ーー宴の灯、侵入者の影ーー
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
霊鏡――沙霧村。
源梓の屋敷では、夜が更けるにつれて宴の熱気がさらに高まっていた。
庭には灯籠の光が並び、橙色の明かりが木々の枝をやわらかく照らしている。料理の香りが漂い、酒の器があちこちで鳴り合い、妖怪たちの笑い声が山の夜に響いていた。
人と妖怪が入り混じり、まるでこの世とあの世が一つの宴席に集まったかのようだった。
そんな賑やかな庭の中で、亜由は周囲を見渡していた。
「すごい……本当にたくさん来てる」
その時、明るい声が聞こえた。
「こんにちは!亜由!」
振り向くと、そこには金色の髪を揺らす少女が立っていた。
亜由はぱっと顔を輝かせる。
「あ!エリー!」
そこにいたのは月赤邸の現統治者の妹――
エリー・シャルロット・フォン・フルムーン。
月のように白い肌、紅い瞳。
そして吸血鬼でありながら――
弱点を一切持たない存在として知られる吸血鬼だった。
エリーは嬉しそうに亜由の手を取る。
「久しぶりね!」
「元気そうでよかった!」
その後ろには二人の姿があった。
静かに一礼するメイド姿の女性。
「お久しぶりでございます」
もう一人は腕を組んだまま笑っていた。
「よ!」
亜由はすぐに気づく。
「リンさん!エレンさん!」
二人は月赤邸の従者だった。
グレムリンのメイド長――リン。
そして門番を務めるデュラハン――エレン。
リンは丁寧に頭を下げる。
「お会いできて光栄です」
「亜由様」
エレンは豪快に笑う。
「いやー宴って聞いてな!」
「来ないわけにはいかねぇだろ!」
ナチカが静かに近づいてくる。
「ん」
「久しぶり」
リンは柔らかく微笑んだ。
「元気そうですね」
「よかったです」
エレンも頷く。
「おう!」
「そうだな!」
その時エリーが突然手を引いた。
「行きましょ!」
亜由が驚く。
「え?」
「どこへ?」
エリーは楽しそうに笑う。
「宴の中心よ!」
「絶対楽しいわ!」
亜由も笑った。
「うん!」
二人は人混みの中へ走っていく。
それを見たエレンが慌てて叫んだ。
「あ!」
「おい!」
「一人で行くなよ〜!」
リンも慌てて追いかける。
「お待ちください!」
「お嬢様!」
三人は宴の中心へ消えていった。
ナチカはその様子をじっと見ていた。
「……」
その時、低い声が後ろから聞こえた。
「いかなくてよかったのか?」
ナチカが振り向く。
そこに立っていたのは、長身の妖怪。
十将夜叉の一人――
七人同行。
ナチカは軽く頭を下げる。
「……十将夜叉の七人同行様」
そして周囲を見回す。
「他の四人は?」
七人同行は腕を組みながら答えた。
「あとの四人は」
「結界コアを守らせている」
「今ここにいるのは」
「私を含め三人だけだ」
ナチカは周囲を見渡す。
「ん」
「魔女も来てる」
七人同行が頷く。
「あぁ」
「あの二人は」
「魔女の長老」
「ヴィルヘルミーナ・ヴァイス」
「そして長老の娘」
「ヴィルヘルミーナ・グレートヒェン」
ナチカは辺りを見回した。
「コロポックルは見えない」
七人同行は静かに言う。
「どこかにはいるだろう」
その時、優しい声が横から聞こえた。
「さきほど」
「子供達のいるエリアで見かけましたよ」
振り向くと、そこには青い灯りのような雰囲気を持つ女性がいた。
十将夜叉の一人。
青行燈の蒼。
ナチカは小さく頷く。
「蒼様……」
「そうなんだね」
蒼は微笑んだ。
「はい」
そして前を見た。
「あ、始まるみたいですよ」
宴の中央。
一枚の大きな鏡の前に一人の女性が立っていた。
静かな声が庭に響く。
「……皆さん」
「お集まりのところ申し訳ございません」
「これより」
「宴を始めます」
亜由が嬉しそうに言った。
「あ、十将夜叉」
「雲外鏡の鏡さん!」
鏡の隣に、源梓が歩み出る。
扇子を持ち、堂々とした姿だった。
「えぇ」
「みなさん」
「集まってくれてありがとう」
彼女は笑顔で言った。
「さきほど鏡が申したように」
「宴を開始します!」
一瞬の静寂のあと――
「おぉぉぉぉ!!」
歓声が山に響いた。
酒が注がれ、料理が配られ、音楽が流れる。
妖怪も人も、皆が宴を楽しんだ。
笑い声が響き、歌が聞こえ、踊りが始まる。
それはまるで。
長く続いた平和の象徴のような夜だった。
しかし――
やがて。
深夜。
宴の熱気が少し落ち着いた頃。
梓のもとに一人の女性が静かに近づいた。
黒い着物。
体のあちこちに無数の目を持つ妖怪。
百々目鬼だった。
「梓様……」
梓が振り向く。
「どうしたの?」
百々目鬼は低い声で言った。
「……霊鏡内部にて」
「陰陽師を確認しました」
梓の目が大きく開かれた。
「!?」
その頃。
霊鏡の山の奥。
木々に囲まれた開けた場所。
月明かりの下に、黒い装束の集団が立っていた。
数十人。
いや、それ以上。
陰陽師たちだった。
その中央に立つ男。
白い狩衣。
静かな笑み。
安倍晴明。
その隣には鎧姿の武者。
源頼光。
晴明は静かに霊鏡の山を見上げた。
そしてゆっくり言った。
「……」
周囲の陰陽師たちは黙っている。
頼光も静かに刀の柄に手を置いていた。
やがて晴明が口を開いた。
「これより」
「蹂躙を開始する!」
その声は冷たかった。
「怪しいものは」
「見つけしだい殺せ!!!」
陰陽師たちが一斉に答える。
「はっ!!!」
晴明が扇を振った。
「では」
「散開!!!」
その瞬間。
陰陽師たちは山道へ散っていく。
闇の中へ。
それぞれ別の道へ。
まるで獲物を狩る狼の群れのように。
静かに。
しかし確実に。
霊鏡へ向かって。
山道を下り始めた。
その場には二人だけが残る。
晴明と頼光。
晴明は頼光を横目で見た。
「頼光」
「お前は」
「作戦通り」
「私について来い」
頼光は静かに頭を下げる。
「はっ!」
二人はゆっくり歩き始めた。
宴の灯りが遠くに見える。
霊鏡の夜はまだ賑やかだった。
だがその闇の奥から。
確実に。
戦の足音が近づいていた。
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