第十八話 夜な夜な怪しい妹(自称)の正体③
五月六日、零時十分頃────
先程まで、アリヴェスさん、英莉菜、影山先生は僕の部屋にあるTVを通じて、ビデオ通話をしていたように見えた。もしかして、英莉菜たちの住む異世界のビデオ通話技術なのだろうか?
それよりだ…。TVの向こう側では影山先生こと…英莉菜の姉の芽莉沙さんが、両腕を胸元で組んで怒りを露わにしている。
「お嬢様っ!!あれ程、お願いしたじゃないですか!!ちゃんと伝えて下さいと!!私は藤邑くんのこと…ずっと誤解してしまっていたじゃないですか!!」
「お姉ちゃん…ゴメンなさい!!それに…お兄ちゃんも…ゴメンなさい…。」
英莉菜は影山先生のことは、お姉ちゃんって呼ぶんだ…。なら影山先生は何故…妹のことをお嬢様って呼ぶんだ?
「分かって貰えれば良いですよ。影山せ…いや…何てお呼びしたら良いですかね?これから…。賎宮高校内外それぞれで…です。」
婿殿と二人の父親から呼ばれている以上、英莉菜の姉である影山先生には、呼び方を聞いとかなくてはと思った。
「うーん、そうだなぁ?賎宮高校内では…今まで通り影山先生で頼む。外とかでは…うーん、芽莉沙さんで良いぞ?メリサは私の名前だからな?影山はしっくり来ないんだよなぁ…。」
「あの…芽莉沙さん?お姉さんって呼んでも…良いですか?僕のことは、暁人って呼んで下さい!!弟でも良いです!!」
部活でも、芽莉沙さんは本当に頼り甲斐がある…皆んなのお姉さんみたいな存在なのだ。それと、僕自身…小さい頃からお姉ちゃんが欲しかった。
「お…お姉さんだ…と!?ま、まぁ…良いが…絶対に賎宮高校内では呼ぶなよ?仮にも暁人は英莉菜の婿さんだ、私が殺す訳にはいかないので、痛い目には合わせるからな?」
「はい、お姉さん!!あ、それはそうと…何故、英莉菜はお姉ちゃんと呼ぶのに、お姉さんはお嬢様と呼ぶんですか?」
この際、お姉さん繋がりでついでだ…勢いで聞いてしまおうと思った。
「ああ…やはりアニメ好きの暁人だな?そこは…気になっちゃうよな?お嬢様の母親は本妻、私の母親は使用人、そういう違いがあるんだよ。アニメではよくある、異母姉妹ってやつさ。だから、他人が居ると英莉菜さんと呼ばなければ変だろう?でもさ…?ついつい、普段の癖で呼びそうになるんだよ。」
そう言えば、影山先生が何か言いかけて、英莉菜さんと言い直す場面に、何度か遭遇したことがあった気がする。
「なるほど、本妻と使用人ですか。先程の、アリヴェスさんは…普段、何のお仕事をされてるお方なのですかね?」
使用人が居るということは、それなりのステータスがあるという事だ。夢依先輩の実家である杉崎家みたいな感じだろうか?
「お父様はぁ?魔王様やってまぁす!!」
「は?!」
いつもの感じで英莉菜は、何の躊躇いもなしに僕へと言い放った。TVの向こうの芽莉沙さんは、顔に右手を当ててアチャーという様子で、ハァと深く溜め息もついている。
「あ、あのだな…?あ、暁人…この件は絶対に口外しないでくれ…。」
「えっ?!言っちゃダメだったのぉ!?」
資産家等の不労所得者、社長さんくらいなら普通に言っても問題ないと思う。でも、日本でいう…組織の長程になれば敵対する組織から、自分も家族も狙われる可能性もあるから、絶対に言わない方が良いと思う。
だから、魔王も同じことが言える筈なのだ。だから暗黙の了解で、流石に英莉菜でも言わないだろうと、芽莉沙さんは踏んでいたのだろう。
どうしてだろうか…急に僕の頭の中で、歳上のお姉さんに癒されてみたくないのか?という…悪魔の囁きが聞こえた気がした。全く…僕の心の奥底では、妹属性に始まり同級生ときて…次は、姉属性を欲してるのか…。
「じゃあ…お姉さん?口外しない代わり、僕の言うこと聞いて頂けますか?」
そうなれば…心のままに、悪魔でも…なんでもなろうじゃないか。もう既に、魔を統べる王の愛娘に…強制的ではあったが、状況証拠としては手を出してしまっているのだ、怖いものはない。
「くっ…。こ、何て…外道な…!!だが…暁人を私の手では、殺す訳にもいかないからな…?まぁ、仕方ないな…?迂闊に喋ってしまった…お嬢様が悪いのですよ!!それで…?暁人。私は…何をすれば良い…?」
今、くっころ言おうとしてたな…芽莉沙さん…。流石、アニメ研究部顧問の鑑!!全面的に英莉菜が悪い流れに持っていってるし…。
「では…僕の三番目になって頂けますでしょうか?」
「お、お兄ちゃん?!何言ってるの!?」
流石に、今回ばかりは芽莉沙さんも絡んでるから、英莉菜はそういう反応するんだな…。
「なぁんだ?そんな事で良かったのかぁ?!そうかそうかぁ!!それなら…私も、願ったり叶ったりだからなぁ?喜んで…暁人からのお誘いを受けようじゃないかぁ!!」
「お、お姉ちゃん!!何言ってるの!?もう…お兄ちゃんのこと、諦めたって…昔、言ってたよね?」
ん?お兄ちゃんのこと諦めた?どういう事だ?
芽莉沙さんとの接点なんて、あの日送り返して貰っただけ…だよな?
「ああ。確かに私は…お嬢様の前では、そう言ってはいたがな?やはり…あの日暁人をひと目見た時からずっと…恋焦がれてな?抱かれたい想いをグッ…と堪えてきたのだ。ようやく…その我慢の日々が報われるというものだ…!!」
もしかして、あの日…僕を振り向かせないようにしてたのは、僕を見てデレデレしていてヤバい表情だったのを、ただ見られたくなかった…とかないよな?
「あっ!!そうだそうだぁ!!ねぇ?お姉ちゃん。“教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律”ってぇ…あるのはぁ…勿論知ってるよねぇ…?」
今から確か数年前、あまりに教職員と生徒との“合意の恋愛”というグレーゾーンの名の下での、トラブルや不祥事が多発していた為、施行されたような法律だ。でも…一体、英莉菜はどこでこんな法律知ったんだ?
「困りますよ?お嬢様。勝手な想像なさっては困ります!!か弱い私が…暁人から不同意の上、無理矢理されてしまうケースだって、無いとは言い切れませんよね?そうした場合、教職員側は処罰対象には当てはまらない筈ですが…。」
「お兄ちゃん…そんな酷いことしないからぁ!!」
でも、そういった主義でもない。
「ああ…それは僕の趣味ではないからな?それに、成人のお姉さんにそんな事したら…僕が捕まりますよね?不同意性交等罪とかで…。」
「そうだ。なら、私が影山芽莉沙ではなくて…メリサの姿なら良いのだろう?この世界の住人ではないからなぁ?」
ちなみに今僕と英莉菜はベッドの上に座っているが、その目の前にあるTVの向こう側で映っているのは、賎宮高校1-A副担任の影山先生の姿にしか見えない。メリサとはどんな姿なんだろうか…。
と言うことは、僕の横に今居るのは…明らかに妹(自称)の藤邑英莉菜の姿ではなく、あの日の女の子が成長したと思しき姿をしている。
「お兄ちゃん?私の今の姿は…本当の私…エリナの姿だからね?お兄ちゃんの妹、藤邑英莉菜じゃないから…何しても良いよ…?」
明らかに今の英莉菜の姿は…思わず息を呑むような妖艶さと可愛らしさを兼ね備えた…完璧な外見をしている。特に…角、翼、尻尾は見当たらない。
「暁人くん?今からぁ…朝になるまでぇ…?エリナとぉ…いっぱいしちゃおっか?」
「や、やっぱり…英莉菜は僕より歳上だったんだな…?」
「だってぇ…。私たちはぁ…魔族だよぉ?人間とはぁ…成長速度だってぇ、寿命だってぇ、全然違うんだからねぇ?」
あの日、あの女の子は…少し大人びた雰囲気に感じたのは…そういう事だったんだな。