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外伝「第一弾」アルケオン 霊鏡物語  作者:


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ーー月下の森と妖怪市場への道ーー

――夜は、すべてを奪う。

けれど同時に、何かを始める場所でもある。


これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、

人ならざるものの棲む森へと迷い込み、

“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。


名も知らぬ世界、霊鏡。

人と妖の境が曖昧なその森で、

少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。


これは――

運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。

夜の道を、亜由(あゆ)たちは歩いていた。


竹林を抜けると、景色はゆるやかに変わっていった。

細い土の道の左手には、深い森が広がっている。背の高い木々が月明かりを受け、黒い影となって並んでいた。


夜風が吹くたび、枝葉がさらりと揺れる。


サワ……サワ……


虫の声は相変わらず響き、遠くでは川の流れる音も聞こえていた。


亜由はその景色を見ながら歩く。


「綺麗ですね……」


思わずそう呟いた。


六花(ろっか)がくるっと振り返る。


「でしょー?」


腕を大きく広げた。


「霊鏡の夜はね、昼より生き物がいっぱい出てくるんだよ!」


亜由は目を輝かせた。


「生き物……」


そのときだった。


森の奥から、低く響く遠吠えが聞こえた。


「オォォォォォォン……」


亜由がびくっとする。


「え?」


ナチカは耳を澄ませる。


「ん」


静かに言う。


「ニホンオオカミ」


亜由は驚いた。


「狼ですか?」


その声に呼ばれるように、森の影から一頭の獣が姿を現した。


灰色の毛並み。

鋭い目。

引き締まった体。


月明かりの中に立つその姿は、神秘的ですらあった。


亜由は思わず息をのむ。


「すごい……」


ニホンオオカミは亜由たちをじっと見た。


しかし敵意はない。


むしろ、どこか落ち着いた瞳だった。


(ライ)が言う。


「この森」


小さく頷く。


「狼が守ってる」


(さとり)がくすっと笑う。


「霊鏡の狼は賢いのよ」


オオカミはしばらくこちらを見ていたが、やがて森の奥へ静かに歩いていった。


草が揺れ、影の中に消える。


亜由は小さく手を振った。


「さようなら……」


少し歩くと、今度は木の上から羽音がした。


バサ……バサ……


白い影が枝から枝へ飛び移る。


亜由が見上げた。


「あれは?」


ナチカが言う。


「トキ」


枝の上には、美しい鳥が止まっていた。


白い羽。

長いくちばし。

ほんのり桃色がかった羽毛。


トキは首をゆっくり動かし、亜由たちを見ている。


六花が嬉しそうに言った。


「トキってね」


指を立てる。


「昔から瑞鳥って言われてるんだよ」


亜由は感心した。


「瑞鳥……」


覚が言う。


「良いことが起こる前触れ、なんて言われたりするわね」


亜由は少し嬉しくなった。


そのとき。


森の中から鹿が顔を出した。


立派な角を持つ雄鹿だ。


その後ろからは、小さな兎がぴょんと飛び出す。


さらに木の幹を、リスがちょこちょこと駆け上がった。


亜由は目を輝かせる。


「いっぱいいます!」


六花が笑う。


「この辺は自然が豊かだからね!」


さらに少し歩くと、遠くの木の上から声が聞こえた。


「おぎゃあ……」


亜由は足を止めた。


「赤ちゃん?」


また声がする。


「おぎゃあ……」


しかし周囲には家も人もいない。


森の奥だ。


亜由は不思議そうに見回す。


「どこでしょう」


そのとき。


「ケケケケケケケケッ!」


突然、奇妙な高笑いが木の上から響いた。


亜由はびくっとした。


「わぁ!?」


ナチカが空を見上げる。


「オゴメ」


亜由は首をかしげる。


「オゴメ?」


ナチカが説明した。


「木の上で」


淡々と言う。


「赤子の声で鳴く妖怪」


さらに続ける。


「たまに」


指を上げる。


「オゴメ笑いって言って」


また遠くから聞こえた。


「ケケケケケケケケッ!」


ナチカが言う。


「変な高笑いをする」


亜由は苦笑した。


「びっくりしました……」


覚が肩をすくめる。


「人を森に誘う妖怪だけど」


軽く言う。


「ここじゃ悪さはしないわ」


六花も頷いた。


「うん!」


そのまま亜由たちは夜道を進んでいった。


すると――


道端に、ぽつんと盥が置かれているのが見えた。


古びた木の盥だ。


亜由が首をかしげる。


「なんでこんなところに……」


その瞬間。


ぬっ。


何かが、盥の中から出てきた。


黒い影だった。


「お姉ちゃんたちどこ行くの?」


亜由は飛び上がった。


「わぁ!?」


盥から現れたのは、小さな黒い幼女だった。


黒い髪。

黒い着物。

どこか影のような雰囲気。


幼女はきょとんとした。


「あれ?」


少し困った顔をする。


「驚かしちゃった……大丈夫?」


亜由は慌てて頷く。


「は、はい……」


ナチカが言う。


「ノーマ」


少し真顔で。


「出てくるときは」


淡々と。


「急にはでてこないほうがいい」


黒い幼女は首をかしげる。


「でも」


不思議そうに言う。


「私はそういう妖怪だし……」


雷が言った。


「知らないものは」


小さく頷く。


「びっくりするのです」


六花は笑った。


「あはは~」


亜由の肩をぽんと叩く。


「そうだね」


覚が亜由に説明する。


「亜由?」


幼女を見る。


「彼女はノーマ」


少し間を置く。


「ノウマっていう妖怪よ」


黒い幼女は元気に手を振った。


「よろしくね!」


亜由は少し緊張しながら答えた。


「はい……」


そして疑問を口にする。


「ノウマってどういう妖怪なんです?」


雷が答える。


「不明」


亜由は目を丸くした。


「え?」


ナチカが補足する。


「よくわからない妖怪」


そして続ける。


「夜道に急にぬっと現れて」


少し間を置く。


「人を驚かし喰らう妖怪」


亜由はノーマを見る。


しかしどう見ても、ただの幼い少女だ。


ナチカも小さく言った。


「そうは見えないけど」


亜由は苦笑する。


「はい」


ノーマはあっけらかんと言った。


「昔は人間も食べてたんだけど」


指を立てる。


「ここに来て梓お姉ちゃんが」


少し真面目な顔で。


「食べちゃダメって言ったから」


笑う。


「人牛種のお肉食べてるよ~」


亜由は聞き返す。


「人牛種?」


六花が説明した。


「人間を食べる妖怪のために」


手を広げる。


「改良した牛のことだよ」


そして続ける。


「人を食べる妖怪からしたら」


笑う。


「人間を食べるよりいいんだって!」


さらに言った。


「まぁ、人間とかが食べても絶品なんだけどね」


亜由は感心した。


「そうなんですね」


覚が頷く。


「えぇ」


少し目を細める。


「あの牛の牛串はとても美味しいわ」


雷も言う。


「同意」


ナチカも小さく。


「……私も」


亜由は笑った。


「人気だ」


ノーマは胸を張る。


「霊鏡一美味しいですから」


亜由は楽しそうに言った。


「なんだか、食べてみたいです」


覚がすぐ提案する。


「だったら」


にやりと笑う。


「妖怪市場に行きましょ」


亜由が首をかしげる。


「妖怪市場?」


覚は言う。


「あそこは」


少し誇らしげに。


「霊鏡で一番の市場だから」


六花が勢いよく手を挙げた。


「さんせーい!」


ノーマが言った。


「あ」


少し遠慮がちに。


「だったらついてきてもいいでしょうか?」


六花はすぐ答えた。


「うん!」


笑顔で言う。


「おいでよ!」


そして皆を見る。


「みんなもいい?」


ナチカ、雷、覚はそれぞれ頷いた。


亜由も笑った。


「もちろんです!」


こうして――


亜由たちは新しい仲間ノーマを連れて、妖怪市場へ向かうことになった。


月明かりの道を進みながら。


やがて遠くに、灯りが見え始める。


無数の提灯。

賑やかな声。

湯気の立つ屋台。


妖怪たちが集まる、夜の市場。


そのころ――


霊鏡の外。


京都。


陰陽師総本山――陰陽邸。


広い座敷では、多くの陰陽師たちが集まり騒いでいた。


年老いた陰陽師が声を荒げる。


「妖怪どもめ……!」


拳を握る。


「一体どこに潜んでおる!」


若い陰陽師が答える。


「霊鏡なる空間も見つかりませぬ!」


女性の陰陽師も言う。


「一体どこに……」


ざわざわと騒ぎが広がる。


そのとき。


低く威厳ある声が響いた。


「静まれ」


場が一瞬で静かになる。


声の主は――


源頼光だった。


頼光は奥を見た。


「……晴明様の前だ」


その言葉に、陰陽師たちは一斉に頭を下げた。


座敷の奥。


静かに座っている男がいる。


白い装束。


鋭い目。


安倍晴明。


彼はしばらく沈黙していた。


そして、ゆっくりと口を開く。


「……今は待て」


低く、静かな声。


しかし逆らえない威圧があった。


「時期に」


わずかに目を閉じる。


「時は来る……」


その言葉だけで。


陰陽師たちは完全に沈黙した。


誰も、何も言わない。


ただ静かに、嵐の前のような空気だけが流れていた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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