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解決

読んでくださりありがとうございます!

まだまだ、グールができる能力を書いていないと思うので、楽しみにしておいて下さい

ちなみに、ちょっとしたネタバレですが、本の中で作者だけが使える能力は未完成な状態の能力で、本来、現実世界にも干渉できる力を持ちます。

その前には本の受肉という概念が必要ですかが...

まだ少し先なのでお楽しみに!


 重苦しく淀んだ赤黒い靄の中を抜けると、そこには、驚くほど“いつも通り”の高校が広がっていた。放課後の夕暮れ、廊下の窓から差すオレンジ色の光、ざわめく声、行き交う生徒たち。

 だが一条白夜いちじょう びゃくやはすぐに気づく。ここは現実ではなく、ヒロトが“もしも”を描き続けてきた“世界”だということに――。



---



 校舎をぐるりと歩いていると、二階の教室の窓辺で碓氷(うすい)ヒロトが友人たちと談笑している姿が見えた。まるで何事もない日常だ。その様子を盗み見るように眺めていると、ヒロトが友人に向かって言う。



 「早く帰らないと、母さんが作るハンバーグが冷めちまうよ」



 その言葉を聞いた瞬間、白夜の胸は痛んだ。



 (やっぱり……“もしも母さんが生きていたら”の世界を具現化しているんだな)



 ヒロトはどこからどう見ても幸せそうだ。母の死を知らないまま、ただ平和な世界の中で高校生活を送っている。まるであの日の悲劇なんて起こらなかったかのように――。

 白夜は奥歯を噛みしめながら、教室へ足を踏み入れた。



 「ヒロト……」



 「おや、白夜。どうしたんだ?」



 ヒロトは屈託のない笑顔を向けてくる。口調もいつもどおりで、友人としての親しみを隠そうともしない。だけど、白夜には分かる。これが本当のヒロトの姿じゃないってことが。



---



 放課後になり、生徒たちは帰り支度を始める。ヒロトも教科書を鞄に詰め込みながら言う。



 「さーて、今日は母さんのハンバーグが楽しみなんだ。白夜、お前も食いに来るか?」



 あまりにも自然な誘い。けれど白夜の胸は苦しくなるだけだった。



 「……悪い。行けないよ。お前も分かってるはずだろ? ここは……現実じゃない」



 「は? 何言ってるんだ。くだらない冗談はよせよ」



 ヒロトの笑顔がピタリと止まり、どこか曇った色が射し込む。その瞳はほんの一瞬、不安げに揺れたが、すぐに強い拒絶の色を宿した。



 「なんだよ、その言い方。母さんはちゃんと家にいるし、事故なんか起きてない。お前こそ、ふざけるなよ。僕の母さんを否定する気か?」



 言葉の端々に滲む苛立ち。いつもの穏やかなヒロトとは違う空気が立ちこめる。


 白夜は意を決して言葉をぶつける。



 「いい加減、目を覚ませよ。お前は……本当は知ってるんだろ? お前の母さんは帰ってこない。あの日、事故に遭って……」



 ヒロトの表情が凍りつく。瞬間、目に見えて世界の色合いがわずかに変化し、足元に影が滲む。 



 「……黙れ……!」



 低く押し殺した声に宿る怒りと悲しみ。そのままヒロトは白夜に向き合い、吐き捨てるように言う。



 「俺の平和を脅かす奴は、誰だろうと許せない。たとえ……お前でもだ!」



 ゴウン、と校舎の窓ガラスが震えるほどの衝撃音が響く。さっきまで穏やかだった“もしもの世界”が、一瞬にして不穏な靄に包まれ始めた。

 


「……あの時、もし……買い物に行かせなかったら、母さんは事故になんて遭わなかったのに……!」



 ヒロトが呟くように言葉を紡ぐ。すると、彼の周囲に禍々しい力が集まっていくのが分かる。まるで言葉そのものが“現実”を創り替えてしまうような――。



 (“もし、◯◯だったら、私は◯◯だったのに”。これが奴の呪文……?)



 ビリビリと空気を裂く音がして、白夜の足元の床がぐにゃりと歪む。まるで重力が逆転したかのように、白夜の身体がふわりと浮かび上がった。



 「なっ……!?」



 驚く白夜を尻目に、ヒロトは淡々と言葉を紡ぐ。



 「もし、“世界の重力が逆転していたら”、お前は空中に投げ出されるのに……!」



 その瞬間、白夜の身体が廊下の天井へと勢いよくぶつかりそうになる。とっさに腕で頭を庇い、なんとか衝撃を和らげたものの、このままでは身動きが取れない。



 「ぐっ……これが、ヒロトの“もし”の力……?」



 ヒロトは続けて更なる呪文を呟く。



 「もし、“車がここを通り過ぎる道だったら”、俺は車で体当たりできたのに……!」



 途端、廊下の先からあり得ないはずの自動車が猛スピードで突っ込んできた。校舎内のはずなのに、一瞬で都市の道路と化してしまったかのようだ。



 「やばいっ……!」



 白夜はどうにか重力の異常を振りほどき、床に降り立つ。が、眼前には猛スピードで迫る車。反射的に横へ跳ね飛び、廊下の壁に衝突する形で回避した。背中に強い衝撃が走る。



 「くそっ……まともに相手できないぞ、この力。どうやって止める……?」



 激しい痛みに耐えながら、白夜はヒロトに呼びかける。



 「頼む、聞いてくれ! これ以上、偽りの世界で生きても何も変わらないんだ。お前自身が一番分かってるはずだろ? 母さんは……」



 ヒロトの目が一瞬揺れる。だが、その揺らぎはすぐに打ち消されるように、再び激しい怒りに変わった。



 「うるさいっ! 俺の幸せを邪魔するな。もし……もし、今すぐお前がいなかったら……!」



 迫る呪いの“もし”の力。白夜はとっさに身をひねって後退するが、物理的に逃げ回るだけではラチがあかない。



 (くそ……対話しようとしても、すぐ“もし”を唱えられたらひとたまりもない。この能力、発動のときに長い典型文を言う必要があるはずだ――そこが弱点かも)



 ヒロトの“もし”の呪文は、ある程度の文章量を必要としている。逆に言えば、その間を突けば隙ができる。白夜はひとつ大きく息を吸い、決意を固める。



 「……もう謝らない。強引に止めてやる!」



 白夜は再び床を蹴り、ヒロトとの距離を詰める。案の定、ヒロトも続けて呪文を唱えようと口を開く。



 「もし――」 



 その刹那を逃さず、白夜は全力で拳を突き出した。言葉の途中でヒロトは動揺し、防御体勢に入る間もなく顔面に軽くヒット。それほど強い一撃ではないが、呪文を遮るには十分だった。



 「がっ……!」



 ヒロトは思わず仰向けに倒れ込む。視線が宙を泳ぎ、ついさっきまでの殺気が(かす)んで見えた。

 白夜は急いで胸ぐらを掴み、言葉を吐き出す。



 「目を覚ませ! お前の願いは……悲しみから逃げているだけだ。母さんを失った現実を受け止めろ。そうしなきゃ、お前はいつまでたっても後悔に囚われて――何も先に進めないんだよ!」



 泣きそうな声を上げながら、白夜は必死に訴える。なぜなら自分自身も、“もう一人の自分”から逃げてばかりで苦しんだ経験があるから。ヒロトの痛みは他人ごととは思えないのだ。



---




 白夜の言葉を浴びながら、ヒロトは腕を下ろして脱力したように息をつく。先ほどまでの狂気じみた怒りが、波が引くように薄れていく。



 「……俺は、母さんを……救いたかった……。でも……本当は、もう……いないんだよな……?」



 弱々しい声で呟くヒロトの瞳には涙が浮かんでいる。現実と“もし”の間で揺れ動き、追い詰められた心が、ようやく限界を迎えたのだろう。



 「そうだ。でも、お前は一人じゃない。お前の父さんだっているし、俺たち仲間がいる。現実は残酷かもしれないが、受け止めるしかない……だろ?」



 その言葉に、ヒロトは唇を噛む。やがて、こぼれ落ちた涙が床に落ちると同時に、周囲を覆っていた赤黒い靄がゆっくりと霧散していく。校舎の窓から差し込む夕陽が、現実にはありえないほど眩しく映えた。



---



 やがて世界が大きく揺らめく。先ほどまで血のように赤かった空が、一気に白昼の光に飲みこまれるように消えていく。



 (これで……ヒロトの“もし”の呪いは解けたのか?)



 白夜は無意識のうちにヒロトの身体を抱きとめる形で倒れ込み、次の瞬間、めまいのような感覚に襲われ――視界が暗転した。


 次に目を開けたとき、そこはショッピングモールのトイレだった。すぐ近くには、ショウタが「大丈夫か!?」と必死に声をかけている。

 トイレの床には、仰向けに倒れ込んだヒロトの姿。かすかに動いている胸の上下から、命に別条はなさそうだとわかる。



 「ヒロト……戻ってこられたか?」



 ヒロトは朦朧としたまま顔をしかめ、ゆっくりと起き上がろうとする。瞳にまだ涙の跡が残っているが、さっきまでの呪いの気配はほとんど消えていた。



 「白夜……俺は……」



 問いかけに答える代わり、白夜はヒロトの手をしっかり握り返す。そして静かに言葉を紡ぐ。



 「“もし”なんて言い出したら、キリがない。辛い現実は変えられないけど、俺たちにはこれからがある。……自分の足で先に進むしかないんだよ」



 その言葉に、ヒロトは表情を歪ませながらも小さく頷き、涙が溢れるまま白夜の胸に額を押し当てた。ショウタは状況を飲みこめず唖然としているが、とにかく大きな事件がひとまず収束したことだけは理解できるようだ。


 こうして、モールのトイレで起こったグールの“もし”の暴走は、白夜の強い意志によって食い止められた。

 ヒロトはようやく、自らが抱えた悲しみと後悔をほんの一歩でも先へ進める術を見つけられたのだろうか――。


 激しく揺れた呪いの世界から生還した二人の高校生。その瞳には、まだ不安も残るが、ほんの少しだけ光が差している。

 “もし”ではない、たった一つの現実を、受け止めるために――。



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