ーー妖怪市場の灯りと人牛種の牛串ーー
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
夜の道を進んでいくと、やがて遠くに無数の灯りが見えてきた。
提灯の光がゆらゆらと揺れ、夜の闇を赤く照らしている。
さらに近づくにつれ、賑やかな声や笑い声、金属のぶつかる音、焼き物の香ばしい匂いまで漂ってきた。
亜由は思わず声を上げた。
「わぁ~」
その光景に目を輝かせる。
夜なのに、まるで昼の祭りのように明るい。
そこには――
様々な形の妖怪たちが歩き回っていた。
頭が一つ目の者。
体が煙のように揺らめく者。
動物の姿をした者。
人に近い姿の者。
まさに百鬼夜行のような光景だった。
六花が嬉しそうに言う。
「うんうん!」
腕を組んで頷く。
「やっぱりにぎやかだね!」
雷も周囲を見回す。
「夜は」
静かに言う。
「妖怪が活発になる時間だから……」
小さく頷く。
「いつもよりたくさんいる……です」
ナチカも周囲を見ながら言った。
「ん」
指を屋台の方へ向ける。
「ここには人牛種の牛串以外にも」
ゆっくり説明する。
「時空の裂け目から流れてきた色々なものが売ってあったり」
少し歩きながら続ける。
「妖怪の道具」
「外国の道具」
「色々ある」
亜由は目を丸くした。
「外国の道具?」
覚が肩をすくめて言う。
「裂け目から流れてきた物は」
少し苦笑する。
「使い方がよくわからないんだけど」
指を屋台の方へ向ける。
「集めたがる者がたくさんいるのよ」
亜由は感心した。
「そうなんだ」
そのとき。
ノーマがぴょんっと前へ出る。
「久しぶりの市場です!」
両手を広げて言う。
「綺麗です!」
そして元気よく指を前へ向けた。
「行きましょう!」
六花もすぐに乗った。
「うん!」
笑顔で言う。
「行こー!」
ノーマと六花は人混みの中へ進んでいく。
亜由が慌てて追いかける。
「あ!待って!」
市場の中は、本当に不思議な光景だった。
屋台の上には色とりどりの品物が並んでいる。
ある屋台では、奇妙な形の石が売られていた。
「これは未来の石だ!」
店主の妖怪が声を張り上げる。
「握ると未来が見えるかもしれん!」
別の屋台では、光る紙が並んでいた。
「これは異国の書物の紙!」
店主が説明する。
「文字が浮かぶんだ!」
亜由が不思議そうに眺めていると、覚が横で言う。
「たぶん」
肩をすくめる。
「ただの紙ね」
六花が別の屋台に目を輝かせる。
「見て見て!」
そこには奇妙な金属の筒が並んでいた。
ナチカが少し眺める。
「裂け目の品」
雷も見つめる。
「用途不明」
ノーマは屋台の間を楽しそうに歩き回る。
「わぁ!」
目を輝かせる。
「お菓子屋さんもあります!」
屋台には団子や饅頭、妖怪用の奇妙な甘味が並んでいた。
さらに進むと、大きな壺が並んだ店がある。
「これは妖酒!」
店主が言う。
「三百年熟成だ!」
六花が笑う。
「それはさすがに強そう!」
亜由は市場の光景にすっかり夢中になっていた。
「すごい……」
こんな世界があるなんて、想像もしなかった。
すると、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。
ジュウゥゥ……
肉が焼ける音だ。
ノーマがぴたっと止まる。
「この匂い!」
振り返る。
「人牛種です!」
六花も目を輝かせる。
「来た来た!」
その屋台には、大きな炭火台があり、串に刺さった肉が焼かれていた。
湯気が立ち、香ばしい匂いが辺りに広がっている。
店主の妖怪が声を上げる。
「人牛種の牛串!」
「焼きたてだぞ!」
六花がすぐ言った。
「ください!」
ナチカも頷く。
「ん」
雷も言う。
「一つ」
覚も静かに言った。
「私も」
ノーマも手を挙げる。
「私もです!」
亜由も少し恥ずかしそうに言う。
「私も……」
しばらくして。
人数分の牛串が渡された。
こんがり焼けた肉。
香ばしい匂い。
亜由たちは市場の端にある木のベンチへ座った。
六花がさっそく一口かじる。
「ん~!」
満面の笑み。
「おいしい!」
雷も食べる。
「……」
小さく頷く。
「美味」
ナチカも静かに食べる。
「……」
そしてぽつりと言う。
「うん」
覚も一口食べる。
「えぇ」
満足そうに微笑む。
「やっぱり美味しいわ」
ノーマは夢中になっていた。
「美味しいです!」
亜由もおそるおそる食べる。
「……!」
目を大きくする。
「本当においしい!」
柔らかく、甘い肉の味が口いっぱいに広がる。
六花が笑う。
「でしょー!」
そのときだった。
市場の少し離れた場所。
影の中で――
大きな赤い妖怪が、亜由たちをじっと睨んでいた。
巨体。
赤い皮膚。
鋭い牙。
長い舌
その目には怒りが宿っている。
低く唸るように呟いた。
「……人間どもと」
拳を握る。
「つるんでる妖怪どもが……」
ギリッ
歯を食いしばる。
「わからせてやる」
ゆっくり立ち上がる。
その目は狂気に染まっていた。
「妖怪こそが!」
低く唸る。
「王にふさわしいと!!!」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




