ーー天狗の山へ続く道ーー
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
篭山を下る山道は、夕暮れの光に包まれていた。
木々の隙間から差し込む橙色の光が、地面に長い影を落としている。
その山道を、四つの影が進んでいた。
「こっちこっち~!」
先頭を走っているのは六花だった。
両手を振りながら、まるで遠足の子どものように軽やかに進んでいく。
その後ろを、雷獣の雷がゆっくりと歩いていた。
「ついてくるといい……です」
雷の声は落ち着いているが、どこか誇らしげだった。
そのさらに後ろを、亜由とナチカが並んで歩いている。
亜由は山の向こうを見ながら尋ねた。
「ねぇ、ナチカ」
「鞍馬第二山って遠いの?」
ナチカは周囲の空気を感じ取るように目を細めた。
「ん……」
少し考えてから答える。
「そこまで遠くないよ」
亜由はほっと息をついた。
「よかった……」
六花が振り返る。
「もうちょっとだよ~!」
そのまま跳ねるように進んでいく。
「わ~!わ~!わ~!」
元気いっぱいの声が森に響いた。
そして突然、足を止めた。
「……ん?」
目を丸くする。
「あ!」
手を振った。
「夜道おじいちゃん!地蔵様~!」
山道の先に、二つの影が立っていた。
ひとりは笠を深くかぶった老人の僧。
もうひとりは、同じく笠をかぶった小さな少女だった。
六花は満面の笑みで駆け寄る。
「こんにちは!」
老人はゆっくりと顔を上げた。
「おやおや」
優しい声だった。
「こんにちは」
少女も小さく頭を下げる。
「こんにちはです」
雷が近づきながら聞いた。
「なにしてる、です?」
少女が答える。
「おじいちゃんに道を教えていたのです」
すると老人が笑った。
「なにせ最近は物騒でな」
杖をつきながら言う。
「それに前来たときは雪が降っていたからな」
「ハッハッハッ」
そしてふと亜由を見る。
「おや」
「そちらさんはお友だちかな」
六花が元気よく紹介する。
「うん!」
「紹介するね!」
亜由の肩をぽんと叩く。
「亜由ちゃんと、その式神のナチカ!」
突然注目され、亜由は少し慌てた。
「こ、こんにちは」
ナチカは軽く頭を下げる。
「ん」
老人が微笑んだ。
「こんにちは」
そして名乗る。
「ワシは夜道怪と言う妖怪じゃ」
少女も胸を張る。
「私は妖怪ではありませんが」
にこりと笑う。
「地蔵菩薩の一種、杖立様です!」
亜由は少し驚いた。
「地蔵様……?」
ナチカが説明する。
「夜道怪は」
淡々と続けた。
「夜道に現れて子供をさらう妖怪」
亜由の顔が固まる。
「え」
夜道怪は豪快に笑った。
「ハッハッハッ!」
手を振る。
「昔のことじゃ、昔のこと」
ナチカはさらに続ける。
「杖立様はお地蔵様」
「杖を立てるといいことがある」
そして少し間を置いた。
「……まぁ」
「杖立様がいるところは」
「野盗などに殺された人を祀るためとも言われてるけど」
亜由は少し静かになった。
「そうなんだ……」
杖立様は微笑んだ。
「最近は杖を建てなくても」
「幸福を与えていますが」
夜道怪がふと思い出したように言う。
「そうだ」
亜由たちを見る。
「どこかへ行くのではないのか?」
「いそいでいたようだが」
六花がはっとする。
「あ~!」
額を叩いた。
「そうだった!」
くるっと振り向く。
「急がないと!」
もう走り出していた。
「じゃあね~!」
亜由は慌てて頭を下げる。
「し、失礼しました!」
ナチカと雷もその後を追う。
三人の背中が森の奥へ消えていった。
しばらくして。
夜道怪がぽつりと言った。
「まったく」
「子供はいつ見ても騒がしいな」
そして小さく笑う。
「じゃが」
「それが平和かもしれん」
杖立様が静かに頷いた。
「はい」
「そうですね」
夕暮れの山道に、二人の影が長く伸びていた。
――――――――――
亜由たちはその後もしばらく歩いた。
やがて。
森の木々の隙間から、巨大な山が見えてくる。
六花が指を差した。
「あ!」
「あれだよ!」
亜由は思わず立ち止まる。
「……あれが」
目を見開く。
「おっきいですね」
山の斜面には巨大な建物がいくつも並び、
岩壁には洞窟のような入り口が見える。
雷が誇らしげに言った。
「鞍馬天狗率いる天狗軍が住んでるから」
「……すごく大きい」
ナチカも目を細める。
「ここにいても伝わってくる」
空気が違った。
山全体が強い妖力を放っている。
そのとき。
山門の前に立つ影が動いた。
赤い顔、長い鼻、黒い翼。
天狗だった。
「おや」
天狗が言う。
「六花殿」
六花は元気よく手を振った。
「あ!」
「軍隊天狗だ!」
別の天狗が近づく。
「なにか御用で」
六花は亜由を前に出した。
「うん!」
「鞍馬天狗に会いたくて」
亜由の肩をぽんと叩く。
「この子に修行を……」
真剣な顔になる。
「妖力の使い方を教えてほしいの」
天狗たちは互いに顔を見合わせた。
そして一人が頷く。
「なるほど」
「分かりました」
翼を軽く広げる。
「どうぞ、お入りください」
もう一人の天狗が言った。
「私達は鞍馬天狗様に伝えてまいります」
六花はにっこり笑う。
「うん!」
「お願い!」
そして亜由の手を引いた。
「……さ、行こ!」
亜由は大きく息を吸った。
「うん!」
こうして亜由たちは――
天狗軍の山、鞍馬第二山へと足を踏み入れるのだった。
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