ーー暴風妖雨と一ツ目の影ーー
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
妖怪市場は、つい先ほどまで賑やかな声で満ちていた。
提灯の灯りが揺れ、屋台からは焼き物の匂いが漂い、妖怪たちの笑い声が夜空に響いていた。
しかし――
ぽつ。
ぽつ、ぽつ。
亜由の頬に冷たい水滴が落ちた。
「……あれ?」
空を見上げる。
次の瞬間。
ザァァァァァァァッ!!!
突然、激しい雨が降り始めた。
まるで空の底が抜けたかのような豪雨だった。
六花が頭の上に手をかざす。
「わ~、ふってきた……」
空を見上げながら言う。
「結構強い……」
雨はただの雨ではなかった。
風も混じり、激しく渦巻いている。
市場の提灯が大きく揺れ、屋台の布がばたばたと音を立てた。
亜由は周囲を見回す。
「……あれ?」
さっきまでたくさんいた妖怪たちが――
いない。
屋台も、客も、いつの間にか姿を消していた。
静まり返った市場。
残っているのは、亜由たちだけ。
雷が小さく言った。
「……警戒する……です」
亜由が振り向く。
「え?」
雷は空を見上げた。
「この豪雨……」
目を細める。
「妖気が混じってる……です」
少し間を置く。
「妖怪の仕業……です」
六花も空を見上げる。
「え!?」
しばらく感じ取ってから言った。
「……あ、たしかに混じってる」
その瞬間。
空の雲の奥から、低く響く笑い声が聞こえた。
「アーッハッハッハッハッ!!!」
重く、濁った声。
市場全体に響き渡る。
「雑魚妖怪が!」
ナチカが空を見上げる。
「雲の中……」
目を細める。
「なにかいる」
雷も上を見る。
稲妻が走った。
バチィッ!
その光の中で――
巨大な影が見えた。
覚が小さく呟く。
「……あれは……」
六花が目を丸くする。
「おっきい……」
亜由は息を呑んだ。
「……」
ノーマも驚いていた。
「わわわ、何あれ」
雲が渦を巻く。
そして、その中からゆっくりと姿を現した。
巨大な妖怪。
長く伸びた舌。
赤黒い体。
雲の上に浮かぶような巨大な姿。
大きな赤い妖怪が地上から叫ぶ。
「逃げ惑え!逃げ惑え!」
覚が静かに言った。
「あれは」
空を見上げる。
「妖怪『赤舌』……ですね」
亜由は聞き返す。
「赤舌?」
六花が思い出したように言う。
「たしか」
指を立てる。
「その口が空いている限り災いが続く」
空を見上げる。
「だっけ?」
覚は頷いた。
「はい」
静かに言う。
「そうですよ」
ノーマは空を見て震える。
「……」
赤舌が亜由たちを見下ろした。
「なんだ?」
低い声。
「貴様ら」
口を歪める。
「逃げないのか?」
六花が怒鳴った。
「ちょっと!」
指を空へ向ける。
「その雨!」
叫ぶ。
「邪魔だから消してよ!」
赤舌は鼻で笑った。
「ん?」
そして言う。
「それは無理だ!」
舌を揺らす。
「貴様らのような」
目を細める。
「人間に飼いならされた者共のことなど聞かぬ」
そして大きく口を開いた。
「しねぇ!」
空が唸る。
「暴風雨・雨粒針山!」
ザァァァッ!!!
豪雨が一瞬で変化した。
雨粒が――
鋭い針のように変わる。
無数の小さな針が空から降り注いだ。
ナチカが前へ出る。
「鎌鼬・つむじ風!」
ブォォォッ!!
風が渦を巻く。
巨大な旋風が亜由たちの前に立ち上がった。
針の雨が風に弾かれる。
キィン!キィン!キィン!
亜由は息を呑んだ。
「ッ!」
六花が空を見上げる。
「ど、どうしよう……」
歯を噛みしめる。
「あんな高いところ」
拳を握る。
「私の攻撃じゃ届かないよ」
覚が少し考える。
「……」
そして何かを思いついたように言った。
「あ」
ノーマを見る。
「ノーマ」
ノーマが振り向く。
「え?」
覚は静かに言った。
「あなたの能力は」
少し微笑む。
「隠れられる場所さえあれば」
空を見上げる。
「瞬間移動できるものよね」
ノーマは頷く。
「う、うん」
覚は言った。
「では」
袖を広げる。
「私が用意しますね」
ノーマは目を丸くした。
「え!?」
慌てて言う。
「わ、私が戦うの!?」
覚は静かに言った。
「あなたしかいないのです」
そして真剣な目で言う。
「お願いします」
ノーマは少し震えた。
空では赤舌が笑っている。
針の雨は止まらない。
しかし――
ノーマはぎゅっと拳を握った。
「……」
そして言う。
「……うん!」
顔を上げる。
「私やるよ!」
亜由たちを見る。
「お姉ちゃん達のために!」
覚はすぐに動いた。
両手を広げる。
「妖術――」
地面に符が舞う。
「影造障壁」
ドンッ!
空中に黒い影の塊が生まれた。
それは岩のような形をしている。
さらに。
「影楼・連環!」
ドドドドドッ!
次々と影の足場が空中に現れた。
まるで空に浮かぶ瓦礫の群れ。
赤舌の周囲を囲むように浮かぶ。
覚が言う。
「これで」
ノーマを見る。
「隠れる場所はできました」
ノーマは小さく頷く。
「……うん」
そして目を閉じた。
次の瞬間。
額のあたりが光る。
ビキッ――
皮膚が割れるように開き――
巨大な一つ目が現れた。
ぎょろり。
禍々しく光る瞳。
雷が呟く。
「能力……発動」
ノーマが小さく言う。
「影間遁行」
次の瞬間。
ぬっ。
空中の影障壁の裏からノーマの上半身が現れた。
まるで影の中から生えてきたように。
そして――
また消える。
次の影から。
ぬっ。
現れる。
「影出現」
ぬっ。
ぬっ。
ぬっ。
空中の影障壁を次々に渡りながら、ノーマは赤舌へ近づいていく。
赤舌が気づく。
「……?」
目を細める。
「なんだ……?」
その瞬間。
赤舌の真横の影から――
ぬっ。
ノーマが現れた。
一つ目がぎょろりと光る。
「影跳襲」
小さな拳を振り上げる。
「えいっ!」
ドォンッ!!!
拳が赤舌の顔面に直撃した。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




