箱の中身はなんだろな?-終
現在の日本という国において、魔法犯罪の発生率は通常の犯罪と比べて特段と高いわけでもない。
いわゆる犯罪の手口と違って、何でもありな魔法を使った犯罪が積極的に横行しないのは、それだけ魔法による取り締まりが機能しているからといえる。BOXもその内の一つだ。
魔法によって魔法を制す。
だが、それでも魔法犯罪はなくならない。
その原因を一口に語るのは無理な話だろう。
突発的な衝動によるものかもしれない。何かを失くした悲しみによる復讐心かもしれない。生まれ持った環境のせいかもしれない。
もし親から受け継いだ魔法が、犯罪行為に適していた場合、自分の理性は抗えるだろうか。
もし自分の魔法が突如、心の奥底に眠る悪意に寄り添う魔法に進化した場合、自分の良心はそれでも悪意を押し込めるだろうか。
今この場で、浅茅には答えを出せなかった。
「魔法は完成してるって、犯人は昨日来たばっかりすよ。そんな急に・・・・・・」」
「急でもないでしょ、万引きは一ヶ月前から始まってるんだから。筋が良い人なら新魔法を習得していてもおかしくない」
不安そうな紗奈を、冷静に対処する加奈。
しかし口調は取り繕えても、表情は険しい。
もしも黒根の言う通りに事が進んでいたとして、万引き犯を放置し魔法を完成させてしまった事に対し、加奈が責任を感じているのかもしれない。
彼女達、購買部員が今回の件において職務怠慢だったなんてことはないはずだ。まだ学生ながら店舗の運営と並行して、きちんと犯人の捕獲に動いていたのはれきとした事実である。
ただ万引きという有り触れた軽犯罪の裏に潜む、別の悪意の可能性に気付けなかっただけ。そこに彼女達の過失はない。
浅茅は訊ねる。
唯一その事に気がつけた彼に。
「黒根君には、犯人がどんな魔法を使っていたのかもう分かっているの?」
黒根は何か言葉を選ぶように、少しの間沈黙した。その間、何度か加奈の方を伺っている。
黒根も察してしまっているのだろう、彼女が自分自身に重責を押し付けようとしている事に。
それでも彼は、答えを出す事に決めたようだ。
真実こそが、彼女を救う事になればと、浅茅は密かに願う。
「『犯人はなぜ複数回にわたって犯行に及んだのか』これは先程僕が挙げた三つ目の疑問点です」
「それは、だから魔法の練習をしてたんすよね?」
「はい。ですが、重要なのはその内容にあります」
そして黒根は突如、歩き出した。
「え?」と、思わず声に出るがすぐに理解する。
彼は棚を移動し、小さなチョコレートを一粒手に取る。
すると、加奈が「こっちよ」と、そばにあった別種類のビターチョコレートを彼に渡した。
「ありがとうございます」
と、頭を下げ、そのまま加奈を連れて店内を歩き回る。
黒根は右手にラケット、左手にはサッカーボール、身体に剣道の防具、というかなりゴチャついた装備で戻ってきた。
「犯人は複数回の窃盗を行いましたが、それはどれも異なる商品でした」
その表情は、剣道の面に覆い隠されていて分からない。その姿がシュールで浅茅は笑いそうになってしまう。
「確かチョコレート、テニスボール、サッカーボール、テニスラケット、剣道の防具の順番でしたよね」
口角が上がるのを抑えながら、浅茅は答える。
特別記憶力が良いわけではないが、目の前にこれだけ物が揃えられていれば難しいことではなかった。
「これらの商品は無作為に選ばれた訳ではなかったはずです」
「スポーツ用品ばっかなのはわかるすけど。チョコはーー」
懸命に頭を捻る妹に構う事なく、加奈は言った。
「サイズね」
実際に見てみればよりわかりやすい。
明らかに犯人が盗んだ商品は、段々とそのサイズを大きくしていた。
最終的に盗んだ防具は、面や胴、小手も合わせたフル装備である。
ーー面は加奈さんが着けてあげたのかな?
「犯人は盗み出す商品の大きさを徐々に大きくしていき、最終的にはほぼ人型である剣道の防具を持ち出しました」
「こう見ると、よくこんだけ盗んだなって思うよね。こんな奴、目立って仕方ないでしょう」
今の黒根の状態は誇大広告がすぎる気もするが、加奈の言葉は尤もだ。
「剣道部でもない人が防具なんて買おうとしてたら、嫌でも目に止まりますよね。
コソコソ魔法の練習なんてやっていたらやっぱり人目につくのは避けたくなりそうですけど」
「そこはやはり、犯人は店内に人が居ない時間を狙ったのでしょう」
黒根は面の向こうで言う。
購買部は24時間無人で営業している。人が居ない時間など、少し調べればすぐに分かるだろう。
「それでも校内を歩いていればバレるでしょう?深夜って言ったって、そこそこ人は居るしね。変わり者は夜型が多いから」
加奈の妙なあるある付きの提言にも、黒根はきちんと答えを用意する。
「そこは問題ありません。犯人はBOXを潜り抜ける為に、箱を使って商品を持ち出していたので」
黒根は不意に、重大な発言を口にする。
「いや、箱はさっき無理って自分で言ってたじゃないすか!魔力が中まで貫通するんすよね」
慌てて否定する紗奈に、黒根は続けて答える。
「普通の箱ではなく、魔力を使って箱を作り、その中に商品を隠し入れたのです」
それは、盲点だった。
そのやり方なら、確かにBOXは突破出来る。
防御魔法で考えると分かりやすい。
魔力でシールドを張れば、魔力での攻撃を受け止め、大事な身体を守ることが出来る。
BOXの魔力を攻撃だと捉えれば、それを魔力で防ぐことは可能になる。
「魔力の具現化と操作には、それぞれそこに特化した技術が必要になります。
さらにはBOXの魔力が入り込む隙間もないほど、高純度の魔力で覆った容器を作成するのは簡単ではなかったはずです。
それこそ初めはチョコレート一つ程度の大きさの物しか作れないほどに」
彼は手を広げ、その上に乗せたチョコレートを見せる。
「恐らくその魔法が発現した時点で、犯人には元から適正があったのでしょう。
見る見るうちに練度を高め、能力は次第に成長していき、約1ヶ月で魔力の箱は拡充していったーー人型までに」
黒根が纏う防具と、掌の上のチョコレート。
その対比を見れば、犯人の目覚ましい成長が視認出来る。流石、蒼天生だ。
「つまり、犯人は防具が欲しかったわけじゃなくて、防具が入るサイズまで魔力の箱を大きくすることが目的だったってことよね」
「そういうことになります」
だが、浅茅には気になる点があった。
「でも、それ購買部でやる必要ありますか?」
『購買部』という単語に加奈が過剰に反応しかけたのを、浅茅は見て見ぬ振りをする。
「もし魔力の箱に綻びがあったらBOXに引っかかって騒動になりますよね?それなら他にもっと安全な方法があったんじゃないですか?」
ただ単に魔力の箱を大きくするという行為に、購買部の反感を買いマークされるようなリスクを払う必要はない。
別に人型サイズの物が必要ならば、売り物に手を出さなくたって、例えば生物室に行けば人体模型だってある。
「逆ですよ」
黒根は言う。
「犯人はBOXがあるからこそ、練習場所に購買部を選びました」
「どういうことですか?」
「犯人はBOXを防犯設備ではなく、魔法が成功しているか失敗しているかを判定する審判のような役割として利用したのです。多少のリスクを払ってでも、成果を得る為に」
犯人は、自らの魔法の出来を、BOXの検知を利用し判断させた。
その回答を聞いても、浅茅は納得出来ない。
「そんなの他の誰かに頼めばーー」
浅茅の否定を、黒根はさらに否定する。
「犯人がこの魔法を他人には明かせなかったことは、今回の事件が起きている時点で想像できます。僕は犯人ではないので理由は特定出来かねますが、能力を秘匿するメリットは魔法使いにとっては多いですから」
今度は紗奈が口を開く。
「じゃあ自分でやれば良いすよ。それなら誰にもバレないすし、危険を犯すリスクもないす。箱に穴が空いてるかどうかなんて、自分で見りゃ分かるすよ」
「もちろん犯人もそれを一番に望んだでしょう。でも、犯人はそうしなかった。いや、できなかった。犯人にはら自分の魔法の出来を判断する術がなかったのです。
なぜならその魔法は目に見えなかったから」
「目に見えない魔法の箱」
浅茅は透明なクリアケースを想像しかけて首を振る。そうではない、透明ではなく目に見えないのだ。イメージだとまさにBOXがそうだが。
「箱は物を収納する道具ですが、その他に中身を隠すという用途もあります」
そう、BOXは中に物をしまうわけではない。
目に見えない箱、その中に物を入れるーー
ーーあれ?
浅茅の想像が、とんでもない所に辿り着いてしまう。
「では、その箱自体が目に見えないとしたら、それはーー」
中身ごと、消失したと錯覚する。
「犯人は昨日人型サイズである剣道の防具を、BOXに反応させることなく盗み出しました。
それはつまり、人体をまるごと覆い隠せる程、魔力の箱を拡充させたということになります」
浅茅は黒根にかなり遅れて、その魔法を特定することに成功した。
それは誰しもが一度は憧れたことのある、夢の力。
人間が抱え込む欲望を剥き出しにしてしまう悪魔の魔法。
「透明人間。これが僕の答えです」