箱の中身はなんだろな?-1
浅茅真理は、今朝も五時十五分に東寮を出た。
入学式から四日、入寮日から数えると一週間が経過して、それなりに日常のルーティンも固まりつつある。
クラスの学級委員に立候補した浅茅は、毎朝この時間に登校し教室内の清掃に務めることを自らに課していた。
浅茅の在籍する東寮と学校とを繋ぐ桜並木は、まだ薄暗い灰色に覆われている。花びらも随分散ってしまい、入学式の時のような華やかさは数日にして消え失せてしまった。
だがそんな情景とは裏腹に、浅茅自身は未だ高揚感に満ちていた。
ーー夢にまで見たこの景色、何回見ても飽きない!
並木道の先で彼女を迎えるのは、私立蒼天学園。
ここ日本において名を知らない人はいない魔法教育機関における超名門校だ。
魔法の存在が特異ではなくなり一般社会に常在するようになり、これまで多数の魔法学校が設立されてきたなか、常にトップランナーとして優秀な魔法使いを多数輩出し続けてきた。
様々な業界で華々しく活躍する蒼天卒業生の姿に自らを重ね、全国の若き魔法使いは皆、蒼天への進学を目指す。
無論、浅茅もその一人だった。
ポストに届いた合格通知を見たときは、喜びのあまり泣き叫びながら近所を走り回ってしまったほどだ。今思えば通報されなかったのは合格した以上に幸運かもしれない。
あれからしばらく経ったが、まだ夢心地から抜け出せていないというのは、さすがに浮かれすぎている。
皆の模範となるべき学級委員としても、気を引き締めなければ。
浅茅は誰も居ない通学路でぺちんと両頬を叩いた。
ようやく現実に目を向ける気になった彼女は、校門の前にある黒い影に気がつく。
どうせ猫か何かだろう、とさほど気にも留めずに歩み寄る。
朝靄ではっきりとしなかったその影が徐々に実態を帯び、そして遅れて理解した。
「え・・・・・・」
思わず漏れ出た浅茅の声は、空気に溶け込まず浮遊する。
「死んでる」
桜並木の先には、男子生徒の死体が転がっていた。
ーーって、違う違う!
突然の出来事に、ついうっかり倒れているだけの人を死体に認定してしまった。
浅茅のよくない癖が出ている。
こうしている場合ではない、怪我や病気の可能性もある。
「すみません、生きてますか!」
浅茅は少しの罪悪感を抱えながら、仰向けの相手の元に駆け寄り、上から覗き込んだ。
「生きては、います・・・・・・」
「ひえっ」
一度死体に認定してしまっただけに、目が合っただけで驚いてしまった。
いや、正確には目を合ったとは言えない。
浅茅からは確かに相手の瞳を捉えているが、どうやら向こうはこちらを認識できていないようだ。黒目がクルクルと暴れ回っていて焦点が定まっていない。
ここでようやく、浅茅は倒れている人の全体像を確認した。
やや大人びた雰囲気はあるが、身につけている制服や傍らの学生鞄を見れば、彼が蒼天の生徒だとわかる。
そして校門の前で目を回し倒れている姿。
彼女はこの光景に見覚えがあった。それも、つい最近。
「もしかして、転移魔法使いました?」