箱の中身はなんだろな?-7
「なんだ、君も聞いてたの」
「すみません。商品を全てレジに通し終わったのですが、そこからどうすれば良いのかわからなくて、タイミングを伺っていました」
レジの方を見ると、黒根の鞄がパンパンに膨らんでおり、入りきらなかった体操着の袖がチャックからはみ出している。
「盗みを働くのは、やはり貧困のような経済的な事情が理由になるケースが多いと思うのですが、皆さんが当たり前のようにそこをスルーしているので・・・・・・」
彼の意見は至って真っ当だ。
犯罪心理を一概に語るのは難しいが、それでも窃盗の犯行理由として真っ先に浮かぶのは『経済的理由』によるものであろう。
だがしかしその通例は、今回に関しては間違っていると断言できてしまう。
「そういえば説明してませんでしたね」
先ほどから黒根は右手にシンプルな見た目の財布を携えていた。レジに通した商品の清算をしようと準備しているのが見て取れる。
彼の疑問には、加奈が答えを出した。
「購買部の商品は全部タダなんだよ」
それを聞いた黒根は目を見開いて、店全体を見渡した。
「こ、これ全てですか?」
浅茅も最初は同じような反応だった。
蒼天内の購買部の商品が、全て無料であることは入学してから初めて知らされた。
生活必需品だけじゃない。お菓子もジュースもなんでもタダなんて、一介の高校生からしたらまるで夢みたいな世界である。
今でもお金を支払わず店を出る瞬間は、緊張感を覚えるくらいだ。
浅茅は自身の体重が増加する事を危惧し、購買部での買い物にはある程度の制限を設けている。そうでもしないと、この誘惑には立ち向かえない。
「蒼天はそこらの高校とは比べものにならないくらいの名門校でしょ。それにOGなんかのおかげでコネも多いから、協賛も集まりやすいのよ」
「高校生を対象としたモニター調査という名目で、多くの企業様から商品を提供して貰ってるんす。だから購入履歴はその対価となる大事なデータなので、レジに通さず持って行くなんてのは本当に勘弁して欲しいんすよ」
浮かない表情の紗奈はガックリ肩を落とした。
浅茅と同じ新入生だというのに、彼女には既に、重い心労がのしかかっているようだ。購買部員としてのそのプロ意識に、浅茅は脱帽せざるを得ない。
二人の説明を聞いていた黒根は、納得したように頷く。
「だから防犯カメラがなかったんですね」
さっきまでグロッキー状態だった彼を見ていただけに、意外にも注意深い彼の発言に、浅茅は驚かされる。
防犯カメラの有無なんて、いつの間に確認していたのだろう。というか、初めて入る店の防犯設備など浅茅は気に掛けたことがない。
黒根の発言に、浅茅ほど引っ掛からなかったのか、加奈は毅然と返答に応じる。
「ああ、ここはBOXを使ってるから」
「ボックス、ですか?」
彼にとっては今日何度目のクエスチョンマークだろうか。
会話の中に知らない言葉ばかり出てきて、黒根はさぞかし自分が異国に来た事を痛感しているはずだ。
場の空気を読んだ紗奈が話し始める。
どうやら細かな解説は、妹が担当のようだ。
「BOXは、天宮家が開発した魔具の一種す。って天宮のことは流石に知ってるすよね?」
「・・・・・・知ってます」
とうとう追い込まれた黒根は、誰が聞いても明らかな嘘を吐いた。これまで自分の無知が、会話の流れを散々遮ってきた事を自覚していたのだろう。
紗奈がチラリと姉に目をやる。見られた彼女は呆れ顔で首を横に振った。
浅茅は、加奈の決断を理解する。
「し、知ってたなら良かったっす。じゃあ話を進めるすね」
会話を進める紗奈は、まるで仲間を死地に置き去りにするかのような表情をしていた。彼女もまた嘘が下手なのが伝わってくる。
彼女の意思を受け継ぎ、四魔のことは後で浅茅から教えておこう。
「これから大変そうね」
と、加奈が黒根の学生生活を憂いて呟いた。