第二十一話 可愛い来訪者はお兄さまが好き③
五月六日、八時頃────
突然の英莉菜の来襲で僕は思わず身構えてしまったが、何も起きなかった。逆に…英莉菜は僕のことはそっちのけで、善莉澄ちゃんの手を引くと先程の東屋に向かって歩き出していた。
「おーいっ?英莉菜ぁ!!」
「お兄ちゃんはぁ…あっち行ってぇ!!私はぁ…善莉澄ちゃんと仲良くしたいのぉ!!」
さっきの睨むような怖い顔を英莉菜がしてたのは、なに私仲間はずれにして可愛い子と遊んでるんじゃワレぇ!!って事だったのか?
僕に近づこうとする同性に対して、自分が認めない限りは、嫉妬と敵意しか向けない英莉菜が珍しいと思った。
「着いて行っても…良いだろ?」
「ダメなのぉ…!!善莉澄ちゃんが…穢れちゃうからぁ!!」
はぁ…っ?!まるで、僕のせいで善莉澄ちゃんが、穢れちゃうような口ぶりだ。
どんな口で、そんなことよく言えたもんだな…。
「あの、英莉菜さん?お兄さまは、そんな悪いことされるのですか?」
あ、その話の振り方、ダメだわ…。
「うんっ!!極悪非道なんだからぁ!!お兄ちゃんはぁ…ああ見えてねぇ…?既にぃ…二股してるんだからねぇ!!」
「そうでしたか。あの?お兄さま。私の想定の範囲内ですので、今後の関係についても、問題ありません。」
マジかよ…。こんな天使みたいな子、他には居ないだろうな…。英莉菜は悪魔だろうなぁ…って、魔王の娘だから…間違いではないか。
「え…っ!?い、善莉澄ちゃん…?このゲス野郎のこと、ドン引きしないの?!高校二年なのに…ふ、二股してるんだよ!?」
先行して歩く英莉菜と善莉澄ちゃんは、東屋まで辿り着いたようだ。
「シーッ…。英莉菜、声…大きいぞ?まぁ、二人ともそこで座って待っててくれ。」
とりあえず、英莉菜と善莉澄ちゃんを東屋の屋根下に設置されている、木製ベンチへと座るように言った。
「しかもねぇ…?お兄ちゃんはぁ…変態なのぉ…。」
ようやく僕も東屋に辿り着いたところで、英莉菜が善莉澄ちゃんの耳元で、そう囁いているのを目撃する。
「はい、存じております。お兄さまの尊厳に関わることになります。ですから、英莉菜さん?あまり口外なされない方が良いです。」
そうですよね…勿論、善莉澄ちゃんなら…そんなことくらい、知ってますよね。やっぱり怖い…。どこまで僕のこと知っているのだろうか…。
ああ、何となく英莉菜が何をしたかったのかが、見えた。でも、まさか…僕のイメージダウンの情報を、善莉澄ちゃんへと吹き込んで、諦めさせようって魂胆だったのか?
「善莉澄ちゃんはぁ…お兄ちゃんのことどう思ってるのぉ?」
「はい。私のお兄さまだと思って、お慕い申しております。」
今日は五月晴れと言えるような、青空が広がる良い朝だ。なのに…この東屋の中は、ドス黒い暗雲立ち込めてきた気がする。
「え…?な、何言ってるの…?!私がお兄ちゃんの…妹なんだよ!?」
「ただ、それは戸籍上の話ですよね?私は、お兄さまから、妹と呼ばれたいのです。」
今ここに、戸籍上の妹(自称)と、妹を自称する美少女との火蓋が切って落とされた瞬間だった。
三十分後───
「なぁ?二人ともいい加減にやめにしないか?」
すぐに感情を表に出してしまう英莉菜と、淡々と表情一つ変えずにいる善莉澄ちゃん。そんな対照的な二人の言葉での攻防が、もう三十分程続いている。
空も徐々にではあるが、朝の柔らかな日差しではなくなってきている。それに、普段遅くても八時迄には朝食を済ませている僕にとって、この時間まで飲まず食わずは流石にお腹が空いてきた。
「いえ。ここでやめてしまえば、これまでの全てがふいになるのです。それにお兄さまは、私のお兄さまなのです。」
「バカ言わないでくれない?お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんに決まってるでしょ!!」
こんな時、芽莉沙さんが居てくれたら、この程度の話ならあっという間に解決してくれそうなのだが…。異母姉妹の英莉菜とは対照的で、しっかり者で姐御肌なイメージが僕の中にはある。
そう言えば、どうして芽莉沙さんと英莉菜の姉妹は、異世界から地球にやってくる際に、別々の場所で生活することを選んだのだろうか?
「もう腹減ったからさぁ…?この近くのファミレスで朝飯食べないか?お金は僕が出すからさ?」
この時間帯なら、僕のスマホの交通系ICにチャージしてある額で三人分いけると踏んだ。
「はい、私もそう思っておりました。ですが、私は自分の分は自分で払いたいのです。宜しいでしょうか?」
「うん…。」
先程までの勢いはどこに行ったのだろうか、英莉菜が善莉澄ちゃんの言葉で急ブレーキが掛かったように、一言ポツリと喋ると黙ってしまった。
十分後───
やけに上機嫌な様子の善莉澄ちゃんに、僕は手をひかれる形で近所のファミレスのまでやってきていた。何故だか気まずそうな英莉菜は、ずっと僕の後の方をトボトボと着いてきていたが、理由は大体想像がついている。
「英莉菜?僕が払ってやるから、好きなもの頼んでいいぞ?」
「お兄ちゃん…ほ、本当にいいのぉ…?!」
「ああ。英莉菜の財布の中身、殆ど入ってないだろ?」
前にも、少しだけ触れただろうか?我が家では、毎月お小遣いは支給されている。
でも、携帯電話の使用料はそこから差し引かれる為、若年層向けの割引がないキャリアだと結構ツラいと思う。
先月、英莉菜は影山先生こと姉の芽莉沙さんから、お古という名目でスマホを譲って貰っており、スマホデビューしている。今月は契約時の事務手数料も乗ってきた為、手元には殆ど残っていないのだ。
僕の場合は、お小遣いの他にお年玉の預金が多少あるので、それでやりくり出来ている感じだ。
因みに、飲み物やお菓子、衣料品等は、家族で買い物に出掛けた際、普通に買って貰えるので別にお小遣いを使い切っても、普段の生活では不便はしない。ただ、友達付き合いが多いとキツいと思うが、高校の外で遊ぶ友達は殆ど居ないので、僕は助かっているだけかもしれない。
「うん…。」
「お兄さま?私、英莉菜さんの分もお支払い致します。宜しいでしょうか?」
目の前のいるライバルを、完膚なきまでに叩きのめすとは、まさにこういうことを言うのだろう。英莉菜にお灸をすえるのには、丁度良い機会かもしれない。
「じゃあ…善莉澄ちゃん、済まないね?お願い出来るかな?」
「え…っ!?お、お兄ちゃん…?!な、何言ってるの…!?」
慌てふためく英莉菜。まぁ、それはそうだろうな。
「はい、お兄さま。承知いたしました。では、英莉菜さん。お好きなメニュー、お好きなだけお選び下さい。」
明らかに英莉菜より幼く見える善莉澄ちゃんは、僕と同じソファ席に並んで座っており、テーブルの向かい側のソファに一人座る英莉菜に対し、淡々と語りかけると頭を下げてみせた。
「きぃぃっ…。お兄ちゃんのぉ…バカぁ…。」
とても屈辱に塗れた表情を見せた英莉菜は、歯軋りしながら小さく声をあげた。
「では、お兄さま?大変お腹、空かれていますよね?頼みましょう。」
「そうだな。じゃあ、僕は…。」
三十分後───
「お会計はどうされますか?」
「あ、この注文は別会計でお願いします。」
──ピッ…ピッ…
「かしこまりました。それでは、一点で九百九十円となります。お支払い方法は如何なさいますか?」
「交通系ICで、お願いします。」
「では、こちらにタッチ願います。」
──ピピッ…
「レシートはご入用でしょうか?」
「大丈夫です。」
僕は結局、色々選べるモーニングセットの豪華版を頼んでしまった。こんだけ食べると、お昼はいらないレベルだ。
──ピッ…ピッ…ピッ…
「では、次のお会計ですが二点で千六百八十円となります。お支払い方法は如何なさいますか?」
「はい。現金でお願い致します。」
善莉澄ちゃんは可愛らしい財布から、二千円を取り出すと、レジの店員さんにそっと手渡した。
因みに、英莉菜は僕と同じモーニングセットの豪華版、善莉澄ちゃんはお手頃価格のモーニングセットを頼んでいた。
──チャリチャリチャリチャリッ…
「レシートはご入用でしょうか?」
「はい。お願いします。」
お釣りだけは自動釣り銭機のようで、善莉澄ちゃんはまずレシートを受け取り、次に出てきたお釣りも一緒に財布へとしまった。
「ありがとうございます。」
店員さんの言葉を背に、僕たち三人はファミレスを後にした。




