ーー心を読む者たちの戦いーー
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
夕暮れの鞍馬神社の修行場。
石の広場の中央で、亜由は肩で息をしていた。
その手のひらには、小さな炎が揺れている。
先ほどまで何度も暴発していた妖力が、今は穏やかに形を保っていた。
六花が目を輝かせる。
「すごいよ!亜由!」
勢いよく駆け寄る。
「ここまで成長するなんて!」
亜由は少し照れたように笑った。
「そう、でしょうか……」
鞍馬天狗は腕を組み、静かに頷く。
「うむ」
低い声が広場に響く。
「さすがは逸材」
亜由の手の炎を見つめる。
「成長が速いな……」
小さく呟いた。
「やはり……」
亜由は振り向いた。
「ナチカ!」
ナチカは少し離れた場所で見守っていた。
「ん」
穏やかな声。
「見てたよ」
少しだけ微笑む。
「頑張ったね」
亜由は嬉しそうに頷いた。
「うん!」
その様子を、少し離れたところから見ている影があった。
ボサボサ髪の少女――覚だ。
「……ふぅ~ん」
興味深そうに呟く。
「ますます気になっちゃった」
そしてゆっくりと亜由へ歩み寄る。
亜由は驚いた。
「え!?」
ナチカが説明する。
「彼女は覚」
少し間を置く。
「妖怪名も『覚』」
少女は小さく頭を下げた。
「こんにちは」
その瞬間だった。
バタバタと羽音が響く。
一体の天狗が、血まみれの姿で飛び込んできた。
「く、鞍馬天狗様!」
体はボロボロだった。
鞍馬天狗が鋭く言う。
「どうした」
天狗は震える声で言った。
「て、敵襲……」
そのまま――
バタンッ
倒れ込んだ。
鞍馬天狗の表情が変わる。
「っ!」
雷が身構える。
「気をつけて」
低く唸る。
「なにか来る!」
そのとき。
石段の奥から、ゆっくりと影が現れた。
妖怪だった。
黒い着物。
細い体。
歪んだ笑み。
「……ここかぁ?」
首を傾ける。
「……」
ゆっくりと周囲を見る。
「……」
そして笑う。
「鞍馬天狗の巣ってのは」
肩を回す。
「……ここかぁ?」
ナチカが前へ出る。
「何者!」
鋭く言う。
「止まれ!」
妖怪は眉をひそめた。
「邪魔だぁ」
肩を揺らす。
「どけぇ……」
覚が小さく呟く。
「……ふぅ~ん」
そして言った。
「目的は鞍馬天狗さんね」
少し笑う。
「天邪鬼?」
鞍馬天狗が低く言う。
「天邪鬼」
「何のようだ?」
亜由は小さく聞いた。
「天邪鬼って?」
雷が答える。
「人の心の裏を読む」
少し間を置く。
「あえて逆の行動をする」
小さく呟く。
「ひねくれ者……です」
天邪鬼はケラケラ笑った。
「何のよう?だとぉ?」
肩を揺らす。
「ヒヒッ」
目が光る。
「悪事以外何がある?」
覚が肩をすくめた。
「あいかわらず」
「性格が悪いですね」
天邪鬼は笑った。
「なんとでも言え」
舌を出す。
「ワタシはそういう妖怪だ」
腕を広げる。
「ヒヒッ!」
叫んだ。
「覚悟しろ!」
「鞍馬天狗!」
鞍馬天狗が翼を広げる。
「!」
六花が飛び出した。
「危ない!」
棍を振り上げる。
「鬼天棍!!」
雷が走る。
「鬼天覇棍!!!」
ドォン!!
天邪鬼の体が弾かれる。
「くっ!」
しかしすぐ笑う。
「やるなぁ」
ナチカが飛び込む。
「突風」
風が巻き起こる。
「螺旋迅!」
天邪鬼は踏ん張った。
「ヒヒッ」
腕を広げる。
「力比べかぁ?」
笑う。
「負けねぇぞ?」
ナチカの顔が歪む。
「っ……」
風が押し返される。
「さすがの馬鹿力……」
雷が跳ぶ。
「雷猫」
雷が弾ける。
「雷電撃!」
しかし。
天邪鬼は体をひねった。
「ヒヒヒッ!」
雷が空を裂く。
雷が驚く。
「あの体勢で避けた!?」
鞍馬天狗が飛び上がる。
「天狗奥義!」
翼が広がる。
「旋風雷神!!」
巨大な風の刃が落ちる。
天邪鬼は笑った。
「ヒヒヒッ~~~」
腕を振り上げる。
「怪力!」
地面を掴む。
「岩雪崩!!!」
ドカァァァン!!
岩と風が衝突した。
煙が広がる。
天邪鬼の笑い声が響く。
「ヒヒヒヒヒッ」
鞍馬天狗が目を見開く。
「!」
そのとき。
亜由が前へ出た。
「……私も!」
両手を構える。
「えいっ!」
巨大な炎の球が放たれた。
ゴォォ!!
天邪鬼が目を見開く。
「ヒヒッ!?」
炎が――
かすった。
覚の目が細くなる。
「まあ」
(今の攻撃……)
(天邪鬼をかすった?)
考える。
(なるほど)
(いくら心が読めても)
(偶然には弱い)
小さく笑う。
(私も同じ……)
そして亜由へ近づいた。
「亜由、でしたっけ?」
小さな髪飾りを差し出す。
「コレに」
静かに言う。
「あなたの妖力を流し込んでください」
亜由は驚いた。
「え?」
ナチカが目を細める。
「……それって」
「亜由の式神になるってこと?」
覚は頷く。
「えぇ」
戦いを見る。
「鞍馬天狗さんが天邪鬼を足止めしている隙に」
微笑む。
「お願いします」
雷が言う。
「いいの?」
静かな声。
「式神になれば」
「術者が死ぬまで逆らえず」
「命令なしに離れることはできない」
覚はあっさり言った。
「えぇ」
「知っていますよ」
少し笑う。
「だって」
目を輝かせる。
「面白そうなんですもの」
亜由を見る。
「真剣で」
「心の中が綺麗で」
「純粋な子」
周囲を見る。
「優しい妖怪たち」
「梓様」
「六花」
小さく笑う。
「その他に半妖ですが亜由まで」
そして言った。
「だから私」
「一緒にいたいんです」
亜由は胸の中の符を思い出した。
(産女にもらった依代……)
(まだある……)
しかし。
覚の差し出した髪飾りを見つめる。
(こっちの方が……)
(強くつながりを感じる)
亜由は頷いた。
「うん!」
笑う。
「わかったよ!」
覚は嬉しそうに言った。
「……では」
静かに目を閉じる。
「お願いしますね」
亜由は髪飾りを握る。
「……」
集中する。
「髪飾りに妖力を込め……」
深呼吸。
「力を注ぎこむように……」
髪飾りが光る。
その光は糸になり――
覚と繋がった。
覚が微笑む。
「ありがとうございます」
目を開く。
「契約、完了です」
立ち上がる。
「では」
天邪鬼を見る。
「行きますよ」
「天邪鬼!」
天邪鬼が笑う。
「ヒヒッ」
「覚かぁ」
目が光る。
「心を読む者同士」
舌を出す。
「面白ぇ」
覚は静かに言った。
「あなたの次の行動」
小さく笑う。
「分かりますよ」
天邪鬼が跳ぶ。
拳を振り下ろす。
覚は避ける。
「やっぱり」
次の瞬間。
覚が逆方向へ動く。
天邪鬼の蹴りが空振る。
「ヒヒッ!」
「読んでるなぁ!」
覚は答える。
「えぇ」
静かに言う。
「でも」
微笑む。
「私の方が一手多い」
覚は心を読む。
天邪鬼も読む。
互いに読む。
行動を変える。
また読む。
また変える。
まるで鏡の戦いだった。
しかし。
覚は亜由の妖力を使っていた。
突然、攻撃の軌道が変わる。
天邪鬼が驚く。
「ヒヒッ!?」
覚が言う。
「あなたは」
静かな声。
「相手の心を読む」
一歩踏み込む。
「でも」
指を向ける。
「私の後ろには」
亜由がいた。
「二人分の思考があります」
次の瞬間。
覚の掌が天邪鬼の胸に触れた。
「終わりです」
ドンッ!!
妖力が炸裂した。
天邪鬼が吹き飛ぶ。
「く……」
体が崩れる。
「くそぉ……」
そして。
塵となって消えた。
亜由が叫ぶ。
「勝った!」
覚は静かに頷く。
「はい」
そして亜由の前にしゃがむ。
小さく頭を下げた。
「主」
優しく言う。
「亜由様」
微笑む。
「これからお願いします」
亜由は笑った。
「うん!」
鞍馬天狗は戦場を見渡した。
倒れた岩。
裂けた地面。
そして亜由を見る。
「……ふむ」
しばらくして。
亜由が聞いた。
「え!?」
驚く。
「終わり?」
鞍馬天狗は頷いた。
「あぁ」
静かに言う。
「お主は」
亜由を見る。
「妖力の制御・使用の仕方を覚え」
少し笑う。
「完璧ではないが」
続ける。
「妖術の使い方で天邪鬼を一瞬翻弄した」
腕を組む。
「もう」
「教えることはない」
亜由は真剣な顔で頷いた。
「その感覚を忘れるな」
亜由は深く頭を下げた。
「……はい!」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




