは表向きの話で、廃棄処分と称して、米兵の幹部が横流しをしているのだ。廃棄するかどうかは、連合国司令部(GHQ)、担当幹部らの匙加減一つなのである。
「ラルコさん、MPに目を付けられたってことは、ないでしょうね?」男は、日系米兵を親しそうにそう呼んだ。そろそろこの取引は危うくなってきたことを感じていた。終戦から一年余りが経ち、美術工芸品として伝統ある日本刀を返還してほしい、とする嘆願が高まり、GHQ司令部に関係者らが日参している。横流しは公然と行われ、返還嘆願の関係者らは、憮然としていた。既に、夥しい数の日本刀が、海外へ持ち出されたり、ゴミクズ同然に燃やされ、スクラップとして廃棄処分になっていた。この赤羽の兵器補給廠には、未だ数十万口の刀が野ざらしの侭、生死を彷徨っている。
「さ~あ、私には分からないよ」日本人としての血が流れている、ラルコ軍曹にとっては、胸中複雑である。が、上官の命令には従わなければならない。日系二世の米兵は、海兵隊にも劣らぬ精鋭なのだが、評価は低い。
「ここだ、クリーフ中尉殿は直ぐ来ると、仰っていたから、しばらく待っていてくれ」見張りの歩哨小屋の裏手に、少し立派な洋館の建物があった。幾つもの、ソファーやテーブルが置かれ、高い天井からは、シャンデリアも吊り下がっている。大きな窓が四方にあり、晩秋の陽ざしが部屋一杯に広がっていた。
「へ~っ、立派なものだ!」正直、男は感嘆した。こんな、立派な所へ案内されるとは、思ってもいなかったのだ。下手すれば、MPにそのまま引き渡される、ことも覚悟していた。美術品として価値のある刀剣類は、選り分けられ、幹部連中が秘蔵している。選り分ける、刀剣類の鑑定を頼まれたのが、この取引のきっかけだった。
「そのへんに座って、ゆっくり待っていてくれ」と、ラルコは、肩に掛けた重そうな機銃を揺すりながら、去って行った。去って行くラルコの表情が気になった。クリーフ中尉は頭の切れる男だ。横流しの実態をGHQに告発していることを、既に知っているかも知れない。ラルコは感ずいているようだ。だが、彼は何も言わない。
「さ~て、こうなったら、吉凶どうでるか、腹を括るしかないな」ラルコの表情を読み、男は呟き、ソファーにふんぞり返って、一服つけた。中国内陸部の重慶で国民軍に包囲され、最期を迎えるはずだった。生きて、日本の地を踏めたのは不思議なくらいだ。紫煙を眺めながら思った。
「コツコツ」と、ドアを叩く音がした。男は慌てて、タバコを揉み消し、ドアへ向かった。
「ハロ~、シモー、マタセタナ」との陽気な声に。
「クリーフ中尉殿、お世話になっております!」男の名は、下妻秀次郎という、米兵達からは、シモと呼ばれていた。下妻は最敬礼をして、答えた。
「ノー、ノーノ、シィーッダウン、ユックリネ~」何時もと変わらぬ、声音だ。クリーフ中尉もシガーを取り出し、深々とソファーに。
「ウマクヤッテマスカ?」笑顔で聴く。が、鳶色の眼は笑っていない。
「はい、大丈夫であります」(たいした役者だ、腹も座っている)。司令部だろうが、MPだろうが、クリーフなら何とでもするだろう、と下妻は思った。
「OK、シンパイナイ」そんな、下妻の思いを見透かしたように、軽くいなす。その直後、トントン、とドアが叩かれ、二人の男が現れた。一人はラルコだ。ラルコが後ろに付いてきた、男を招じた。日本人のようだ。
「カモーン」の声に、ラルコは中尉に敬礼、連れてきた日本人に入るよう首で促し、入れ替わるように外へ出た。入ってきた日本人は背広の似合う、恰幅の良い五十絡みの紳士だった。
「下妻さんですか?」と、紳士が両手を差し出してきた。
「はい、下妻であります!」下妻も立ち上がり、その両手を受け止めた。それを見て。
「OK」と、クリーフ中尉は立ち上がり、紳士と握手、足早にそのまま出て行ってしまった。
「渡辺庄一です、話は中尉さんから、伺っております」紳士は、貿易商で、いま、米軍の様々な雑用を扱わして貰っていると言う。下妻はもしや、と思い。
「渡辺さん!?、、、あのう~、渡辺源一郎上等兵の縁の方ですか?」迂闊なことは、聞けないが問わずにはいられなかった。
「はい、源一郎は私の甥です」紳士は穏やかな口調で。
「えっ!、甥子さんでしたか、、、」下妻は言葉に詰まった。紳士の顔を忘我の境地で、ただ見つめた。その表情は何もかも承知、と読み取れた。渡辺上等兵が、下妻を東京へ連れてきたわけが分かった。
「下妻さん、甥のことは、後ほどゆっくり、大事な話があります」ソファーに、腰を下ろしテーブルに身をのりだして、語った。クリーフ中尉が数日後に本国へ帰ること、取引は今日が最期であること、下妻らが横流しの実態を自らがやっていると、身を挺して司令部に訴える準備をしていること等だ。下妻は、この紳士がどういう経緯で、これらの情報を得ていたかの、一切を飲み込んだ。
「下妻さん、中尉さんは、全てを帳消しにして、帰国することを望んでおられます。ちょっとした部下達の望みを承知してほしいとのことです」
「部下の!?その望みと言うのは?」気がかりを尋ねた。
「日本刀で鉄カブトが斬れるかどうか、やって見せてくれ、と言うのが、彼等の望みなんです」終始変わらぬ穏やかな口調だが、その眼は下妻の覚悟を探っているようだ。断れば、話は終わりだろう、間違いなくMPに引き渡される。頭のてっ辺から、足先まで日本兵が身にまとっている物は、全て、かしこき、から下賜されたものである。下妻も厭というほど、叩き込まれ、自分自身の部下にも叩き込んできたことだ。敗戦から一年あまり経ったとはいえ、その呪縛から逃れられないでいる。鉄カブトを、どうにかすることなど、論外だ。
「下妻さん、、、」変わらぬ声で断を迫った。終戦後、中国大陸から陸続と、疲弊しきった多くの日本兵が内地を踏んだ。だが、中には進駐軍(GHQをそう呼んだ)に、なを抵抗する者も少なくなかった。内地は焼け野原。家族を失い、住む所も、食料も、無い。隠し持った軍刀一口で、進駐軍を襲い殺傷する事件が相次いだ。所詮は蟷螂の斧、米軍の銃弾の前に斃れた。が、手首や足を斬られ、首が飛んだ、等など、噂に尾ひれが付いて、進駐軍の間で、日本刀の殺傷力に畏怖の念を抱かせた。GHQは、日本の武術や武道活動を即、禁止とした。武道関係の諸団体は全て解散させられたのである。
「断れる話じゃないでしょう、見せてやるしか、ないですね(武術は禁止だ、カブトを斬っても、約束はどうなるのか、知れたものではない)」真顔になって、答えた。その辺を察して。
「彼等はね~、半分ゲーム感覚なんですよ、米兵さんらは賭け事が好きでしてね、9対1だそうです」渡辺は苦笑いする。カブト斬りのゲームは、クリーフ中尉と一緒に帰国することになった部下達が、言い出したことらしい。賭けるのも彼等だ。下妻は、今日のラルコの表情の意味を悟った。(奴らは鉄カブトも試したのだろう、刀は腐るほどある)下妻は察した。
「9対1!?、、、何ですか?それは」
「鉄カブトの試斬ですよ、斬れない方に9、斬れる方が1、という、賭け率になってるそうです」渡辺庄一は以前、補給廠で野ざらしに積み上げられた刀剣を、警備の米兵達が取り出し、木の柵や金網などに、散々斬りつけている光景を何度か見かけた。ラルコ軍曹が、それを止めさせるのも見ている。
「明日のお昼前に、此処へ来て下さい、この建物の裏庭でやりますから、使用する御刀は用意しておきます」お膳立ては、全て渡辺が任されているようだ。今夜は、クリーフ中尉の帰国を祝し、パーティが開かれる、渡辺も招かれていると云う。
「分かりました」下妻は、渡辺に頭を下げながら礼を述べた。(クリーフ中尉のことだ、帰国前に俺達をMPに、、、)。渡辺庄一がそれを察して、手を打ってくれたのだ。
「私は今夜こちらに泊まります。明日お会いしましょう」渡辺と挨拶を交わして、下妻は補給廠を出た。上等兵の待つ、カフェへ急いだ。翌日、二人は、昼前に補給廠へ出向いた。既に、ラルコ軍曹やその部下10数人と渡辺庄一らが待っていた。下妻と上等兵は、昨日の洋館で待つように言われた。玄関にはラルコの部下が二人、歩哨に立った。クリーフは来ていない。(賢い男だ、何かあっても部下達が遊びでやったことになる)。
「少尉殿、お手帳を預からせてもらえませんか?自分に考えがあります」と、渡辺上等兵が。手帳は、横流しの取引を克明に記録したものだ。
「うん、何か上手い手立てでもあるのか?」重慶で生死を共にした。渡辺上等兵は、下妻少尉が、突撃敢行時、いつも先頭に立ち「生き残れると思え、生きろー!、つづけーっ!」の声を幾度も聞いている。終戦直後の重慶で、武装解除を拒否、国民軍に下妻小隊は包囲された。夜が明けたら、小隊は木っ端微塵だ。夜陰に乗じ、重慶脱出を決した下妻は、部下を集め「よく聞け、戦争は終わった、死ぬな!」とだけ訓示。
「行くぞ、離れるなよ、生き残ることだけ考えろ、生きろーっ!」と叫んで、帳の闇へ先陣をきった。部下達は腹の中で(少尉殿を死なせるな)と、思いながら、必死で後を追い窮地を脱した。(下妻率いる小隊は、この言葉で生き残った)渡辺源一郎上等兵はそう思っている。
「自分に任せて下さい、少尉殿は、、、」渡辺は下妻の耳に。
「分かった、君に任せるよ。君の叔父君にこれ以上迷惑はかけられないが、、、」下妻は頷き、腹帯に隠し持っていた茶色の手帳を取り出し、渡辺上等兵に渡した。重慶での脱出戦を想い浮かべていた。渡辺上等兵が、殿を務め、血刀をぶら下げて、2時間ほど遅れて合流し「総員無事でありますかっ!?」と、聞いたことを。(追っ手を食止めてくれたのか、たいした奴だ)。中国各地で、日本軍が武装解除した途端に、農民から暴行を受け、撲殺される等の噂を耳にしていた。
「シモッ、!」ラルコが呼びにきた。裏庭には、大小、二張りのテント、中に長椅子や簡素なテーブルがしつらえてあった。小さいほうのテントの中で、長椅子に座り使用人らしき二人の男と、渡辺庄一が待っていた。
「下妻さん、こちらへ」立ち上がり、庄一が手招きする。隣の大きなテントには、ラルコの部下10数人や非番の米兵が屯していた。軽機関銃を装備している。ラルコが、部下達に身振り手振りで盛んに何かを言っている。怒鳴りあっているようにも聞こえる。
「これは、ゲームだ、と注意してるんですよ」そ~っと、渡辺庄一が下妻に教えた。上等兵が上着脱いで、庄一に預けた。下妻から預かった手帳を包み込んでいる。受け取った庄一が、使用人に。
「準備しなさい」と指示。二人の男が動いた。高さ50センチ程の囲碁版のような、木製の台を運びこみ、その台を白布を覆い、一個の旧日本軍の古びた鉄カブトを載せ、後ろの壁に紅白の幔幕を貼り付ける、などの準備をし始めた。隣のテントでは、ラルコの部下達や米兵が数振りの刀を手にとって振り回している。
「あいつらも、試斬をやるんですか?」怪訝の表情を浮かべ、下妻が訊ねた。ラルコの部下の顔は覚えている。皆、ラルコ軍曹を慕っているようだ。取引の時、彼等の隙のない行動は、小隊を率いた下妻にも良くわかる。(ラルコと、事を構えることだけは、避けたい)そう願いながら、続けてきたのだ。
「はい、ラルコさんが、ゲームなら、フェアでやるようにと、強く中尉さんに申し入れたそうです」
「そうですか~」下妻は、ラルコの心中を察した。(こんな、バカなゲームと思ったが、奴らも故郷へ帰れるんだ、ラルコもその部下達も、、、)ふと、下妻は思った。
「準備が整うまで、ゆっくりして下さい」庄一は、ラルコに挨拶し、何処かへ行ってしまった。入れ替わるように、ラルコ軍曹が、レスラーのような体躯をした部下を一人連れて、下妻らのテントへやって来た。
「シモ!、こっちは、このカービー伍長がやる、先にやらせてくれ、それでいいな」カービー伍長は、意外にも笑顔で握手を求めてきた。
「ドモ、ヨロシクネ」分厚い手だ。下妻は握手に応え。
「こちらこそ、よろしくお願いします」と、二人に向かって敬礼した。いつの間にか、庭やテントの周りに非番らしい米兵の人囲いができていた。数人のMPも混じっている。下妻は油断なく、それらを見やった(やはりな)。ラルコの部下が、ヘルメットを入れ物代わりに手に持ち、集まった囲いの中を歩き回っている。賭けが始まったのだ。
「上等兵、見ろよ」下妻が、その様子を顎で。
「はい、ゲームなら楽しませてやりましょう」と、上等兵が苦笑する。ざわめく、囲いの中を縫うようにして、渡辺庄一が戻って来た。ラルコに何か言って、下妻らのテントへ。
「用意ができたようですね」紅白の幔幕を背にし、白布で覆われた台上に、古びた日本軍の鉄カブトが載せられている。庄一が上等兵に風呂敷包みを手渡す。ラルコが機銃を揺すりあげながら、少し険しい表情でやってきて。
「シモーッ!これはゲームだ、忘れるな!」
「ラルコさん、分かってるよ」ラルコの背中に声を返した。しばらくして、ラルコが囲いの米兵達に向かって大声を上げた。上等兵は叔父が用意した、胴着に着替えていた。(うん、見よい姿だ)と、下妻は上等兵の着替えを眺めていた。
「ヒュー、ヒュー、ゴーォ、ゴーォ!!」周りの米兵が拳を突き出し、囃したてる。早く始めろ、と言わんばかりだ。押されて、ラルコが。
「シモーッ!、はじめるぞー!」と、両手を口に当て怒鳴った。ラルコが首を振って合図すると、レスラーのようなカービーが、大太刀を肩に担ぐようにして出てきた。カブトの前で、仁王立ちし、左足を前にして、狙いをつけるように、何度もカブトに刀身を当てる仕草をみせた。反動をつけ、大きく頭上で振り上げた刀を、右足を一気に踏み出し、斧を打ち下ろすような恰好で、刀身をカブトに叩きつけた。
「ガシーッ!」鈍い金属音。刀身は大きく左へ曲がり、鉄カブトは台でバウンドするように、跳ね上がった。刃が数㎝カブトを噛んでいた。カービーは勢い余って、台に衝突、その上に乗っかるように倒れこんだ。カービーはカブトに食い込んだ刀を、喚きながら地面に叩きつけた。見学していた、米兵達がどよめき、騒然となった。庄一の使用人が直ぐさま、台を整え、新たに鉄カブトを用意した。ラルコの合図で、数人の部下が素早く動き、人囲いから出てこようとした米兵達を、怒鳴りながら押しやった。
「よし、上等兵、行けっ!」渡辺上等兵は叔父の庄一から、渡された刀を改めもせず、受け取った。上等兵は、真っ白な筒袖の上着に馬乗り袴をつけ、立礼し帯刀、台の前へ悠然と進み出た。その姿に、騒然としていた人囲が、飲み込まれた。渡辺上等兵は、ゆっくり体を右に傾け、抜刀。
「ツゥエー!イヤーッー!」地響きするような気合いが奔った。渡辺上等兵は、いったん腰を沈み込ませ、上半身をうねるようにしてヒネリあげ、頭上で刀を大きく旋回、そのまま真っ向から鉄カブトを斬り下げた。一瞬台が踊った。刀身は下の台にまで喰い込んでいたのだ。鉄カブトは上部に少し凹みをみせ、両断されていた。
「ウオッー!」囲いが、異様な声をあげる。
「う~ん、俺には無理だな、土壇払いか、、、」下妻は唸った。径5㎝、長さ1メートル位の青竹を横向けにして、10本くらい積み上げ、真っ直ぐに斬り下げる技である。渡辺上等兵は、片足で台を踏みつけ、喰い込んだ刀身を抜いた。鞘に納めて脱刀、深々と礼をし、両断したカブトを地面に置き、その前に座した。ラルコがMPを引き連れ、刀を取り上げた。MPが上等兵を無言で促し、そのまま、連れさった。囲いに向かって、ラルコが大声で叫んだ。(ゲームは、終わった。持ち場に帰れ!)と言っているのだ。
「シモッ!お前もだ」ラルコが、下妻に機銃を突きつけ乍、首を横に振った。翌日の昼、赤羽の近くにあるMPの営舎から、下妻秀次郎少尉と渡辺源一郎上等兵出てきた。玄関前に、数台の軍用車両が並んでいた。
「シモッー、こっちだー!」ジープに乗った、ラルコ軍曹が大きく手を振っていた。隣には、渡辺庄一が笑顔で座っているのも見えた。
「渡辺さん、ご迷惑かけましたね」乗り込んだ下妻が、頭を下げた。
「とんでもありませんよ、私は何も。源一郎から預かった手帳をクリーフ中尉さんに渡しただけですから」顔の前で手を振りながら。あの人囲いの最前列で、眼を光らせていた米兵達はラルコ軍曹の部下だ。
「シモッ、いい部下をもったな~」口をほころばせて、ラルコがジープを走らせる。
「ラルコさん、あんたもな。で、賭けには勝ったのか?」
「サーッ、少尉殿っ!」ラルコが少しおどけて、ゆっくり敬礼した。翌年、赤羽に集積されていた刀剣類、約6千口余りが、日本に返還された。この刀剣類は、後世に「赤羽刀」と称され、半世紀を経て、一般に公開されることになる。
掌編小説集「平成の撃剣」に収録している第三話です。