ーー蒼海の浜辺と洞窟の泣き声ーー
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
蒼海の浜辺。
朝日が昇り、海は黄金色に輝いていた。
波は静かに寄せては返し、砂浜はまるで宝石のようにキラキラと光っている。
亜由は思わず駆け出した。
「わぁ〜!」
砂を手に取る。
「ほんとに光ってる……!」
六花も笑いながら海の方へ歩く。
「きれいだね〜!」
ノーマは少ししゃがみ込み、砂を指で触る。
「本当です……」
太陽の光で、細かな砂が星のように輝いていた。
覚は少し遠くから海を見ていた。
「霊鏡の海は」
優しく言う。
「昔から特別なのよ」
雷は海面を見つめている。
「水の気配が強い……です」
ナチカは波打ち際に立っていた。
「ん」
短く言う。
「綺麗」
六花が海水を手ですくう。
「うわ、冷たい!」
亜由も手を入れてみる。
「ほんとだ!」
ノーマが笑う。
「少し遊びましょうか?」
六花がにやっとする。
「いいね!」
少しだけ水をかける。
ぱしゃっ
亜由が笑う。
「わ!」
覚もくすっと笑った。
「ふふっ、楽しそうね」
しばらくの間――
亜由たちは浜辺でゆっくり過ごしていた。
砂を触ったり。
貝殻を拾ったり。
波を眺めたり。
そのとき――
「……ッ……」
小さな声が聞こえた。
「……ッ……ッ……」
六花が立ち止まる。
「……?」
耳をすませる。
そして指をさした。
「泣いてる子の声」
岩の近くを見る。
「この空洞から聞こえるよ」
雷が目を閉じる。
「……!」
何かを感じ取る。
「なにかいる……です」
少し集中する。
「でも、小さい……です」
雷は特殊な電波で、空洞の奥の存在を感じ取っていた。
亜由は心配そうに言う。
「心配です」
ナチカが静かに言う。
「……ん」
少し警戒する。
「でも、危険かも」
亜由は迷わず言った。
「でも」
空洞を見る。
「この声を無視できません」
ナチカは少し考えた。
そして言う。
「……ん」
前へ出る。
「わかった」
短く言う。
「私が先に行く」
振り向く。
「後ろついてきて」
亜由は頷く。
「はい!」
亜由たちは空洞へ入っていった。
その洞窟は、思ったよりも奥行きがあった。
岩の間から水が流れている。
小さな川がいくつも流れていた。
長い年月をかけて、水によって削られた空洞のようだった。
ノーマが少し震える。
「うぅ〜……」
そのとき――
バサッ!!
コウモリが飛び立った。
ノーマがびくっとする。
「!?」
覚がくすっと笑う。
「ふふっ」
優しく言う。
「怖いなら隠れてていいのよ」
ノーマは首を振った。
「いえ」
少し勇気を出して言う。
「進みます……」
六花が周囲を見る。
「中は結構広いかな……」
雷が奥を指さす。
「この奥……です」
亜由たちはさらに進んだ。
そして――
そこにいた。
岩のそばで膝を抱えている小さな女の子。
穴のあいた笠をかぶっている。
涙をぽろぽろと流していた。
穴のあいた笠の女の子が顔を上げる。
「ッ……ッ……ッ……」
震える声。
「……誰?」
「そこにいるひと」
亜由はゆっくり近づいた。
「私、亜由」
優しく言う。
「あなたどうしたの?」
女の子は泣きながら言った。
「……ッ……ッ……」
「私はダメな子なの……」
亜由は首をかしげる。
「だめな子?」
少し考えてから聞く。
「えっと」
優しく言う。
「あなた名前は?」
「妖怪なの?」
ノーマが笠を見て言う。
「なにか笠に書いてありますよ」
六花が近づく。
「ほんとだ……」
文字を読む。
「……『ヤロカ水』?」
覚が少し驚いた。
「あら?」
「ヤロカ水?」
亜由が聞く。
「ヤロカ水って妖怪ですか?」
ナチカが説明する。
「ん」
静かに言う。
「妖怪『ヤロカ水』」
「ヤロカヤロカって声をかけて」
「よこせとか」
「くれとか」
「くださいとか言ったら」
少し間を置く。
「洪水を起こす妖怪」
覚が考え込む。
「でも」
ゆっくり言う。
「私が江戸時代にいた頃聞いた妖怪『ヤロカ水』は」
首をかしげる。
「男性だったはずだけど」
女の子は涙を拭きながら言った。
「……ッ……ッ……」
「それは多分……」
小さく言う。
「お父さんです」
そして――
「……ッ……」
「私は」
涙を拭きながら言う。
「二代目妖怪『ヤロカ水』の」
「水月……です……」
覚が優しく言う。
「水月ちゃんね」
しゃがみ込む。
「ダメな子ってどういうこと?」
水月は俯いた。
「……私は」
小さく言う。
「水を操る妖怪です」
「でも」
震える声。
「お父さんのように使いこなせないの……」
涙が落ちる。
「それで」
「この時代に来たばっかの頃」
声が震える。
「お父さん」
「私をかばって死んじゃった……」
「それで……」
「気づいたら」
「ここにいて……」
覚は静かに言う。
「そうだったのね……」
亜由が振り向く。
「ねぇ」
仲間たちを見る。
「どうにかしてあげられないかな……」
六花が言う。
「鞍馬天狗に見てもらうのはどう?」
雷が首を振る。
「……水の妖怪のことは」
「水の妖怪」
「もしくは水の近くに住む妖怪に任せたほうがいい……です」
六花が思い出す。
「あ!」
笑う。
「そっか〜」
指を鳴らす。
「このあたりで水の近くや水に住んでる妖怪といえば……」
振り返る。
「あの二人かな」
「さ、ついてきて!」
水月が戸惑う。
「え?」
六花が笑う。
「大丈夫!」
「来て!」
――その頃。
近くの海域にて。
若い海女が海から上がってきた。
息を整える。
「はぁ……」
少し悔しそうに言う。
「共潜のせいで深く潜れないわ……」
隣の海女が言う。
「海を守る妖怪さんたちが見回りしてくれているけど……」
少し不安そうに言う。
「海女を狙う妖怪『共潜』が見つからないなんて……」
若い海女はため息をつく。
「仕方ない」
籠を見る。
「今日はこれだけ収穫できた」
「もう帰ろう」
海女が頷く。
「はい!」
――その海の下。
暗い海底。
そこに影があった。
ゆっくりと動く。
低い声。
「……海女……」
濁った声。
「人間……」
「喰らい尽くす……」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




