第48夜 ――鎮魂の灯、そして帰る場所――
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
霊鏡の空は、あの日の激戦が嘘のように穏やかで、どこまでも澄み渡っている。
だが――
その静けさの下には、確かに残されたものがあった。
妖怪墓地。
そこには、人間と妖怪が共に集まり、静かに佇んでいた。
無数の墓標。
石で作られたものもあれば、木や布、あるいはただの土盛りのものもある。
そのひとつひとつが、確かに“生きていた証”だった。
しおりは、立ち尽くしていた。
風に揺れる髪も、そのままに。
「……壊れるなと命じたはず……なぜ消える……」
その声には、怒りも、悲しみも、どちらも滲んでいた。
源梓は、静かに目を伏せる。
「……この戦い、一番もろい付喪神が一番死んだものね……」
六花が周囲を見渡す。
「付喪神だけじゃなくて他の妖怪もたくさん……」
椿は花束を抱え、小さく首をかしげた。
「お花……これで足りるかな」
輪入道が低く唸るように答える。
「ありまるくらいじゃ……」
夜道怪は、しみじみと空を仰いだ。
「やはり消えてしまうのは悲しいのう……」
みちるは何も言わず、ただ手を握りしめていた。
圭がその肩にそっと手を置く。
「……でも、因縁を破壊できてよかった」
ヒダル神が小さく頷く。
「うん」
杖立様は静かに手を合わせた。
音夏と紅も並んで墓を見つめる。
「多いですね……」
「うん……私たちが沙霧村で避難活動してる間に……こんなに……」
ツツジは振り返り、不老亜子を見る。
「しかし、亜子……壁を生成する能力のおかげで妖怪の死者をできるだけ減らせた……それに壁で辻を作ってくれて感謝する。私もうまく戦えたよ」
不老 亜子は静かに微笑んだ。
「それは良かったです。塗壁一族の生き残りとして辻神の能力と仲間を助けられたこと、うれしいです。もちろん目蓮も」
目蓮は静かに頷いた。
「はい、目目連一族の生き残りとして恥じない戦いをしましたよ」
そのとき――
風に、澄んだ音が混じる。
たまこの声が、まるで風鈴のように響いた。
「~♪……♪♪!♪~!」
透き通る音色が、場の空気を優しく包み込む。
ツツジが微笑む。
「そうだね、たまこ……」
赤シャグマは腕を組み、そっぽを向いていた。
「まったく、死んでしまうとは情けない」
座敷童子がくすりと笑う。
「シャグマちゃん、泣いてるよ」
「う、うるさい!目にゴミが入っただけだ!」
「ふふっ、そうだ、今日これなかったひと達の分もお祈りしましょう」
野寺坊が腕を組む。
「全く、死に急ぎよって……さみしいではないか」
産女はやさしく微笑む。
「素直じゃないですね」
鉄鼠が頷く。
「まったくだ……」
タタリモッケが小さく呟いた。
「命は儚い……」
ノツゴは静かに目を閉じた。
不知火が海の方角を見つめる。
「海のように広く安らかに……」
加賀は苦笑する。
「……ときに荒れそうだな」
「も~う!」
河童たちも集まっていた。
小さな河童が言う。
「きゅうりお供えするか?」
年老いた河童が首を振る。
「やめておけ、きゅうりが嫌いかもしれんぞ」
大きな河童が目を丸くする。
「そのようなやついるのか」
幽奈は遠くを見つめた。
「おばばも来れたら良かったけど……」
天狗が頷く。
「手長婆はめったに池からでてこないからな……」
紬は静かに墓の前に立つ。
「……勝ちましたよ。安らかに」
美鬼は酒を口に含み、地に少しだけ垂らした。
「あぁ」
七人同行たちも揃って頷く。
「「「「「「「同感だ」」」」」」」
オンボノヤスと古灯籠が、鵺に向き直る。
「鵺様……」
「鵺様……」
鵺は振り向いた。
「なに?」
「私たちは沙霧村を隠している間、じっとしていただけです」
「それで良かったのでしょうか」
鵺は少しだけ目を細めた。
「あなた達はあなたたちの仕事をしたんでしょう?それでいいじゃない。この妖怪たちも、自分の仕事を全うしたに過ぎないわ」
二人は深く頭を下げた。
「……はい」
蒼と藍は並んで立っていた。
何も言わず、ただ静かに。
隠神こころがぽつりと呟く。
「たくさん死んじゃった……」
西園カエデは空を見上げた。
「長生きしてると色々ある……本当に……良いことも悪いことも」
「うん……」
鏡はそっと手を合わせる。
「……安らかに……」
天がぽつりと呟いた。
「皆さん、笑っているでしょうか」
源梓はやさしく答える。
「えぇ、勝ったんだもの」
亜由も頷く。
「そうですね」
天は微笑んだ。
「うん」
ナチカが遠くを指差す。
「……ん、あれは一目連に風の三郎様……」
覚が目を細める。
「二人とも風や嵐を呼ぶから離れてるのね」
水月が感心したように言う。
「へぇ~」
ノーマは静かに言った。
「あの二人の風はすごいから……」
雷が小さく呟く。
「終わった……です」
六花は大きく伸びをした。
「うん、これで復讐に燃えてたものは救われる。もちろん他のものも」
しばしの沈黙。
風が吹く。
亜由が、そっと口を開いた。
「あの……」
源梓が振り向く。
「なぁに?」
亜由は少し迷いながらも言った。
「ここで、暮らしてもいいでしょうか」
一瞬の間。
そして――
梓はふっと笑った。
「……何を当たり前のことを言ってるの?良いって言ったじゃない」
亜由は驚いたように目を見開く。
「……陰陽師を倒すまでかと……」
梓はやさしく首を振る。
「ふふっ、そんなことないわよ。……ずっといても良いんだから」
亜由の目に、少しだけ涙が浮かぶ。
「はい……」
そのとき、明るい声が響いた。
「そうよ、私の家に泊まってもいいのよ」
エリー・シャルロット・フォン・フルムーンだった。
リンが一歩前に出る。
「はい、亜由様御一行の部屋を手配いたします」
亜由は周囲を見回す。
「エレンさんは?」
リンは丁寧に答える。
「エレンなら月赤邸の門番に戻っております」
「そうなんですね」
エリーがにっこりと笑う。
「今度来て!お兄様にも紹介したいの」
亜由は、力強く頷いた。
「うん!」
月が昇る。
やわらかな光が、墓地を照らす。
悲しみも、祈りも、そしてこれからも――
すべてを包み込むように。
静かに、優しく。
完結です。ここまで読んでくれてありがとうございます。




