箱の中身はなんだろな?-5
コーラの効果は絶大だった。
顔色こそまだ優れないが、気分の悪さはだいぶマシになったようで、
「すごいコーラすごすぎるコーラーー」
と、黒根はペットボトルを握りしめながら延々と呟いている。。
その様は別の意味で病的に映り少し心配になるが、まあ回復したのなら良かった。
作業を終えた水守が、二人の居る店内のイートインスペースに戻ってきた。
「どう、コーラ効いた?」
「はい、嘘みたいに」
すっかり彼女のことを信頼しきっているのか、快活に答える黒根。そんな彼に、水守は多くの荷物が積んであるショッピングカートを引き渡す。
「これ、教科書とかいるもの大体まとめといたから」
「すみません。何から何までありがとうございます」
立ち上がって頭を下げる黒根は、数分前までとは別人の姿だ。ここまで来ると、第一発見者としての役目は果たしたと言えるだろう。
浅茅は安心したと同時に、黒根と水守との間を取り持つ橋渡しの役割を失い、なんだか寂しい気分になる。
水守はそんな浅茅の小さな変化に気づくはずもなく、続けて黒根に言う。
「にしても、一週間も入学遅れるなんて珍しいね。ワープの不具合で山の中に飛ばされて数日遭難したとかは聞いたことあるけど」
中々に興味を惹かれる後半部分は一旦置いといて、そのことは浅茅もずっと気になっていたことだ。
普通に考えて、高校入学という一大イベントを何日もすっぽかすなんてのは、病欠以外だと現実味に欠ける話である。
黒根本人も日程について知らされていなかったとのことだったが、にしても学校側が新入生側に情報を与えてないはずはない。
だとするとーー
「僕の保護者が飛行機のチケットの手配を忘れてたんだと思います。かなり時間にはルーズな人なので、チケットを受け取ったのがつい昨日のことで」
まあ、そんなところに落ち着くだろう。
ーー保護者というのは、一緒に住んでいたという叔母さんのことかな。
黒根から実の両親についてまだ話題に上がったことはないが、そこに突っ込むなんて野暮な真似は当然しない。
そういえば、彼が飛行機に乗っていたというのも初耳だ。
確か彼の持っていたメモには、空港内にあるハンバーガーショップが記されていたな、と浅茅は記憶を辿る。
「飛行機って随分遠くに住んでたのね。どっから来たの?」
水守は単なる世間話のトーンで、そう訊いた。別にこの問いかけで何か重要な事を引き出そうとしたわけではない。
なので黒根も、彼女と同じように平然と答える。
「イギリスです」
水守と浅茅、二人の時間が停止する。
ーー今、何て言った?
きちんと聞き取ったはずなのに、衝撃のあまり情報処理が一瞬追い付かなかった。
固まった二人の中で、先に口を開いた浅茅が恐る恐る問う。
「黒根君、海外から来たの?」
「は・・・・・・はい」
態度が急変した二人を不審に思ったのか、彼は困惑しつつも頷いた。
浅茅と水守は目を合わせる。
水守の目が「こいつは何者だ?」と、言っているのが声に出さずとも伝わってきた。
推薦組だから只者ではないと思っていたが、まさか帰国子女だったとは。これは名家出身どころの話ではなくなってくる。
今の時代、魔法使いは各国の最重要資産とまで言われている。
その価値は戦闘機やミサイルなどといった軍事兵器とは比較にならない。どれだけ大金を掛けた軍事力も魔力の前では無力、とまでは言わないが遙かに劣る。
とある社会主義国では、一人の有力な魔法使いが他国へ亡命したことにより、国の経済が一気に傾き国家が転覆しかけたなんて話もあるほどだ。
故に魔法使いは保護という名目での拘束状態にあり、国境を越えることは、どの国でも厳しく制限されている。
それは浅茅らのような高校生だって例外ではない。
現に浅茅自身も、記憶のない頃に家族旅行でハワイに行って以来、海を超えたことは一度もない。
「こりゃとんでもない新入生が入ってきたね」
水守は無理して笑っているみたいな顔で、インカムに呼びかける。
「そろそろ作業終わったでしょ。ちょっとこっち来なよ」
衝撃の最中だが、浅茅はコーラの件でうやむやになっていた存在を思い出す。
「店内にもう一人いらっしゃったんですね」
「購買部の業務は基本ツーマンセルなの。裏で在庫整理してもらってたんだけどね。これから有名人になりそうだから、挨拶くらいさせとかないと」
言われた黒根は、気まずそうに微笑む。
程なくして、店の奥の方から女子生徒が早歩きでやってきた。急いでいる風には見えないから、あれが彼女の歩行の通常速度なのだろう。
「どうもいらっしゃいませすー!」
独特の語尾をした彼女は、声を張り上げながら八重歯を見せてにかりと笑った。
ショートカットで小柄な体躯の少年っぽい見た目から、初対面にして、早速愛想の良さが伝わってきた。
「妹の紗奈よ。君らと同級生で、あたしと同じ西寮。この子の魔法便利だから、姉の権限で春休みから手伝わせてんの」
「ども!ブラック企業でこき使われてるす!」
言っている台詞の割に、悲壮感が全く漂っていない。寧ろこちらからは、労働に喜びを覚えている用にすら見える。
「さっきのすり抜けは?」
「あっしの魔法すよ!あ、もしかして足の大きなコーラ好きさんすか?」
黒根の問いかけにも、紗奈は明るく応じる。
どうやらドリンクのショーケースからカートをすり抜けさせたのは彼女だったらしい。
彼女自身は普通に歩いてきた辺り、例えば生物以外の物体を遮蔽物から透り抜けさせる魔法だとしたら、それは確かに購買部では色々活用できそうだ。
ちなみに他人に魔法の詳細を訊ねる行為は、基本的に控えた方が良いとされている。魔法には家柄やアイデンティティのような、個人の素性が反映されていることが多い。気軽に踏み込むと、思わぬトラウマなどに触れてしまう可能性がある。
女性に年齢を訊ねるのと同じだ。関係なく訊く人もいるにはいるが、浅茅はしないと決めている。
黒根もそれ以上は何も訊こうとはしなかった。
「何か困ったことあれば遠慮無く頼っちゃって。見た目はちんちくりんだけど、期待には応えようと頑張るタイプだから」
「そんなことないす!これ以上仕事増やされても・・・・・・ふがふがふが」
素早く背後に回り込んだ加奈に口を塞がれた紗奈は、短い手足を振り回し少し暴れた後、静かになった。
姉、強し。