第八話 二日目の妹(自称)との高校生活③
四月八日、十二時三十分頃────
──キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン…
「さぁ昼だ!!じゃあ、今日の授業はこれまで!!」
「起立!!気をつけ!!礼っ!!」
「ありがとうございました!!」
この授業中、僕の頭の中では…英莉菜が生徒達にトイレに連れ込まれ、乱暴されている場面が何度も何度も繰り返されていた。そんな事ある筈もないのだが、英莉菜との連絡の取りようが一切無くて、僕の心は穏やかではなかったので、その心象が頭の中で妄想として現れたのだろう。
「1-Aの藤邑さん…可愛いよなぁ…。」
隣の席の名も知らぬ男子が、英莉菜の画像をスマホで見て呟いていた。
「ああ、その子は僕の妹だ。」
「おおおおいっ!!藤邑くん、マジかよ!?」
「僕の妹、本当に可愛いよなぁ?」
ふと周囲を見れば、今のやり取りを聞いていたのだろう、クラスの大半の生徒が僕の周りを取り囲むと、何か話したそうにしていた。
「ああ、ちょっとゴメンね?僕、部室に昼飯食べに行くからさ?話はまたあとでね?」
英莉菜のおかげで、高校二年の二日目にしてクラスメイトと仲良くなれそうな気がした。僕は本当に済まなそうな顔で、2-Aの教室から出ていこうとした時だった。
「あ、あのっ…!!藤邑くんっ…!!」
「え、えっ!?い、石川さん?!」
高校一年の時、同じ1-Bのクラスメイトだった目隠れ眼鏡が印象的な二次元オタク女子、石川朱梨さんが、僕に声を掛けてきた。顔を見ても分からず、特徴的な甘ったるい声で分かったと言った方がいい。
どうやら高校二年デビューしたようで、明らかに別人になっていた。と言うか…長い前髪のせいで、まともに見えてたのは口元だけだった。
「お昼、部室行くんだよね?一緒に行こう?」
「そ、そうだね。い、行こう行こう!!」
そうだった!!石川さんも、僕と同じアニメ研究部の部員だった。それに、数少ない二年の部員同士で、部室でよくアニメを語り合っていた仲だった。
でも…なんて事だろうか、相当…控えめに言って、超可愛い!!悔しいけれど、英莉菜が太刀打ち出来ない程、日本人特有の可愛さがあって、僕のタイプだ。言うなれば、英莉菜のハーフ系とはベクトルが違った可愛さのタイプだ。
でも、金曜日に2-Aのクラス内で、騒ぎにならなかったのが、不思議なくらいだ。こんなタイプな子が教室内に居れば、絶対に僕が見逃す筈がないのだが…。
「金曜日の始業式の後、さっきの男子が見てた…藤邑くんの妹さんを見かけて、私…触発されたんだよ?絶対、あの子に負けたくない!!って…思って。だから、私も変わらないとって…土曜日に思い切ってね?代官山まで、髪を切りに行ってきたんだ…。」
二階にある部室に向かって、階段を下りている時、急に石川さんがそんな事を言い始めた。
やっぱり、あの時皆んな英莉菜の事、見てたんだな。
「あのね…?私、藤邑くんのこと、好きなんだ…。だから…ね?妹さんには…絶対、負けたくないんだ…。」
へ…?突然すぎる石川さんの告白に、僕の頭は思考停止してしまった。
「私が勝手に…藤邑くんのことがね?死ぬ程…好きなだけだから…。藤邑くんは私の事、部室以外では知らないだろうし…。今すぐに答えはいらないので…じっくり考えて、答えが聞きたいです…。私、藤邑くんに遊ばれるなら本望なので、身体目的でも…二番目の女でも…全然、構わないので。」
凄いタイミングで、英莉菜がやってきてしまったから、即答は難しいかなと最初は思った。でも、最後まで話を聞くと…それなら英莉菜と石川さんを同時攻略して、ハーレムエンドも夢じゃないか!?と思ってしまい、何だか嬉しくなってしまった。
英莉菜は異世界からやってきている関係で、いつまで僕の側に居るかも分からないし、戸籍上妹のままではまともに恋愛だって出来ない。
そうなると、石川さんは今の僕にとって、天から遣わされた存在で、現実的に考えても恋愛対象である事に間違いなかった。
「じゃあ…さ?まずは…僕と石川さんが、お互いを知るって意味で…友達からで、お願いしても良いかな?」
茶髪に長めのショートヘアで、目は焦茶でブルベ系のピンク掛かった白い肌に、背はそれ程大きくなく、身体の厚みが薄いので骨格ウェーブっぽい感じがする。まじまじと石川さんを見てしまったが…これを断る理由なんて僕には見当たらなかった。
とりあえずは、石川さんとは友達になれる筈なので、お互いの本性を見極めていけばいいと思う。
もし、あわなければ友達のままフェードアウトして終わるだけ…だと思いたい。
「え…っ?!あっ、はいっ!!よ、宜しくお願いします…。と、友達でも…エッチすることあるって…作品とかで見たことあるので…。いつでも、ご命令下さい…。」
はああああっ?!もしエッチしたければ…石川さんに命令すれば出来ちゃうって事!?でも…英莉菜の居ない場所へ行く事自体、なかなかのハードモードかもしれないので、もし…したくなっても言いづらい。
「あっ!!そう言えばさ?1-Aの副担任の影山先生、石川さん見た?」
「わ、私…石川さんじゃなくて…朱梨さんって呼ばれる方が良いなぁ…なんて…。ねっ…?暁人…くんっ!!」
もう友達になったのだから、下の名前で呼ばれたいんだなと察した。確かに、部室でW杉崎先輩も海野先輩もお互いのこと、下の名前で呼び合っている。
「朱梨さん、察し悪くてごめんな?」
「ううん?暁人くんだから、許す!!あっ…でね?私、影山先生は、見てないかも?どんな先生なの?」
始業式で紹介された筈だけど、見てなかったのだろうか?しかも苗字が石川だから、出席番号も前の方だと思うんだけどな。
「こんな先生なんだけどさ…?」
今朝、我が家の玄関前で影山先生をスマホで撮った画像を見せた。
「ええええっ!?これ…本当に…?うちの高校の先生なのっ…?!」
当然至極の反応を朱梨さんがしてくれて、ホッとした。
「言われなきゃ、高校の先生だなんて思わないよね?でも、中身はかなり凛々しくて男勝りな感じだったけどね…。」
「暁人くん、ギャップ萌えしちゃってそうだよね…?アニメのキャラだって…かなりの面喰いさんだしさ?わ、私…影山先生にも、負けたくないっ!!負けられないっ!!」
結構、僕のこと朱梨さんは部活中、ちゃんと見ていた事に驚いた。面喰いは仕方ない…初恋の相手がスーパースペック過ぎたのが、原因だと思う。
「まぁまぁ…朱梨さん、影山先生は二次元男子しか興味ないって言ってたよ?」
「えっ…そうなの?!で、でも…私だって二次元オタク自負してたのにも関わらず、三次元男子に恋してるし…。だから、絶対なんて言葉無いんだよ?」
確かに、影山先生が初恋の女の子という線も、本人は否定してるが…僕はまだ捨てきれていない。だって…あの女の子の面影があると言えば、あるのだから。だから、朱梨さんの言う通りかもしれない。
「そう言えばさ?アニメ研究部、顧問の先生居なくなっちゃったし、影山先生…適任じゃないかな?」
「うーん…。私としては凄く複雑な気持ちかな…。二次元男子好きな顧問の先生って凄く魅力的…。だけど、暁人くん取られそうで凄く不安…。」
そんなこと言っているうちに、僕たちはアニメ研究部の部室の近くまで、二階の廊下を歩いてきていた。
「お兄ちゃんっ!!隣の人、誰!!」
大きな声がして部室の方を見ると、英莉菜が部室から凄い形相で顔を覗かせているのが見える。
「私は…本日よりお兄さんとお付き合いさせて頂くことになりました、石川朱梨ですっ!!」
ああ…これは終わった。僕が言う前に…朱梨さんが言ってしまった。本当に、狙ったようなバッドタイミングすぎた。
ま、まあ…ごく普通に考えれば、僕の妹に対して、自分から名乗るのは筋が通っているとは思う。でも、僕と英莉菜の場合は、普通の兄妹ではない。英莉菜が勝手に妹を自称しているだけで、血の繋がりも何もない赤の他人同士なのだから。