第九話 二日目の妹(自称)との高校生活④
四月八日、十二時五十分頃────
「主文、被告人を…。」
普段通りであれば楽しいお昼のひとときだったはずのアニメ研究部の部室は、重苦しい空気に包まれている。理由はと言えば、朱梨さんが英莉菜に対して、僕と付き合っていると宣言したことに端を発する。それを聞いた英莉菜は酷く動揺し、それはそれは子供のように酷く泣き出してしまったからだ。
確かに…英莉菜は僕に対して妹以上の感情を抱いているのは伝わってきてはいたが、だったら何故僕の実の妹として、異世界から…地球の人間の記憶改竄までして、やってきてしまったのだろうか。
「うーん…?何故、さっきから英莉菜さんはギャン泣きしてるんだっけ?」
判決言い渡し風に夢依先輩が言いかけたが、英莉菜の泣いてる理由が理解できず、聞いてくる程だった。
部室には、影山芽莉沙先生、部長の海野雅幸先輩、副部長の杉崎夢依先輩、杉崎夢那先輩、石川朱梨さん、僕こと藤邑暁人、藤邑英莉菜が来ていた。
影山先生は英莉菜を宥めつつ、やれやれといった表情でこちらを見ている。
「なぁ、英莉菜さん?お兄さんを、愛する気持ちがあることは大変結構な事だ。だがな?あくまで藤邑くんは、英莉菜さんのお兄さんなんだ。それにお年頃なんだ、当然お付き合いの一つや二つすることだってあるだろうよ?石川さんにお兄さんを取られたって、子供みたいに泣いて困らせるのは、筋違いってもんじゃないか?仮に、英莉菜さんが好きな相手がお兄さんだったとして、もしも好きなら好きって堂々としていれば良いじゃないか。何も戦わず泣いて同情を誘うのは得策じゃないと私は思うがな?」
ヤバい…影山先生、言うことが男前過ぎだ。それにごもっともな話で、あくまで僕と英莉菜は戸籍上、実の兄妹だ。だから朱梨さんは、何一つ悪くない。良い夢を見ようと思った、僕が悪いだけだ。
「あらあら、そう言うことなの?私は、朱梨さんのことも、英莉菜さんのことも、どちらも応援するわよ?三人で仲良くしたら良いじゃない?ねぇ…雅幸?」
W杉崎先輩と絶妙なバランスで付き合ってる海野先輩に、当事者である夢依先輩がここぞとばかりに話を振った。
「お、俺がどうこう言える立場じゃねぇんだけどよぉ…。暁人は、二人のことどうしたいんだ?」
「朱梨さんとはお付き合いしていきたいし、英莉菜の僕への気持ちも大事にしたい。だから、僕の我が儘かも知れないけれど、二人とも僕の側にいて欲しい。」
もう色々と想いが露呈してしまったからには、どうにでもなれだ。可愛い二人に囲まれるハーレムだって良いじゃないか。
「別に、私はそれでも良いんだけど…。英莉菜さんは、大丈夫…かな?」
「お兄ちゃんっ…。大好きっ…!!私も…大丈夫。でも、朱梨さん…私より可愛いから…心配。」
「ん?朱梨さんの何が心配なんだ?」
「お兄ちゃんのせいでぇ…?絶対赤ちゃん出来ちゃうからぁ…。」
それまで重苦しい空気に包まれていた部室が、英莉菜の言葉で一瞬にして爆笑の渦に包まれた。
「おいおい、暁人!!妹さんの英莉菜ちゃんに言われるくらいだ、お前どんだけ性欲オバケなんだよ!!」
「ええええっ?!暁人くんって、見かけによらず凄いんだねぇ!?」
こう言うネタで、雅幸先輩にイジられるのは、ある程度覚悟はしていた。でも、まさか…僕のことをイジった事がない夢那先輩にまで、イジられるとは思ってもみなかった。
「ねぇ、英莉菜ちゃん?その話、詳しく聞かせてくれないかな?」
おいおいおいおい!!朱梨さんまで…やめてくれ!!
「えっと…ね?お兄ちゃん…ね?」
英莉菜まで、やめてくれええええっ!!
十三時十分頃───
「名前は英莉菜さんって言うのかぁー。」
「あの可愛い外見にピッタリな名前だろ?」
あれから部員全員からイジり倒されながらの昼食は、食べてる感じが全くしなかった。そしてつい先程、2-Aの教室に戻ってくると、クラスメイト達から英莉菜の事について、質問攻めにあっているところだ。
「彼氏とか居るのかな?」
「大好きな人が居るらしい。英莉菜は一途だからな。」
まぁ、僕のことだが。
「インスカとかやってるのかな?」
「そもそもスマホデビュー出来てないんだわ。携帯自体も持ってないしな。」
「そっか…。結構、藤邑くんのご両親、厳しいんだな?」
この事を、生徒指導室で夢依さんを呼んだ時、気付いた。僕でさえ、小遣いやお年玉貯めておいて、何とか機種変更してるくらいだ。使用料金だって小遣いから翌月天引きされてるので、WiーFi飛んでない場所が多いと結構厳しい。
だから、今すぐ英莉菜にスマホ持たせるのは、至難の業だと思う。なので1-Aの教室まで行かないと英莉菜とは連絡が取れないので、心配で心配でたまらないのだ。
「そう言えば、英莉菜は杉崎夢依先輩から直々に呼ばれて、友達になって頂けたみたいでさ?」
いつこの話を振ろうかとずっと考えていた。英莉菜の身の安全を確保するためにも、スクールカーストの序列最上位の力を、是非とも借りておきたかった。ここで話してさえおけば、噂話はあっという間に広がるものだ。
「あ、あの…畏れ多い杉崎先輩と…妹さんはお友達になれたのか?!」
いや、僕も夢依先輩にイジられる程の友達なんだけどね?まぁ…それは黙っておいてもいいか。
あ、そうだ…夢依先輩の話が出ているついでに話しておこう。
「ちなみに、うちのクラスの石川さんも、杉崎先輩とは去年からの友達だぞ?」
「石川って…元1-Bの二次元オタクで根暗の目隠れ眼鏡女だろ?」
「マジかよ…。ボソボソ喋るし、凄い不気味だったよな…。」
やっぱり、皆んなの朱梨さんのイメージは、それなんだよな。インパクト強すぎだったし。まさか、あんな可愛い子だったとは、僕も知らなかったけど。
「あのぉ…?私のこと、呼びましたかぁ…?」
いつもの口調で、話していた僕たちの目の前へと朱梨さんは割って入ってきた。
「この声は…!?い、石川…なのか?!う、嘘だろ!?朝から、滅茶苦茶可愛い子いるなぁーとは思ってたけど…。」
「不気味な根暗の目隠れ眼鏡女でぇ、今まですみませんでしたぁ!!因みにぃ?もう、私ぃ藤邑くんとお付き合いしてるのでぇ、ごめんなさいっ!!」
はぁ…お昼のデジャヴを見てるようだ。
外見がいくら可愛くなったとしても、朱梨さんの中身は二次元オタクのままのようだ。
五時限目の授業があと五分程で始まる為、殆どのクラスメイトが教室にいる中、自信満々に朱梨さんはそう言い放ったのだ。
「藤邑くん…手を出すの早すぎじゃない?」
「二次元オタクだから石川さん、三次元の免疫無さすぎて…そこを付け込んできた藤邑くんに、たらし込まれちゃったんじゃない?」
「せっかく、高校二年デビューしたのに、石川さんかわいそう…。」
あれ?僕への風当たりだけが強いんだけど?みんな可愛い子には味方するのか?!おかしいだろ!!
十六時二十分頃───
「起立!!気をつけ!!礼っ!!」
「ありがとうございました!!」
ようやく新学期二日目のSHRが終わり、放課後を迎えた。
「藤邑、今日はこの後用事はー?」
そう言えば、僕はあの一件でどういう訳か男子生徒達とは打ち解け、仲良くなれたのだが、女子生徒達からは冷ややかな目で見られるようになった。
まぁ、クラスの中で朱梨さんさえ味方でいてくれれば、それ以外の女子からは僕は何も望まないが。
「すまん。今日は部活あるんだ。」
さて、今日は顧問の先生を決める為、部活をやると昼に海野部長は言っていたので、机から教科書や持ち物を、通学用のカバンの中へと入れ始めていた。すると急に2-Aの教室の外が騒がしくなった。
「お兄ちゃんっ!!迎えに来たよぉ?」