――沙霧村の笑い声――
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
亜由とナチカは屋敷の門をくぐり、沙霧村の通りへと歩き出した。
昼の光は柔らかく、山から吹く風は心地よい。
村のあちこちから、人の声と妖怪の声が入り混じった賑やかな音が聞こえていた。
亜由は周囲を見回しながら、少し嬉しそうに言った。
「……あのときはちゃんと見れませんでしたが」
「妖怪も人間も……みんな楽しそうです」
ナチカは歩きながら静かに答える。
「ん、そういう場所だから……」
亜由は首をかしげる。
「?」
だがその意味を聞く前に、亜由の視線は別の場所へ向いた。
通りの奥から、子供たちの元気な声が聞こえてくる。
「……あれはなんですか?」
ナチカはそちらを見て答えた。
「……あれは寺子屋」
「寺子屋?」
ナチカは少しだけ考えながら説明する。
「今の時代、寺子屋は限られた人しか学べないから……知らないかもだけど」
「寺子屋は読み書きとかを教えるところ」
視線を向けた先では、
木造の小さな建物の前で子供たちが遊んでいた。
ナチカはぽつりと言う。
「……子供がたくさん……」
亜由は嬉しそうに微笑んだ。
「そうなんですね」
その時だった。
子供の一人が亜由に気づいた。
「お姉ちゃん誰~?」
すると別の子供も駆け寄ってくる。
「誰~?誰なの~?」
「わ~わ~!」
あっという間に子供たちに囲まれてしまった。
亜由は慌てる。
「え?えっと……」
子供たちは興味津々で近づいてくる。
「どこから来たの?」
「新しい人?」
「妖怪?」
「え、えっと……わわわ……」
そのとき、
落ち着いた声が聞こえた。
「こらこら、困らせてはいけませんよ」
振り向くと、
僧侶の服を着た男性が立っていた。
子供たちは一斉に振り返る。
「あ!せんせー!」
僧侶は苦笑しながら頭を下げた。
「子どもたちが失礼しました」
亜由は慌てて手を振る。
「い、いえ!」
僧侶はナチカを見る。
少し驚いたような顔をした。
「おや」
「あなたが山から降りてくるとは珍しい」
穏やかに言葉を続ける。
「ここはあなたの家でもありますから、いつでも来ていいんですよ」
ナチカは視線を逸らした。
「……わかってる」
「でも……私は山のほうがいい」
僧侶は何も言わず、小さく微笑んだ。
そのとき――
「先生?子供たちは……?」
建物の奥から少女が出てきた。
白い髪のツインテール。
しかも――
ずぶ濡れだった。
亜由は目を丸くする。
「この子は妖怪?」
僧侶は頷いた。
「彼女は白……妖怪ですよ」
少女は元気に手を振る。
「こんにちは!」
「私、白!白うねりって妖怪!」
ナチカが補足する。
「寺子屋は……妖怪も学べるところ」
亜由は感心したように言う。
「あ、そうなんですね」
その瞬間、
子供たちがまた騒ぎ出した。
「遊んで~!」
「お姉ちゃん遊ぼ!」
僧侶が少し困った顔をする。
「これ!困らせては……」
亜由は笑って答えた。
「だ、大丈夫です!」
それからしばらく――
寺子屋の前は、子供たちの笑い声でいっぱいになった。
鬼ごっこをしたり、
かくれんぼをしたり、
地面に絵を描いたり。
亜由も夢中で走り回った。
「まてまてー!」
「捕まえるよ!」
「わー!」
白もうれしそうに走っている。
濡れた髪を振りながら笑う。
「そっち行ったー!」
子供たちは元気いっぱいだった。
ナチカは少し離れた場所で、その光景を静かに見ていた。
走り回る亜由。
笑う子供たち。
その声は、村に優しく響いていた。
やがて――
日が少し傾き始めた。
子供たちは寺子屋に戻る時間になった。
子供たち&白
「バイバーイ!」
亜由は大きく手を振った。
「うん!またね!」
子供たちが建物へ戻っていく。
静かになった通りで、
ナチカが亜由を見る。
「……もういいの?」
亜由は少し考えてから答えた。
「うん」
「もう少し見て回りたいから」
ナチカは頷く。
「ん、わかった」
「行こ」
二人はまた村の通りを歩き始めた。
道の両側には様々な店が並んでいた。
団子屋。
薬草屋。
鍛冶屋。
どの店にも人と妖怪が普通に立っている。
狐の耳を持つ店主。
河童の商人。
人間の客。
皆が当たり前のように会話していた。
「これ安くならない?」
「それは無理だなぁ」
「じゃあこれも付けて!」
笑い声が通りに広がる。
亜由は感動したように呟いた。
「すごい……」
「こんな場所……あるんですね」
ナチカは少しだけ空を見上げた。
「……ここは」
「霊鏡だから」
山の風が静かに吹いた。
人と妖怪が共に暮らす村。
その光景は、
亜由の胸の奥に静かに刻まれていくのだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




