――子守山の空き地――
――夜は、すべてを奪う。
けれど同時に、何かを始める場所でもある。
これは、炎に居場所を奪われた一人の少女が、
人ならざるものの棲む森へと迷い込み、
“生き延びる理由”を拾い上げるまでの物語。
名も知らぬ世界、霊鏡。
人と妖の境が曖昧なその森で、
少女はまだ、自分が何者になるのかを知らない。
これは――
運命が静かに動き出した、第一夜の記録である。
亜由たちは鉄鼠たちに案内され、悲田院の門をくぐり中へと入っていった。
古い寺を改良して作られた施設らしく、境内は思っていた以上に広い。
木造の建物がいくつも並び、小さな畑や井戸も見える。
子どもたちの遊び道具らしき竹馬や木の球も転がっていた。
亜由は周囲を見回しながら言った。
「中は結構広いですね」
鉄鼠は穏やかに笑った。
「まぁ、かなり大きな寺だったらしいからな」
少し肩をすくめる。
「その分、掃除は大変だがな」
そのときだった。
どこからか声が聞こえた。
「お客さん?」
次の瞬間――
地面が、もこりと盛り上がった。
土が動き、その中から黄色い光が二つ現れる。
亜由
「わぁ!」
ナチカが落ち着いた声で言う。
「亜由、大丈夫」
地面の影を見ながら説明する。
「あれは妖怪ノツゴ」
「死んだ子供が地面に染み付いて妖怪になったもの」
少し不思議そうに続ける。
「……本来はちゃんとした言葉は喋れないはずだけど」
そのとき、
後ろから女性の声が聞こえた。
「ここにいる間に覚えたんですよ」
振り向くと、
白装束の女性が寺から出てきていた。
その腕には赤子が抱かれている。
六花が手を振る。
「あ!産女先生!」
ナチカが小さく言う。
「妖怪……産女」
少し言葉を選びながら続ける。
「……流産した女性の……妖怪」
産女は優しく微笑んだ。
「ふふっ」
「遠慮しなくてもいいんですよ?」
「もう、わかっていますから……」
亜由は何も言えず、小さくうなずいた。
六花が尋ねる。
「ねぇ、先生!」
「子どもたちは?」
すると別の声が聞こえた。
「それならこの山……」
「子守山の子泣きの空き地にいるよ」
声のした方を見ると、
寺の鐘がある場所から一人の男が歩いてきていた。
ボロボロの僧衣を着た男性だった。
六花
「野寺坊先生!」
野寺坊は静かに頷く。
「元気そうだな」
「相変わらず」
ナチカが亜由に説明する。
「妖怪野寺坊」
「古寺に住み着いて鐘を鳴らす妖怪」
亜由は少し考えてから聞いた。
「……ねぇ、ナチカ」
「子泣きの空き地って?」
ナチカは少し遠くの山を見た。
「ん」
「子泣きの空き地は」
「子をなくした親が石を積み上げてできた小石の山がある空き地」
静かに続ける。
「その山があるから……子守山っていうの」
亜由はゆっくりうなずいた。
「なるほどです」
すると地面のノツゴがぽつりと言った。
「子守山……」
「子守山……」
「楽しい」
鉄鼠は少し不思議そうに言う。
「そうだ、ノツゴよ」
「なぜここにいる?」
「子どもたちと遊んでいたのではないのか?」
ノツゴは少し沈黙した。
そして低く言った。
「……変な妖怪」
「現れた……」
「友達……襲ってる……」
鉄鼠の目が見開かれる。
「なんだと!?」
六花はすぐに鬼天棍を握った。
「急がないと!」
そう言うと走り出す。
産女
「あ!」
「これ!」
「……準備もせず行ってしまった……」
少し不安そうに言う。
「それと子どもたちは無事か……」
野寺坊は腕を組んだ。
「まぁ」
「私と鉄鼠は子を持たぬ大人」
「……あそこへは」
「子どもと、子を失った者、子を持つもの以外立ち寄れぬ」
静かに続ける。
「しかし」
「産女一人じゃ危険だ」
そのとき亜由が前に出た。
「私!」
「追いかけたいです!」
産女は驚いて亜由を見る。
「お嬢さん……」
「いいのかい?」
「危険だよ」
亜由は真っ直ぐ答えた。
「危険でも行きたいです!」
「友達のために!」
産女はしばらく亜由を見つめた。
そして小さく頷いた。
「……分かりました」
「ついてきてくださいね」
亜由
「はい!」
二人は山道を走っていった。
残されたナチカはその背中を見ていた。
「……」
ノツゴがぽつりと言う。
「大丈夫……」
「産女先生……」
「……あれでも強い……」
ナチカは静かに答える。
「……ん」
「わかってる」
少し目を伏せる。
「でも……」
野寺坊が低く言った。
「今は祈り待つことが大事だ」
鉄鼠も頷く。
「そうだ」
「焦っていては何も始まらん」
門の外を見つめながら言う。
「我々はここで待ち」
「帰ってくる者たちを出迎えるだけ」
ナチカは静かにうなずいた。
「……ん」
「わかった」
子守山の奥。
そこでは今、
新たな危機が迫っていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




