箱の中身はなんだろな?-10
「次の行程と言いますと、『犯人はなぜ無料にもかかわらず窃盗を働いたか』でしたっけ?」
「つまり動機、すね」
この点が、今回の事件における最も不可解な部分であるといえる。
無料で手に入る商品を、わざわざリスクを犯してまで盗んだ動機。
そんなものを黒根はこの場で解き明かせるというのだろうか。
「窃盗の理由として一般的に考えられるのは、やはり僕が初めに挙げた経済面における利益獲得だと思います」
「だからそれはーー」
「これに関しては、蒼天高校の購買部では商品が無料提供されている為、今回の件には当てはまりません」
言葉を途中で遮られた加奈は、不快そうに眉を顰める。そんな彼女を慮る素振りなど、今の黒根には一切無い。
「そして浅茅さんが挙げた『精算の手間を省略した』という観点も、購買部員の方々の尽力によりなくなりました」
ーーあの会話も聞いていたのか。
「というと、一応見張りに成果はあったってことすか?」
「もちろんです。皆さんの頑張りがなければ、この事件は気短な生徒の犯行と僕も考えていたと思います」
「良かったす!みんなも喜ぶすよ、ね、お姉ちゃん」
「まだ何にも解決してないでしょ」
両手を挙げて嬉しがる紗奈を、加奈は冷静に制す。
確かに彼女の言う通り、これまで黒根はとうとうと説明してきたが、いかんせん回りくどく真相は何も明らかになっていない。
「じゃあ、本当の犯人の動機はなんですか?」
我慢できず、浅茅は急かすように質問した。これでは気短な生徒とは自分のことではないかと、心の中で自責の念に駆られてしまう。
しかし、それでも黒根は回答を急ごうとしなかった。
「その答えを出す為には、少し発想の転換が必要になります」
「じれったいな。このまま始業時間まで引っ張ろうって訳じゃないよね?」
加奈の言葉を聞き、浅茅は店内の壁掛け時計を見る。
もう二十分もしたら朝練の時間が終了し、店内では食料の争奪戦が始まってしまう。そうなると万引き犯の考察どころではない。
浅茅がそのことを黒根に告げると、
「安心してください。もう結論には近づいているので」
と、軽くあしらわれた。
本人がそう言っているのなら、仕方ない。浅茅が余計な茶々を入れることで、時間を引き延ばすことになれば本末転倒だ。
浅茅は改めて、黒根の言葉に耳を傾ける。
「発想の転換、つまりここで前提条件を一度覆してみます」
制限時間を気にすることなく、黒根はじっくり間をためて告げる。
「万引き犯は、|万引きをしていなかった《、、、、、、、、、、、》、としたらどうでしょうか」
その驚くべき発言に、浅茅の頭は混乱しかけた。
万引きをしていない万引き犯、こんな日本語が成立するわけがない。
浅茅と同じく疑問を抱えた加奈が言う。
「でも現に物は盗まれているでしょ」
すると黒根は、自らの発言をもう少し噛み砕いた。
「僕が言っているのは、窃盗自体が、犯人の本来の目的ではなかったというケースです」
「・・・・・・なるほど、そういうことね」
理解した素振りを見せる加奈とは対照的に、
「え・・・・・・ど、どういうことすか」
と、未だ困惑している紗奈のことを、黒根は見捨てようとしなかった。
口に出してないだけで、心の中では紗奈と同じ疑問を抱いている浅茅にとってもありがたい展開だ。
「そうですね、ある日空き巣が家主の留守中を狙い部屋に忍び込んだとします。
空き巣は部屋を物色し、金目の物を探していました。するとそこに家主が帰宅してきてしまいます。
家主に通報されることを恐れた空き巣は、あろうことか近くにあった花瓶で家主を殺害してしまいました」
「うぅ、酷いす」
悲惨な状況を想像して、目を覆う紗奈。
「この場合、結果として起こったのは殺人ですが、本来の空き巣の目的は窃盗になりますよね」
「・・・・・・・・・・・・あ、そういうことすか」
ぽんと手を打つ紗奈よりも数秒早く、浅茅も黒根の言い分を理解した。
「つまり、今回の万引き犯も結果として万引きを行っただけで、本来は別の目的があったって事すか?」
「そうでもないと、リスクを犯してまでこんな犯行に及ぶ理由に説明が付きません」
犯人にとって、万引き自体はおまけでしかなかったというわけだ。
ーーじゃあ、真の目的っていったい・・・・・・、
「そこで先程の考察です」
彼の言葉を聞き、浅茅は思い出す。
『犯人はどのようにしてBOXの中から未決済の商品を持ち帰ったのか』
この疑問に対し、黒根は『何らかの魔法を使った』という考えを提示した。
「犯人は魔法を使用して、この店から未決済の商品を盗み出しました。そして、犯人にとってその窃盗自体に意味は無かった」
それは、まさに前提条件を覆す答え。
浅茅達の想定が、反転する。
「犯人は窃盗が目的で魔法を使用したのではなく、魔法の使用こそが本来の目的だった」
魔法を使って物を盗んだのではなく、その過程。魔法の使用、という行為こそが犯人の真の目的だった。
そんなこと、浅茅は考えもしなかった。
「ここ蒼天高校は、魔法を学ぶには素晴らしい環境だと聞いています。ですよね、浅茅さん」
突然、話を振られ、浅茅は慌てて返す。
「もちろん蒼天は日本一の魔法学校です!」
蒼天の素晴らしさについて黒根には、ここまでの道中で浴びせるように説明した。
今思えばあのときの浅茅の熱量が、彼の体調不良に若干拍車を掛けた可能性がある。
「魔法を学ぶ過程で、自分の魔法に思わぬ伸び代があることに気がついた生徒がいたのかもしれません。
もしくは新たなる能力が出現した可能性もあります」
「魔法の進化促進はこの学校の十八番よ。使い物にならない能力が、とてつもない大魔法に生まれ変わった例は幾らでもある」
いつの間にか、加奈の表情や口振りから怒気がなくなっていた。
「自らの魔法を他人に開示するにはそれなりのリスクが必要です。その能力が有用であればあるほど、秘匿するメリットは大きくなります」
現にこの場には四人の魔法使いがいるにもかかわらず、開示されているのは紗奈の魔法だけだ。しかもその魔法だって、全容は明らかになっていない。
ここまできてようやく黒根は、一つの答えを出す。
「周囲にバレないよう犯人は、この店を利用して魔法の訓練のような行為に及んでいた。
これが犯行の動機だと思われます」
頭の中で靄が晴れたような感覚がある。
あれだけ不思議で仕方なかった事件の一部が解き明かされただけで、景色が随分と違って見えた。
魔法は日々変化、もとい進化する。
火を出す魔法が、火を操る魔法に。物を宙に浮かす魔法が、飛行魔法に。それらは一朝一夕で身につく物ではない。
スポーツや学業と同じだ。必要な能力を得るにはそれに応じた努力を要する。
マラソン選手が標高の高い地域で高地トレーニングするように、受験を控えた学生が高い金を払って有名予備校に通うように、たまたま今回の犯人にとって、この購買部の環境が魔法の訓練に適していた。
周りに隠れて、窃盗を行ってまで、極めたかった力。
その魔法がとてつもない可能性を秘めていることは、浅茅にも推測できた。
ーー悪用されなければ良いけど・・・・・・あれ、そういえば。
そのときの浅茅は、重大なことに気がついたわけではない。ただふと思ったことを口にした。
「でも黒根君、さっき犯人はもう来ないと言ってましたよね」
口にした瞬間、突如湧き上がってくる強烈な違和感。
その浅茅の発言を訊き、加奈の顔が青冷めた。
数秒遅れて、浅茅も気づく。
「まさか・・・・・・」
「恐らく犯人の魔法は、既に完成しています」