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箱の中身はなんだろな?-8

「あそこを見るすよ」


 紗奈が天井を指差して言った。

 彼女の指先は、店の中央辺りの天井に接着した白い立方体を示している。

 少しでも分かりやすく伝えようと、一生懸命背伸びしているのが、側から見ていて可愛らしい。


「あれがBOXの本体す」


 それは電球程度のサイズしかなく、注視しなければ存在を認識できないほど主張が少ない。


「あそこから魔力を飛ばして店全体を囲い、そこからの出入りを管理する、というのがBOXの主な機能すよ」

「つまり僕達は今、魔力で出来た箱の中に居ると」

「物分かりは良いようね」


 黒根を上から目線で評した加奈は、身近にあった商品の消しゴムを一つ手に取り、紗奈に向かってひょいと投げた。それは華麗に彼女の両手の間をすり抜けて、額に衝突する。

 嘘みたいな光景に、浅茅は紗奈がまた魔法を使用したのかと疑ってしまったが、消しゴムを拾い直す彼女の真っ赤な顔を見て考えを改めた。


 紗奈は咳払いを一つして、何事もなかったかのように話し始める。


「この消しゴムのように、魔力の持たない物がこの箱から出るとーー」


 そこまで口にして、彼女は店外に向かって消しゴムを放り投げた。ダイナミックなフォームとは裏腹に、消しゴムは山なりの軌道を描き、店のガラス扉をするりとすり抜けていく。


 先程の失態を取り返すような彼女の魔法に感心する間も無く、消しゴムが店外に出た瞬間、けたたましい警報音が店内中に鳴り響いた。

 張本人の彼女は、耳を塞いでしゃがみ込んでいる。

 

 加奈がポケットから取り出したリモコンのような装置を操作すると、音は停止した。

「はあ、ビックリしたす」

と、胸を抑えながら立ち上がる紗奈。


 静かになった店内で、黒根はボソリと口にする。


「これがBOX」

 

 慌てて未決済の商品の回収に向かう紗奈に代わって、加奈が解説を引き継ぐ。


「レジを通すときに、購入済みを示す特殊な魔力を微かに付与する仕組みになってるの。それでブザーは鳴らなくなるわ。万引き防止のタグなんかと同じ役割よ」


 黒根はさっきまで使っていたセルフレジの方を見て、加奈に訊ねる。


「元からの所持品である僕の鞄も、消しゴムと同様に魔力は無いですよね。そしたら退店時にまた警報がなってしまうのではないですか?」

「中に入る段階で服や所持品、それに魔力の無い一般人に対しても魔力が付与されるわ。だからブザーは鳴らない」

「なるほど」


 それだけを言って、途端に彼は黙り込む。

 何か考えているのか、聞こえないのに口だけがパクパクと小さく動いている。


 良い機会なので、浅茅は気になっていた件に話題を戻そうとする。

 これは元々万引き犯の話だったはずだ。


「今回の万引きで、警報は鳴らなかったんですか?」

「うん。この一ヶ月で一回も鳴ってない」


 加奈はそう断言する。

 だとすると犯人は、商品を持ち出すのに、わざわざ何らかの策を講じてBOXの検知から逃れたわけだ。そんな無駄な行為をせずとも、購買部の商品はレジに通しさえすれば、商品は手に入る。


 だから、妙な事件。


 浅茅は思いつきを口にしてみる。


「レジに並ぶのが面倒だったんですかね」


 この店は、食品が充実していることから、朝練終わりや、昼食時には多くの生徒が押し寄せる。セルフレジは計八台設置されているが、ある程度は並んで待たなければならない。


「あたしらもそう思ってさ」

「見張りを立てたんす!」


 店に戻ってきた紗奈が、会話に参入してきた。


「レジが混雑する時間帯、購買部のみんなで協力して客になりすまし、万引きしてそうな人が居ないか見張ったんす」


 浅茅も店が混んでる時間帯に、この店を訪れたことがあったが、監視の目は気がつかなかった。

 購買部はあくまで生徒間で運営している部活動だ。客も生徒が大半である以上、それになりすますのは容易であろう。

 木を隠すのは森の中というわけだ。あれだけ客で混雑していたら監視するのも大変そうだが、監視する側を見つけるのもまた難しい。


「昨日も部員総出で見張ってたんだけど、怪しい人はいなかった。防具みたいな大きな物がいきなり売り場から消えたら、その時点で絶対に気づく。間違いなく犯人は、レジが待てないせっかちじゃなくて愉快犯よ」


 そうなると、益々この事件は不可解だ。


「それじゃあ、犯人は何のために・・・・・・」

「どうせあたしらを困らせたくてやってるんでしょ。

 多いのよ、自分勝手に、あれがすぐ売り切れるからもっと入荷しろとか、品揃えのセンスが悪いとかクレーム付けてくる迷惑客。こちとら売り場の面積と店全体のバランスを考えて、その都度取引先と交渉して仕入れを調整してるってのに」


 そう語る加奈の口調には、明らかに苛立ちが込もっている。

 しかし、それを聞いても浅茅の中にある違和感は消えなかった。


 購買部に迷惑を掛けるのが目的なら、わざわざテニスラケットや剣道の防具のような目立つサイズの物を盗む必要が無い。そんなことをすれば見つかる危険性が増すだけで、それこそ最初のチョコレートでも目的は果たせるはずだ。

 現に購買部は見張り策を講じていたわけで、タイミングが悪ければ見つかっていてもおかしくはなかった。


 あえて大きな物を盗むという行為自体に、挑発の意味もあったのかもしれない。

 にしてもわざわざ購買部への意趣返しの為だけに、そんな要らないリスクを払うだろうか。

 いくら商品が無料とはいえ、万引き行為が明らかになれば、学校から何かしらの処罰は下されるはずだ。

 せっかく手にした蒼天生という有意な肩書きにこんなことで傷を付けるなんて、浅茅にはとてもじゃないが考えられない。


「今日みたいに休みも設けてるんすけど、みんな睡眠時間と昼休みを削られて限界が来てるすよ。犯人が飽きるまで放っておくしかないんすかね」


「飽きるまでっていつまでよ。このまま店の物、根こそぎ持っていかれるかもしんないのよ?そしたら取引先に何て言うの?」


「じゃあどうすんすか。まさかまた、24時間ずっと見張りを置くなんて言い出さないすよね。それは無理だってこの前会議で決まったの忘れたすか?」


「だからそれを可能にするために、勧誘頑張ってるんでしょ!それなのにあんたは全然新入生引っ張ってこないし!」


「あっしだって頑張ってるすよ!だけど、クラスのみんなもっと楽しい部活が良いって、見学にも来てくれないんすもん!」


「馬鹿正直に誘ってどうすんのよ!適当に嘘並べてでも、入部届書かしてしまえばこっちの勝ちなんだから」


「そんなやり方問題になるに決まってるす!それに、いくら部員が増えたって駄目なものは駄目すよ!これ以上は部員のみんなも限界す!お姉ちゃんだって疲れてるくせに!」


 気づけば、目の前で本格的な姉妹喧嘩が始まってしまっていた。

 先程の勧誘に、まさかそんな裏事情があったとは。二人には悪いが、断って良かったと、内心思う。


 にしても二人をこのまま放っておくわけにはいかない。

 何とかして仲裁しなければ、と様子を伺うが、みるみる加熱していく口論に浅茅の入る隙が無い。


「あんたはいっつも妹のくせに大人ぶって!」

「お姉ちゃんが子供過ぎるのよ!高三にもなってどんだけ周りのことが見えてないの!」


 いけない。とうとう紗奈の語尾が正常になってしまっている。


ーーここは私も魔法を使うしか・・・・・・。


 仕方ない、と浅茅が覚悟を決めようとしたそのとき、



「大丈夫だと思いますよ」


 あまりにもその場にそぐわない落ち着いたトーンの発言に、姉妹は虚を突かれたように停止した。


 顔を上げた黒根は、二人の熱を冷ますかのように静かに告げる。

 

「もうこの店で万引きが行われることはないと思います」

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