ーー霊鏡の宴、そして迫る陰の軍勢ーー
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
霊鏡――沙霧村。
山々に囲まれた静かな村の一角、源梓の屋敷には、夕暮れの柔らかな光が差し込んでいた。
戦いを終えた亜由たちは、墓地の異変を解決し、新たな仲間となった妖怪――以津真天の天を連れて、屋敷へと戻ってきていた。
庭の木々は風に揺れ、縁側には穏やかな空気が流れている。
源 梓は楽しそうに扇子を閉じながら言った。
「そう、解決して新たな式神まで、それに新しい技!素晴らしいわ!」
亜由は少し恥ずかしそうに頭をかく。
「い、いえ……みんながいたからです」
梓は微笑み、空を見上げた。
「八咫烏もお手柄ね」
屋敷の屋根に止まっていた黒い影が小さく動く。
八咫烏だった。
「私は頼まれたのでやっただけだ……」
淡々とした声だったが、どこか満足げでもあった。
梓は突然ぱん、と手を打った。
「そうだわ」
皆が梓を見る。
梓は満面の笑みで言った。
「今日は宴にしましょう」
亜由は目を丸くする。
「え!?」
「そ、そこまでしなくても!」
だがナチカが静かに言う。
「ん」
「諦めて言うことを聞いたほうが良い」
「梓様は一度言ったらもう聞かない」
六花が笑った。
「ははは〜」
雷は腕を組む。
「いつもめんどくさいです」
梓は楽しそうに指を振った。
「じゃあ、八咫烏」
「みんなを連れてきて!」
八咫烏は羽を軽く広げた。
「……わかった」
「他の八咫烏にも伝達するよう伝えよう」
梓は満足そうに頷いた。
「えぇ、お願い」
ノーマがぽつりと呟く。
「……楽しそうですね」
覚も優しく微笑む。
「そうねぇ」
天は笑顔で言う。
「梓様はいつもこうですから」
水月は目を輝かせていた。
「すごいです……」
それからしばらくして。
屋敷の庭は、まるで祭りのような賑わいに変わっていた。
灯りが並び、料理の匂いが漂う。
妖怪たちが次々と集まり始めていた。
亜由は驚きながら周囲を見回す。
「たくさんいます!」
すると後ろから声がした。
「あら?亜由ちゃん!」
振り向くとそこにいたのは圭だった。
ナチカが即座に言う。
「何しに来た土転び」
圭が頬を膨らませる。
「もう!」
「だから私を妖怪名で呼ばないでって言ってるでしょ?」
その横に、小さな女の子が立っていた。
「この人が前話してた人?」
圭は頷く。
「えぇ、そうよ」
「紹介するわ」
「この子はみちるちゃん」
「ノヅチという妖怪よ」
小さな少女は静かに頭を下げた。
「こん、にちは……」
「みちる……です」
そして不思議そうに鼻を動かす。
「いい人の匂いです」
亜由は首をかしげる。
「匂い?」
ナチカが説明する。
「みちるは目が見えない」
「匂いで嗅ぎ分ける」
亜由は驚きながら頷いた。
「なるほど」
その時。
後ろから落ち着いた声が聞こえた。
「これはこれは、おそろいで……」
振り向くと夜道怪が錫杖をついて立っていた。
「おや、お仲間の姿が……」
亜由は笑う。
「夜道怪さん!」
「みんなならバラバラのところで宴を楽しんでるみたいです」
夜道怪は穏やかに笑った。
「おやおや」
「そうでじゃったか」
その横に、錫杖を持った少女がいた。
「美味しそうな匂いがしますね」
夜道怪が紹介する。
「あぁ」
「こやつはここに来るときにあった妖怪」
「ヒダル神じゃ」
ナチカが小さく頷く。
「ん」
「行合神の一種」
「出会うと空腹にされて仲間になる」
「でも、ここの山の妖怪はみんないい人だから大丈夫」
ヒダル神は元気よく手を振った。
「あなたが亜由さんですね!」
「はじめまして!」
亜由も笑顔で答える。
「う、うん!」
「はじめまして!」
その時、また新しい声が響いた。
「仲良くすることは良いことですから」
「もっと仲良くしていきましょう!」
杖立様だった。
その横で西園カエデが腕を組む。
「まったく……」
「山の妖怪はうるさいのがおおいですね」
隠神こころが笑う。
「それが良いじゃん!」
亜由は思い出して言った。
「あ、十将夜叉のお二人……」
「隠神刑部狸と人間の女性の間に生まれた半妖の隠神こころさん」
「玉藻前と人間の男性の間に生まれた半妖の西園カエデさん」
「でしたっけ」
カエデは少し驚いた顔をする。
「覚えてて……くれたんですね……」
こころは笑顔で言う。
「ありがとー!」
ナチカが聞く。
「ん」
「カエデ様はいつもの白装束じゃないの?」
カエデは肩をすくめた。
「えぇ」
「あれはちょっと動きにくいですから」
こころが笑う。
「あれもかわいいのに」
カエデは眉をひそめる。
「うるさいですね」
その時、ふわりと空中から声が落ちてきた。
「仲良し……?」
亜由が顔を上げる。
「あ、十将夜叉の一人」
「面霊気のしおりさん!」
しおりはゆっくり浮かびながら言った。
「お……」
「あの時の……」
その時。
ゴォォォォ……
燃える音が響いた。
燃える車輪の中央に顔がある妖怪が転がってきた。
「なんじゃ!」
「今日は大勢いるのう!」
亜由は思わず声を上げる。
「わっ!」
その横で華やかな女の子が慌てる。
「おじさんったら!」
「今は宴なんだからもう少し小さい声で!」
妖怪は笑う。
「お〜すまんかったな」
六花が手を振る。
「あ!おじさん!椿!」
雷も頷く。
「久しぶり……です」
亜由はナチカに小声で聞く。
「あのお二人は?」
ナチカが答える。
「ん」
「車輪のほうが妖怪・輪入道」
「椿の髪飾りの子が古椿の精の椿」
「四季の花園で暮らしてる」
亜由は感心した。
「そうなんですね」
さらに賑やかな声が響いた。
「おぉ!」
「たくさんいるな!」
「これは酒がうまそうだ」
酒呑童子の娘、美鬼だった。
その隣には鵺と紬。
紬がため息をつく。
「はぁ……」
「お酒は始まってからですよ」
鵺が肩をすくめる。
「わかってるわよ」
美鬼も笑う。
「わかってるって」
亜由は嬉しそうに言う。
「十将夜叉の皆さんですね」
圭が笑う。
「あの二人はお酒が好きだから」
「来ないわけ無いわよねぇ〜」
しおりが言う。
「私も酒は好きだ……」
「行ってくる……」
こころが笑う。
「あはは!」
「私も〜!」
カエデが慌てる。
「あ!」
「待ってください!」
亜由は呆然と見送った。
「行っちゃった……」
水月が小さく震えている。
「うぅ……」
「知らない人だらけ……」
亜由が声をかける。
「あ、水月ちゃん!」
その時。
軽い声が聞こえた。
「なになに〜?」
「もうバテたの?」
不知火だった。
ナチカが言う。
「不知火……加賀……藍様」
加賀が笑う。
「船幽霊が陸にいたら変かな」
藍が穏やかに言う。
「そんなことないわよ」
「海入道の私だって陸にいるんだから」
不知火が笑う。
「不知火である私も〜」
加賀は水月を見る。
「それより」
「水月……強くなりましたね」
水月は目を輝かせた。
「ほんとですか」
藍が優しく言う。
「あなたが水月さんね」
「こんにちは」
「十将夜叉の一人、海入道の藍よ」
水月は驚く。
「あなたが……」
藍は亜由を見る。
「亜由さんも」
「話したことは初めてですが」
「また会いましたね」
亜由は慌てて頭を下げた。
「あ、はい!」
藍は微笑む。
「では、宴を楽しんで」
水月は急いで言う。
「わ、私も行きます!」
四人は賑やかな宴の中へ歩いていった。
みちるが静かに言う。
「私もそろそろ行きたいです」
圭が頷く。
「そうね」
夜道怪も杖を持ち上げる。
「では、わしもお供しましょう」
ヒダル神が元気よく叫ぶ。
「いぇーい!」
杖立様も笑う。
「はい!」
皆がそれぞれ宴へ向かう。
その時。
落ち着いた声が聞こえた。
「おや」
「亜由さん」
「久しぶりですね」
亜由は振り向き、嬉しそうに叫んだ。
「鉄鼠先生!」
「産女先生!」
「タタリモッケ!」
産女が優しく微笑む。
「無事に修行を終えたようですね」
タタリモッケが小さく言う。
「強くなってる……」
鉄鼠が頷いた。
「見違えましたな」
亜由は嬉しそうに言う。
「ありがとうございます!」
「……子供達は?」
鉄鼠が答える。
「子供達なら野寺坊と奥の方で遊んでおります」
「寺子屋の子たちも一緒で元気にしとりますよ」
亜由は安心した。
「よかった……」
鉄鼠は続ける。
「ノーマさんと覚さんも遊んでくださっていると」
「亜由さんのお仲間でしょう」
亜由は頷く。
「はい」
タタリモッケが鉄鼠の袖を引く。
「先生……」
「私たちも」
鉄鼠は笑った。
「おや」
「そうでした」
産女が頭を下げる。
「お元気で」
亜由も深く礼をする。
「はい!」
ナチカが静かに言う。
「ん」
「そっちも」
宴はまだ始まったばかりだった。
庭では酒が運ばれ、料理の香りが広がる。
笑い声が響き、妖怪も人も混ざり合い、賑やかな夜が広がっていた。
だが――
その頃。
霊鏡の外。
京都。
陰陽師の総本山――
陰陽邸。
広い座敷の中央に、一人の男が立っていた。
安倍晴明。
彼は静かに術式の盤を見つめていた。
そして。
突然、目を見開く。
「……!?」
そしてゆっくり笑った。
「……ふふ」
「ふふふふふふ」
その笑いに、年老いた陰陽師が近づく。
「どうされました?」
「晴明様……」
晴明は顔を上げた。
その目は妖しく光っていた。
「みつけたぞ……」
「妖怪と」
「妖怪に与する者共の居場所」
「霊鏡の入口が!」
周囲の陰陽師たちがざわめく。
「おお!」
「ついに!」
源頼光が一歩前へ出る。
「では」
「今夜……」
晴明は扇を開いた。
その声は冷たい。
「あぁ」
「総攻撃を仕掛ける」
「準備せよ!!!」
陰陽師たちが一斉に膝をついた。
「ハハッ!!」
戦の準備が始まる。
静かな夜の京都で。
霊鏡を狙う軍勢が動き始めていた。
その時。
霊鏡――沙霧村。
屋敷の庭では、まだ笑い声が響いていた。
宴はさらに大きくなり。
人も妖怪も増え続ける。
だが誰も知らない。
この夜の宴の先に。
霊鏡を揺るがす
大戦が迫っていることを。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




