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箱の中身はなんだろな?-2

 彼の名前は黒根(くろね)大和(やまと)というらしい。


「宅急便みたいな名前ですね」


 ようやく落ち着きを取り戻した彼にそんな冗談を言ってみたが、どうやらピンときてないらしく、


「なんですかそれ?」

と、首を傾げている。


ーーあのトラックを知らない人なんているんだ。



 現在の二人は、蒼天の敷地内を歩いていた。

 

 歩を進めながら、さりげなく黒根を見る。

 大人っぽい顔だったので、他校からの転入生だと予想していたのだが、意外にも彼は浅茅と同じ新入生だそうだ。


 蒼天に転入生が来ることは少なくない、と聞く。

 例えば一般校に入学した後、魔法の才が開花したりするケースがある。そういった学生にも魔法教育の機会を与えるために、入学試験とは別に転入試験を設けている魔法学校は、蒼天の他にも多い。



 依然として、重たそうな足取りの彼に浅茅は声を掛けた。


「本当に保健室に行かなくて大丈夫ですか?」

「はい、なんとか。まさか転移魔法があんなに酔うなんて・・・・・・」


 平気な振りをしているようだが、まだ息が少し乱れている。



 校門の前で黒根の回復を待っていた際に、


「黒根さん、車とか酔いやすいですか?」

と、訊いてみたら、


「船とバスには乗らないことにしてます。汚してしまうので」

という、案の定な回答が返ってきた。



 浅茅の頭に、先週の記憶が蘇る。



 入寮日当日、合格通知と共に送られてきた入学要項に書かれていた集合場所に向かうと、そこには案内役の女子生徒が居た。

 ちなみに集合場所は、浅茅の住む県で一番の都市部にある巨大ショッピングモールの屋上。全国各地にそのような場所が設けられ、生徒の居住地ごとに振り分けられるらしい。


 到着するなり手渡されたのは、チケットのような紙切れ。

 それから彼女の指示を受け、浅茅は自らの受験番号と名前を詠唱し、その紙を千切った。

 すると、突如ジェットコースターに乗ったかのような疾走感と浮遊感が浅茅を襲った。


 そして気がついた時、浅茅が居たのは蒼天の体育館だった。



 浅茅は平気だったが、あのとき周りに居た生徒の何人かが顔を青くし、口元に手を当てていたのを覚えている。

 後に知ったが、具合を悪くした人は皆、三半規管がとびきり弱い人ばかりだったらしく、酔い止めを飲めばケロりと元気になったそうだ。


 というわけで浅茅達は、酔い止めを手に入れるために購買部へと向かっているところだ。


 浅茅は興奮気味に語る。


「蒼天の購買部は凄いんですよ!日用品や食料品だけじゃなくスポーツ用品なんかも置いてるくらい品揃え豊富なんです」

「・・・・・・校内にデパートでも建ってるんですか?」

「デパートというよりは、巨大なコンビニって感じですかね」


 適切なイメージを伝えようと試みるが、黒根のきょとんとした顔を見る限り、意識の共有は出来てなさそうだ。


 歩きながら彼は、キョロキョロと辺りを見回している。


 蒼天高校の広大な敷地内には様々な建物はもちろんのこと、複数のグラウンドや生徒が自由に使えるカフェテラス、珍しいとこだとプロレスのリングなんかもあるくらい設備が充実している。(自称)蒼天オタクの浅茅も未だ全容は把握しきれてないほどだ。黒根にとっては、さぞかし目新しい光景だろう。


 そんな彼を微笑ましく思いつつ、浅茅は先ほど借りたメモ用紙に目を落とす。

 そこには丁寧な字で、有名ハンバーガショップの店舗名と、商品名がずらりと書き連ねられている。


 入寮日から既に一週間も経過している事に関して、黒根本人は何も知らない様子だった。

 疑問に思い入学式も終わっていると教えてみたところ、彼は項垂れて「あの人、また忘れてたな・・・・・・」とかブツブツ何かを呟いていた。

 訊けば入学試験も受験していないようで、このメモの指示に従っていたら、自然と蒼天まで辿り着いたとのこと。


「本当にこれだけで蒼天生になれたっていうの・・・・・・」


 あの勉強漬けの日々を思い出し、苦悩のあまり無意識にそう(こぼ)していた浅茅に、黒根が気づく。


「僕、森の中で叔母と二人で暮らしていたもので、恥ずかしながら学校に通ったことがなかったんです。

 そしたら叔母が魔女になるなら高校には行っておくべきだと、伝手のある蒼天を紹介してもらいまして・・・・・・」

「羨ましい!」


 感情が先走り、後半部分しか浅茅の耳には入ってこなかった。


 蒼天への伝手なんて、よっぽどの大物しか持ち得ない代物だ。


ーー魔女って言ってる辺り、その叔母さんは、ご年配の方なのかな。


「魔女」という単語は、保母や看護婦と同様に、近年では廃れつつある呼称だ。

 頑なに魔女と言い続けている昔気質な人も中には居るが、今では「魔法使い」と言うのが一般的になってきている。


「僕も浅茅さんに教えてもらうまで、蒼天がそんな有名校だとは思いもせず。まさか、こんなに広くて立派なとこだとは・・・・・・」


 浅茅の反応のせいか、黒根は申し訳なさそうにする。


 正直な話、裏口入学のようかことは蒼天においては珍しいことではない。

 無論、公にはされていないが、暗黙の了解として浅茅のような一般生徒も皆分かっていながら黙認している状況だ。


 そりゃ勿論、浅茅のような入試組からすれば腹が立つには立つ。

 しかし、魔法というものの性質を考えると、これはどうしても受け入れなければならない。



 魔法使いには、誰でもなれるわけではない。

 近年増加傾向にはあるといえ、それでもまだ日本全体の人口の一割ほどの人間にしか扱えないとされている。

 その中でも、魔法使いは、二種類に分類出来る。


 その一つが遺伝型。

 そう、魔法は親から子へ遺伝するのだ。


 炎を生み出す魔法使いを親に持つ子は、同じく炎系統に強い魔法を扱えるようになるといった具合に、多くの場合、魔法自体だけでなくその性質も受け継がれていく。


 それだけでなく、炎魔法を使う父と水魔法を使う母との子は、その両方の魔法を持って生まれてくる可能性が高い。


 その反対として、希に親族に魔法使いがいないにも関わらず、魔法の才に目覚める者は、覚醒型とされている。

 実は浅茅がこちらに当てはまるのだが、この覚醒型は魔法使い全体の1%ほどしかいない。


 ほとんどの魔法使いが、魔法使いを親に持って生まれてくるのが現状だ。

 この魔法の性質が、優生思想の強い引き金となってしまう。


 競走馬の世界と同じだ。

 レースで結果を残した馬同士を交配させて、新たに優秀な競走馬を誕生させる。競馬のレースを予想する際に馬の血統を見るのは、至極当たり前のことである。


 それと同じようなことが、この魔法界でも行われている。

 優秀な魔法使い同士の結婚には、様々な政略が絡む。


 そうして出来上がった華麗なる魔法一族の優秀な血を引く子供達を推薦入学という形で蒼天はまとめて引き受ける。

 一族は対価として金銭を支払ったり、優秀な人材を教員として派遣する。

 蒼天が名門校として名を馳せているのにはそういった背景もある。


ーーまあ、あくまで噂程度の話だけど。



 黒根の家がそのような名家なのか、浅茅には知る由もない。

 気にはなるが、あまり他人のプライベートにずけずけと踏み入るような質問をするのもマナー違反だろう。


 そもそも過程がどうであれ、家庭がどうであれ、結果として今は皆、蒼天生として同じスタートラインに立っている。そこに、推薦組も入試組も関係ないはずだ。

 浅茅は魔法を扱えない家族のことを愛しているし、そのことをマイナスになんて思ったことは過去一度もない。


ーー今は全員横一線。過去のことなんてどうでもいい!


「浅茅さん!」

「は、はい、呼びました?」


 自分の世界に入り込んでいて、黒根に呼ばれているのに気がつかなかった。

 慌てて平静を装う浅茅に反して、面食らった顔の黒根は言う。


「唇から血が出てます!」

「へ?」


 血を流すほど下唇を噛むくらいに、浅茅は無意識に推薦組ことを羨んでいた。

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