ーー月赤邸のお茶会と新しい友だちーー
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
大きな階段の上に立つ少女は、優雅に微笑んでいた。
黒いドレスが月明かりを受けて静かに揺れる。
ドレスの女の子は言った。
「ふふっ、来たわね……」
リンが一歩前に出て、丁寧に一礼する。
「お嬢様……連れてまいりました」
少女の赤い瞳が、まっすぐ亜由を見た。
「はじめまして」
静かで上品な声。
「迷い人『亜由』」
リンが説明する。
「あの方は――」
少し姿勢を正す。
「エリー・シャルロット・フォン・フルムーン様」
亜由たちは自然と背筋を伸ばした。
リンは続ける。
「フルムーン家の長女にして」
「若様――レオンハルト・ヴィクトール・フォン・フルムーン様の妹君であらせられます」
エリーは優しく微笑んだ。
「よろしくね」
亜由も慌ててお辞儀をする。
「よ、よろしくお願いします!」
しばらくして。
亜由たちは月赤邸の客室へ案内されていた。
広い部屋。
白い壁。
大きな窓。
赤いカーテン。
テーブルの周りには柔らかそうな椅子が並んでいた。
廊下を歩いている途中、亜由は何度も周囲を見ていた。
壁の陰から、小さな緑色の存在が覗いている。
獣耳の生えた小さな妖精も、興味深そうにこちらを見ていた。
亜由が小声で言う。
「小さい人がいっぱい……」
ナチカが言った。
「妖精」
雷も小さく補足する。
「西洋妖精『ゴブリン』と『コボルト』……です」
客室に入ると、リンが紅茶を準備していた。
ティーポットから、静かに紅茶が注がれる。
「こちらをどうぞ」
カップが差し出される。
亜由は少し緊張しながら受け取った。
「あ、ありがとうございます」
リンは微笑んだ。
「ごゆっくり」
そう言って静かに部屋を出ていった。
テーブルには、エリーと亜由が向かい合って座っていた。
六花たちは少し離れた席にいる。
エリーはカップを持ち、ふっと微笑んだ。
「今日は」
紅茶を一口飲む。
「お茶会がしたかっただけなの」
亜由は少し驚いた。
「そうなんですか?」
エリーは頷く。
「えぇ」
少し楽しそうに言う。
「あなたの話を聞きたかったの」
亜由は少し恥ずかしそうに笑った。
「私の話ですか?」
エリーは言う。
「えぇ」
赤い瞳が優しく細められる。
「迷い人の話」
「とても興味があるの」
亜由は少し考えた。
そして、ゆっくり話し始めた。
自分の集落が陰陽師に焼かれたこと。
逃げるようにして旅をしたこと。
霊鏡に来たこと。
ナチカと出会ったこと。
沙霧村で十将夜叉や梓たちに出会ったこと。
悲田院のみんなと過ごした時間。
鞍馬第二山での厳しい修行。
妖怪市場での出来事。
赤舌との戦い。
そして――
今ここにいること。
話し終えるころには、紅茶は少し冷めていた。
エリーはしばらく黙っていた。
そしてゆっくり言う。
「そんな事があったのね」
少し目を伏せる。
「でも」
亜由を見る。
「ここまで生きてきたんでしょう?」
小さく微笑む。
「強いわねあなた……」
そして少し寂しそうに言う。
「私はまだ越えられてないから……」
遠くを見るように。
「お兄様のように」
亜由は何も言えなかった。
ノーマが小声で言う。
「なにかあったです?」
覚が静かに答えた。
「ここ霊鏡に来る前」
紅茶を持ちながら言う。
「ヴァンパイアハンターに両親を殺されたそうよ……」
六花は少し黙った。
「……」
ノーマは目を大きくする。
「そんな事が……」
雷が小さく言う。
「多分」
亜由を見る。
「同じような境遇の亜由の存在を聞いて」
少し考えてから言う。
「会ってみたくなったんだと思う……です」
ナチカも頷く。
「ん」
静かに言う。
「そう思う……」
テーブルでは、亜由とエリーが静かに話していた。
エリーが言う。
「ねぇ、亜由」
少しだけ真剣な顔。
「あなた」
「怖くなかったの?」
亜由は少し考えた。
そして答える。
「怖かったです」
正直に言う。
「いっぱい泣きました」
少し笑う。
「でも」
仲間たちを見る。
「今は大丈夫です」
エリーが聞く。
「どうして?」
亜由は言った。
「一人じゃないから」
エリーは少し驚いたようだった。
「……」
そして小さく笑った。
「そっか」
少しだけ羨ましそうに言う。
「いいわね」
そして、少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……ねぇ」
小さな声。
「もし良かったら」
少し迷ってから言う。
「わたしと」
少し言い直す。
「……わ、わたしと友だちになってくれない?」
亜由は目を丸くした。
「え?」
少し驚いた顔。
そして――
にこっと笑う。
「……いいよ」
エリーが顔を上げた。
「ほんとに?」
亜由は元気よく頷いた。
「うん!」
その瞬間、エリーの顔がぱっと明るくなった。
「……!」
嬉しそうに笑う。
「ありがとう!」
そのあとも、二人はいろいろな話をした。
好きな食べ物の話。
霊鏡のこと。
人間のこと。
妖怪のこと。
時間はあっという間に過ぎていった。
突然、エリーが立ち上がる。
「そうだ!」
目を輝かせる。
「この館を見て回りましょ!」
亜由の手を掴む。
「ついてきて!」
亜由は慌てる。
「え!待って!」
二人はそのまま部屋を飛び出していった。
残された六花たちはその様子を見ていた。
ナチカがぽつりと言う。
「行っちゃった……」
雷が聞く。
「追いかける……です?」
六花は首を振った。
「ううん」
笑う。
「私たちは待ってよ」
覚も頷く。
「えぇ」
優しく言う。
「そのほうが良いでしょう」
窓の方を見て言う。
「嬉しいようでしたので」
リンは静かにその様子を見ていた。
そして――
小さく呟く。
「……」
優しい声で。
(良かったですね。お嬢様……)
リンは小声でそう言った。
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