第七話 二日目の妹(自称)との高校生活②
四月八日、七時五十分頃────
影山先生を先頭にして、教職員用に通用口から賎宮高校の校舎内へと、英莉菜と僕は入ることが出来た。ところが、昇降口の靴箱に学校指定の上履きであるサンダルが入っている為、影山先生が機転を利かせて、来客用スリッパにとりあえず履き替えさせていただけた。
今は、一階にある生徒指導室で、登校時間が終わる八時十五分になるまで、英莉菜については影山先生と待機する事になっている。この部屋の主である、大石先生の話で正門、昇降口、1-A教室に、明らかに誰かを待ち構えている生徒達の人だかりが出来ていたとのことで、学校側はそのような対応となった。
「藤邑くん、美しすぎる下級生の妹さんを持つと大変だなぁ?」
「はい…。学校では、僕が英莉菜の側に居てあげられない時間が殆どですので、本当に心配で心配で…。」
先程、大石先生に話す事があると言われ、僕だけ生徒指導室の奥にある相談部屋へと呼ばれていた。
「集団心理ほど恐ろしい事はないからなぁ?皆で英莉菜さんを致してしまおうと考えるやもしれんしな?ここ最近、色んな情報や余計な知恵がネット上に溢れ過ぎているからな?昔の高校生ならそんな事を考えもしなかっただろうが、今の高校生は何をしでかすか本当に分からないからな?だからな…藤邑くん?可能な限り、兄としての妹への責務を果たすことだ。大事な妹を、キズモノにされてからじゃ遅いということだよ。」
「はい…。」
大石先生が急に真面目な顔をすると、僕に向かってそんな事を言ってきた。確かに、今はマニアックな情報ですらネットで検索すれば、数秒もかからずその情報が手に入って実践出来てしまう。
大石先生の口ぶりからだと、英莉菜が何処かへ拉致されて、集団に乱暴されてしまう未来もあり得るという事か。
「知り合いの高校生になる娘がな?英莉菜さんのように美しい子だったが、妬まれて…な?言わずとも結末は察せるだろ?妬みが引き金となる場合もあるってことだ。さっきの言葉とは矛盾するが、全方位に気を配ることは難しい。だから言いたいのは、トラブルに巻き込まれそうになった時は、無理して学校に来る必要はないから、電話でも良いので私に相談して欲しい。良いかな?」
妬みか…。一番…怖いやつだな。英莉菜は可愛いから…同性に妬まれることもありそうだ。よくニュースとかでみるイジメも、きっかけはそういう理由もある筈だ。妬みなんて各個人の価値観の違いから起きることで、それはもう避けようがない。あとは、妬んでいる相手に対して、どれだけ関わらないように出来るかだ。価値観の違う相手に何を言っても心には響かず、かえって火に油を注ぐことにも繋がり危険だ。
だから、今の大石先生の話は、英莉菜に対する僕の立ち位置を再確認させてくれた。
「分かりました。肝に銘じておきます。大石先生、ご助言ありがとうございます。」
「それと、教師はまず…生徒間におけるスクールカーストには、下手に手を出せないからな?すぐに保護者から、生徒への過干渉だと餌食にされかねない。まぁ、手取り早いのは…妹さんが序列上位の生徒を味方につけることかもしれないがな。」
「あ…。」
「ん?どうした?」
僕は、ふと大事なことに気づいてしまった。それは、僕が所属するアニメ研究部のW杉崎先輩こと、杉崎夢依先輩のことだ。
「スクールカーストの序列上位だと思われる生徒、知り合いの先輩に居ました!!」
「因みに、それは誰のことだ?」
「杉崎…。」
「杉崎家本家の御令嬢、夢依さんか!?彼女は、中学までは都内の有名私立に通っていたらしいが、本人の希望で杉崎家のルーツである静岡で、高校は通いたいとのことでな?それにまず手を挙げた昼陽学園からの転入話を蹴って、本校へ転入してきたと聞いている。でも何故、藤邑くんと繋がりが?」
夢依先輩について、そんな背景があったなんて知らなかった。
「夢依先輩は、部活の先輩でして。呼んでみましょうか?」
「ふ、藤邑くん、本当に大丈夫なのか…?」
スマホのSNSアプリで通称インスカのチャット機能を使い、夢依先輩にチャットを送った。
するとその直後、大石先生からいつもの威勢が消え、凄く不安げな表情に変わっていて、思わず笑いそうになった。
五分後───
──コンコンコンコンッ…!!
「暁人くぅーん?居るのでしょー?来てあげたわよぉー?」
廊下から夢依先輩の愛らしい声が聞こえてきた。
「どうぞお入り下さーい!!」
──ガチャッ…
──ギィッ…
「失礼しまーす…。…っ?!か…可愛い過ぎ…じゃない?あなた…な、名前は?」
夢依先輩が生徒指導室のドアを開け、勢いよく入ってきたのだが、一番最初に目に入る場所へと英莉菜を立たせてあったのだ。
「夢依…先輩っ?は、初めましてぇ…。藤邑暁人の妹の英莉菜と申しますっ!!」
「はぁ…っ?!暁人くんっ!!ふざけないでっ!!こんな可愛い…っ、いやっ…可愛い過ぎて人間じゃない次元の妹さん居るのでしたらぁ…もっと早く教えてよぉぉぉぉっ!!雅幸連れて、お家までぇ…遊び行ったのにぃぃぃぃっ!!ハァッ…ハァッ…ハァ…ッハァ…ッ。ええと…英莉菜さん、でしたよね?もうあなたは、私のお友達ですので。いつでも、私のこと呼んで下さいね?これから私は、雅幸と用事がありますので、これで失礼しますね?…という事で!!暁人くん、今日のお昼は英莉菜さん連れて部室へ来ること!!分かったかしら?」
──ギィッ…
──バタンッ…
嵐のように去っていったが、英莉菜は夢依先輩と友達になれたようだ。先週までは妹など存在しなかったのだから、紹介できるはずもなかったが。まぁ、すんなり英莉菜のことを認めてくれてホッとした。これで英莉菜が夢依先輩の友達という事が、学校内に広まれば、容易には手出しできなくなる筈だ。
「藤邑くん、本当に…杉崎さんと仲がいいのだな…。」
「はい。」
これ以上は、余計な事は言わなくても良いだろう。夢依先輩の下着の色とか、直近で生着替えをみた事があるとか。ビックリして腰を抜かすか、部室の使用を禁止されるか、そのどちらかになるだろう。休日に雅幸先輩とデートする権利を巡って、部室でコスプレ勝負をW杉崎先輩がし始めるのが悪いんだけど。
僕は英莉菜がやってくるまでは、昔の美少女アニメ[聖皇女アルリス]に出てくる【ユメリルナ】のコスした夢依先輩推しだったから、夢依先輩の言うことは大抵賛成だった。
今は…妹(自称)の英莉菜が、可愛くてたまらない。ロシ○レのマ○シャさんコスでも、させたいくらいだ。ああ…夢依先輩を唆して、英莉菜のコスに出資して頂くのもアリかもしれないな…。
「オホンッ…。じゃあ…今日は朝の読書の時間になったら、私と英莉菜さんは1-Aの教室に向かうからな?藤邑くんは、登校時間が終わる前には、自分の教室に行っていてくれよ?」
「では、影山先生。英莉菜のこと宜しく頼みます。大石先生も、ご助言ありがとうございました。失礼します!!」
──ギィッ…
──バタンッ…
格好良く生徒指導室から出たまでは良かった。
二年生の教室にある三階へと向かっている際、ある事実に気がつくまでは。
気付いてしまうと、英莉菜が心配で心配でたまらなくなってきてしまった。
まさか…本当に盲点だった。何故、気付かなかったのだろうか…。金土日と三日間も英莉菜と一緒に過ごしていたのにだ。
家の中で一緒にいれば、確かにそれ程必要ではないものなのかもしれない。
英莉菜への危険を配慮した僕は、三日間とも家の中で二人で過ごしていた。それが今まで気付けなかった要因だったのだろう。