表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

蛍火ーFuNe‘s Storyー

こちらの動画の作者様から

この動画のストーリーで

短編を作ってもらいたい、との事で

短編小説にさせていただきました!


https://youtu.be/B0YLtxUX4oo?si=3kv_l7X1pVbw8SHm


 ーあらすじー

 アパラチアの森に佇む小さな家。

長い旅の果てに辿り着いた夫婦は、そこで新たな生活を始める。

静けさに包まれた日々の中、ふたりを待ち受けていたのは、過酷な運命と深い祈り――。

過去と未来が繋がる、家族の記憶と希望を描いた、静謐で力強い物語。


 朝の冷たい空気が、アパラチアの森を静かに包んでいた。


 薄い霧が木々の間を漂い、世界がまだ目を覚ましていないかのようだった。


 目の前に建てかけの小さな木の家がぽつんと立っている。


 夫が肩にかけた錆びついた道具袋をゆっくりと下ろし、少し不安げに家を見つめた。


「こんな感じで大丈夫か?」


 声は小さく、それでもどこかほっとした響きがあった。


 妻はその背中を見て、柔らかく笑った。


「うん、すごくいいと思うよ」


 長い旅の果てにようやくたどり着いた場所。

夫の夢が、やっとここに形になった。


 夫は口数が少なく、普段はあまり多くを語らない人だ。


 けれど、この日は違った。


「ずっとこういう場所を探してた」


 ふと呟くその言葉に、彼の胸の中にあった願いが込められていた。


 妻は静かに頷き、手を握った。


「わたしたちの新しいスタートだね」


 家の周りには、まだ荒れた土地が広がっていた。

草が伸び放題で、あちこちに小さな石ころが散らばっている。


 それでも二人は気にしなかった。

ゆっくりと、少しずつ、自分たちの居場所を作っていくつもりだった。


 朝陽が木々の間から差し込み、辺りがほんのりと明るくなり始める頃だった。


 突然、妻の手元に置かれていた小型ラジオがザーッと音を立てた。

ニュースが流れ始める。


「近隣の集落で凶悪なクリーチャーの襲撃がありました」


 妻は声を震わせながらラジオを見つめた。


「助けを求めてる人がいる……」


 夫は黙って装備を取り出し始めた。

古びた刀の刃を手入れし、銃の弾を数える。


「俺、行ってくる」

 

 その言葉は重く、でも揺るがない決意だった。


 妻は言いたい事があった。

けれど言葉は喉に詰まり、嗚咽に変わった。


「気をつけてね」

 

 小さく、でも力を込めて呟く。


 出発の日、二人は家の前に立っていた。

妻は夫の背中をじっと見つめ、伝えられない思いを胸に抱えた。


 夫はふと振り返り、少し照れくさそうに笑った。


「泣くなって」


 妻は目を伏せて小さく頷く。


「頼んだぞ」


 その言葉は風に乗って、静かに妻の心に届いた。


 夫は歩き出し、遠ざかっていった。


 妻は目を閉じて祈った。

どうか、無事でいてほしいと……。


○○○○○


 森の静けさが突如として断ち切られたのは、夜明け前の薄暗い時間だった。


 遠くから響く爆発音と叫び声が、闇を切り裂くように広がっていく。


 妻は家の小さな窓から空を見上げていた。

不安が胸を締めつけるけれど、ただじっと待つしかなかった。


「無事でいて……」


 声にはならない願いが繰り返される。


 数日後、連絡が入った。

駆除部隊からの報せは簡潔で、しかし重かった。


「クリーチャーは駆除したが、犠牲者は多く……」


 妻の手は震え、ラジオのスピーカーから漏れる言葉を繰り返した。


「犠牲者……多く……」


 日が経つにつれ、村の噂は様々な形で届くようになった。

血まみれの戦闘の様子、仲間が倒れていく姿、最後まで戦った夫の勇姿


 しかし、夫の姿はその中になかった。


「帰ってこないの?」


 妻は問いかけたが、返事は曖昧だった。


 途方に暮れ、孤独に押しつぶされそうになる夜もあった。

けれど、妻は諦めなかった。


「きっと戻ってくる」


 自分に言い聞かせ、毎日を過ごした。


○○○○○


 そんなある日、扉の向こうに足音がした。

青年が一人、傷跡を抱えて現れた。


「……あなたの旦那さんの遺品をお渡しに来ました」


 差し出されたのは、錆びた刀と小さな手帳だった。


 妻は震える指でそれを受け取り、胸に抱いた。


 手帳には、まだ生まれていない子供の名前候補と想いが綴られていた。


「あの人……気づいて……」


 それは夫が未来に託した希望の証だった。


○○○○○


 遺品の包みを開けると、錆びた刀が姿を現した。

刃には幾度となく研がれた跡が残り、戦いの日々が思い浮かんだ。


 小さな手帳も一緒にあった。

妻はそっとページをめくる。


 そこにはまだ見ぬ子の名前候補がいくつも書かれていた。

 ひとつひとつに込められた夫の想いが、文字の隙間から伝わってきた。


「いつか生まれてくる子の為に……」


 妻は震える声で呟いた。


 夫は多くを語らなかったが、こうして文字に託していたのだ。


 その夜、妻は遅くまで手帳を抱えながら過ごした。

静かな部屋には遠い風の音だけが響く。


 やがて妻のお腹は大きく膨らんでいった。

娘が、もうすぐ生まれるのだ。


 日々は静かに流れていった。

夫が帰らぬまま、妻は強く生きる決意を固めていた。


 庭先の小さな花が風に揺れるたび、夫の面影がふとよぎる。


「ありがとう」


 妻は時折そう呟きながら、娘の誕生を待ちわびた。


○○○○○


 静かな夜だった。

家の中には、柔らかな明かりだけが灯り、外の風はそっと窓を揺らしていた。


 妻は手帳を開き、夫が書き残した文字を何度も見返していた。

そこには、未来に生まれてくる娘の名前候補と、夫の温かな想いが綴られている。


 唯、由比、祐衣、優衣、悠衣、結……


「あなたったら…全部、ユイじゃないの……男か女かも分かってないのに……あの人らしいな……」


 妻はクスリと笑った。


 その名前には、幸せや希望が込められていた。


 手帳のページを指でなぞりながら、妻は微笑んだ。


「あなたの願いを、私は忘れない」


 お腹の中で小さな命が静かに育っている事を感じながら、彼女は未来を見つめた。


 日々の暮らしは決して楽ではなかった。

夫を失い、孤独に耐えながらの生活。

だが、その手帳が彼女の支えとなっていた。


 朝は畑仕事をし、夕方には娘の為に少しずつ家を整えていく。

小さな家は、少しずつ温かい空間へと変わっていった。


 時折、遠くから風の音に混じって聞こえる鳥のさえずりに耳を傾けた。

それは、夫が遠くから見守っているような気がした。


 季節が移り変わり、やがて娘がこの世に生まれる日が近づいていた。


 妻は静かに手帳を閉じ、明日への決意を胸にした。



○○○○○


 時は経ち……。


 風が穏やかに吹く午後、家の中には赤ん坊の柔らかな寝息が響いていた。

娘のユイは、母の腕の中で静かに眠っている。

奇しくも夫の予想通り女の子だった。


 妻は窓辺に座り、遠くの山並みをぼんやりと見つめていた。

 夫がいないこの家での生活は、決して楽ではなかった。


 だが、ユイの存在が全てを変えた。

小さな命が、母に力を与えてくれているようだった。


 日々の仕事は増えたが、妻は一歩一歩、前に進んでいた。

薪を割り、水を汲み、畑を耕す生活は決して楽ではないが、彼女はそれを受け入れた。


「あなたがいてくれたら……」


 時折、心の中で夫に話しかける。


 けれど、涙は見せなかった。

母となってから、一度も泣かなかった。


 外では鳥たちが賑やかに鳴き、季節はゆっくりと変わっていく。


 ユイは日に日に大きくなり、笑顔を見せる事も増えた。


 母はその笑顔に支えられながら、静かに生きていく決意を新たにしていた。


○○○○○


 家の庭には小さな花が咲き乱れ、季節は幾度目かの春へと移り変わっていた。


 ユイは元気に走り回り、母の周りを笑顔で飛び跳ねている。


「ユイー!あなた、もう16なんだから、飛んだり跳ねたりしないの!もう、誰に似たのかしらね」


「お母さん似だよー!……ね、お母さん、あのね」


 ユイは息を切らしながら話し始めた。


「会って欲しい人がいるの」


 妻は驚きと共に微笑みを浮かべた。


「そうなの?」


 ユイはうんうんと頷き、目を輝かせる。


「その人は、遠くの商隊で物資を運んでいる人なんだって」


 妻は娘の話に耳を傾けながら、心の中で少しずつ覚悟を決めていた。


「一緒に行きたいって言ってるの?」


 そっと尋ねると、ユイは涙ぐんで答えた。


「うん……でも怖いの」


 母は優しく抱きしめる。


「大丈夫よ。あなたの事、いつだって応援してる」


 ユイの決意が固まったその日から、母と娘は未来への約束を交わした。


 それは、離れていても繋がっている絆の証だった。


○○○○○


 商隊のキャンプ場は、燃え盛る焚き火の光で賑わっていた。

ユイは緊張と期待が入り混じった表情で、母の前に立っていた。


「本当に一緒に行くの?」


 母は静かに尋ねた。


 ユイは大きく頷く。


「うん。ずっと憧れてたんだ」


 彼女が選んだのは、物資を運びながら各地を巡る商隊の一員になる道だった。

それは自由と冒険の象徴でもあった。


 母は笑って、涙をこらえながら頷いた。


「あなたの選んだ道を応援するよ」


 夜空に星が輝き、二人の決意を優しく包み込む。


 ユイは母の手をしっかり握り返した。


「ありがとう。お母さん」


 母はその手をしっかり握り返し、未来への不安を振り払いながらも、愛情を込めて見送る準備を始めていた。



○○○○○



 夜の静寂が家を包み込む中、妻はひとり仏壇の前に座っていた。


 揺れるろうそくの炎が、彼女の顔を柔らかく照らしている。


「あなたがいなくなってから、ずっと涙をこらえてきた」


 静かに語りかける声には、長い間抑えてきた感情が滲んでいた。


「ユイが旅立つ日が近づいているのに、どうしても涙が止まらない」


 涙は頬を伝い、彼女の手元に落ちた。

これまで母として強くあろうと努めてきた自分を、少しだけ許せる気がした。


 仏壇の中には夫の写真と、彼の遺品が静かに置かれていた。


 その存在が、彼女にとって唯一の慰めだった。


「どうか、あの子を見守っていてほしい」


 祈るようにそう願い、彼女は深く息をついた。


 その夜、妻は初めて母として、そしてひとりの女性としての弱さを受け入れた。


○○○○○


 朝の冷たい空気がまだ街を包んでいた。


 家の前には、荷物を積んだ馬車がゆっくりと待っている。


 ユイは緊張した面持ちで母の手を握った。


「行くね」


 母は笑顔で頷いた。けれどその目は潤んでいた。


「元気でね、ユイ」


 馬車の横では、商隊の男が優しく微笑みながら荷物の最終確認をしていた。


 その姿を見た母の胸に、かすかに痛みが走る。


 ──あの人が商隊の……?どこか、あの人に似ている。


 肩の張り方や、無口な優しさが滲む眼差し。


(ユイ、あなたも……あの人のような人を選んだのね……顔すら覚えていないのに……)


 母はそっと目を伏せ、そして微笑んだ。


「ユイをよろしくお願いします」


 男は、母の真剣な眼差しに対して、頷き返した。


 馬車がゆっくりと動き出す。


 母は大きく手を振った。


「どうか元気で、どうか帰ってきて」


 その声は遠くまで響いた。


 ユイは振り返り、涙を浮かべながら母に手を振った。


 旅立ちの朝は、静かでありながらも、二人の心に強く刻まれた。


○○○○○



 広がる空はどこまでも青く澄み渡り、風は優しく頬を撫でていた。

ユイは商隊の一員として、新しい土地へと向かっていた。


 馬車の揺れに身を任せながら、ふと母の言葉が蘇る。


「どうか元気で、どうか帰ってきて」


 胸に刻んだその願いが、彼女の背中を押していた。




 一方、家に残った母は窓辺に座り、遠くの空を見つめていた。


 娘の無事を祈りながら、過去と未来が交錯する思いを胸に抱く。


「あなたの夢を、私はずっと応援している」


 静かに呟き、彼女は新たな一歩を踏み出した。


 母と娘は遠く離れていても、同じ空の下で繋がっている。


 それぞれの道を歩みながら、未来へ向かって進んでいくのだった。


○○○○○


 季節は巡り、山々に新緑が輝く頃となった。


 ユイは商隊の仕事を通じて、数多くの土地や人々と出会い、逞しく成長していた。遠く離れた母との絆は変わらず、手紙や無線でのやりとりが彼女の心の支えになっている。


 一方、妻は静かな故郷で、夫の夢を受け継いだ家を大切に守りながら、新たな暮らしを築いていた。日々の小さな幸せに包まれ、娘の未来を思い描いていた。


 ある日、旅の途中でユイは、かつて父が夢見た故郷の話を耳にする。そこには父の意思を継ぐ人々がいて、彼らは共に新しい未来を創り始めていた。


 遠くの空の下、母と娘、そして夫の遺志は静かに重なり合い、幸せな日々がこれからも続いていく事を予感させた……。



 ーー完ーー


良かったら動画の方も観てもらえたら嬉しいです!


https://youtu.be/B0YLtxUX4oo?si=KaoWxyiRWGkxGr9R

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ