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箱の中身はなんだろな?-6

 黒根は教科書類や先ほどのコーラを含めた商品の会計を済ますため、早速、紗奈を頼ることにしたようだ。

 加奈はまだ仕事があるとのことで、一度店の裏にはけていった。


「まずここに学生証をかざすんす

 

 相変わらず奇妙な言い回しを使いつつ、紗奈はセルフレジの画面を指さした。

 つい先ほど黒根の素性を知らされたときの驚きは収まったようで、今はすっかり落ち着いている。

 しかし肝心の黒根が今度はおかしい。彼女の指示に対し「学生証?」と首を捻っている。

 その様子を後ろから見ていた浅茅がすかさず声を掛けた。


「黒根君、学生証は持ってるんですか?」

 

 浅茅自身が学生証を配布されたのは、入寮日、蒼天高校に着いた後だった。

 先ほど校内に辿り着き、最初に出会ったのが浅茅である以上、彼はまだ学生証を持っていないのではないだろうか。

 そう考えての発言だったのだが、


「あ!」

と、思い出したかのように呟き、黒根は慌てて鞄を漁り出した。そして中から何かを取り出すなり、それを画面にかざす。


 ピロンと音が鳴り、画面に黒根大和の名前と生徒IDが表示された。

 紗奈が「おおー」と、感嘆の声を上げながら手を叩く。


 浅茅の懸念は杞憂に終わったようだ。


「ちゃんと持ってたんですね」

「送られてきたとき鞄の中に入ってたのを、忘れていました」


ーー叔母さんのこと言えないじゃない!


 そう言ってやりたくなったが胸に留めておく。

 学生証が学生生活において大事なものなんて一目見れば分かりそうなものだけど。あれ一つにどれだけの個人情報が詰まっているのか、彼は全く理解していないのだろう。


ーーあ。


 浅茅は今、大きな事に気がついた。


「後は商品のバーコードを通すだけす。こんな感じで」

「おぉ」


 バーコードが読み取られた商品が画面に表示されると、今度は黒根が感嘆した。きっとセルフレジを使うのも初体験なのだろう。


 浅茅は心情を悟られぬよう、なるべく平静を装って彼に声を掛ける。


「黒根君、ちょっと学生証貸してくれない?」

「いいですよ」


 黒根は何の疑念も持たなかったようで、一度胸ポケットにしまった学生証を浅茅に手渡し、再び会計に戻った。


 蒼天の学生証は、運転免許証などと同様のカードタイプのものである。

 受け取った学生証には黒根の顔写真の他に、名前、生徒ID、生年月日などが記載されいる。

 その中で浅茅が目を付けたのは【所属】の欄。そこは本来、自分が所属する寮名が記されている箇所である。


 蒼天高校は全寮制の寄宿学校であり、生徒は全員入学時に東西南北の四つの寮に振り分けられる。

 その寮は宿舎としての役割は勿論のこと、通常の学校におけるクラスと同じ意味を持つ。同じ寮に振り分けられた者達は、三年間寮の中だけでなく、学校内でも共に行動し、同じ教室で授業を受けるのだ。

 

 浅茅にとって黒根は貴重な友人候補になり得る存在だ。だとすれば、同じ寮であるに越したことはない。

 今朝の出会いは、まさに浅茅に訪れた奇跡とも呼べる好機である。こんなチャンス簡単に逃すわけにはいかない。


 浅茅は祈るような気持ちで、黒根の所属を確かめるーーーー


 そこには【東寮】という文字が印字されていた。


 浅茅の脳内で大歓声が上がる。

 思わず声を上げたくなるような高揚感を、無理矢理小さなガッツポーズだけで押さえ込んだ。


 そんな興奮に水を差すようなタイミングで、背後から陰鬱な顔をした加奈が姿を現した。

 浅茅は慌てて腕を下ろす。


 振り返った紗奈が、姉の顔を見て察したかのように言った。


「まさか、今週もすか」

「今度は剣道の防具の在庫が合わない」


 そして二人は、同時に溜息をついた。

 浅茅はもう少し東寮の奇跡に浸っていたかったが、深刻な二人を見ると流石に無視は出来ない。


「何かあったんですか?」

「いやいや何てことはないんだけどね。ただの万引き」


 渋い表情の加奈に続けて、紗奈が説明に加わる。

 黒根の方は、一人でも軽快に商品をさばいているので大丈夫そうだ。


「万引きなんてあっても年に1、2回くらいだったんすけど、先月くらいから急激に件数が増えてきたんす」


 三月からこの店舗のみ、計5回の万引き被害に遭っているとのこと。


「最初はチョコ一個から始まってテニスボール、サッカーボールにテニスラケットときて、今度は防具すか・・・・・・、犯人さんはとんだスポーツマンすね」


 どうしてか、彼女は羨ましそうに口にする。

 浅茅は店内をざーっと見渡してみる。

 店の奥の方にあるスポーツ用品コーナーに、剣道で使われる面や胴などを着せられたマネキンがいるのが見えた。

 あれは展示品だろうから、他にちゃんとした状態で売っている場所があるのだろう。


 にしても、おかしな話だ。

 犯人が盗んでいく品々の種類もそうだが、もっと根本的な違和感がある。


 残念なことではあるが万引きという犯罪行為自体は、それほど珍しいものではないだろう。どこの小売店だって、万引きには頭を悩ませているはずだ。

 しかし犯行現場が蒼天高校の購買部となれば、話は変わる。


「それは、妙な事件ですね」

「事件?別にそんな大層なことではないけどね」


 加奈に言われて、浅茅は我に返る。

 無意識に顎に手まで当てていた。


「そ、そうですよね。あはは」

と、必死に平静を取り繕うが、全くもってぎこちない。


 まずい、また良くない癖が出ている。黒根を死体扱いした件から何も成長していない。

 今一度、気を引き締めなくては。


「でも、本当に奇妙は奇妙すの。一体全体どうして万引きなんか・・・・・・」

「どうせ、愉快犯か何かでしょうよ。本当愉快なのは向こうだけだけどね。こちとら余計な仕事増やされてムカつくばっかりよ。ただでさえ、購買部なんて人気無くて人手不足なんだから・・・・・・」


 少し間が空いて、加奈は浅茅の方を見た。


ーーなんだか、嫌な予感が。


「浅茅さん、部活はもう決めたの?」


 問いかけてきておいて、彼女は浅茅の返答も聞かず、無理やり肩を組んでくる。


「購買部においでよ。部員みんな良い子で楽しいよ。就職にも有利だし、良いことづくめ!」

「いや私、実はもう部活は決めてまして」


 そう言って断ろうとするが、加奈は聞く耳を持たない。


「紗奈も一年生の仲間欲しいよねー」

「いや、そんな無理矢理な勧誘は浅茅さんに悪い・・・・・・、ほ、欲しいす。真里ちゃん、一緒に素敵な購買ライフを送りましょうす!」


 一瞬のアイコンタクトで一体どんなやり取りが行われたのだろうか、紗奈の主張が捻じ曲げられてしまった。

 このままでは、ブラックホールの如く浅茅は購買部へと引き摺り込まれてしまう。


「あ、あの」


 すんでのところで救いの手を差し伸べてくれたのは、会計途中だったはずの黒根だった。


「なぜ皆さんは、万引き犯の動機として、経済的な理由を考慮しないのですか?」

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