第十七話 夜な夜な怪しい妹(自称)の正体②
五月五日────
「(何を言っているか分からない)」
「(何を言っているか分からない)」
「(何を言っているか分からない)」
ああ…どうしよう。先程から聞いたことのない言葉が、僕の部屋の中を飛び交っている。
宇宙人が侵入してきたのかと、恐怖を感じた僕は…目を閉じたままジッと堪えていた。でも、この部屋には英莉菜も寝ている筈だ…。もしも、英莉菜が自由を奪われた上で宇宙人達に乱暴されていたり、連れ攫われようとしていたら…と想像してしまった。
すると、寝て宇宙人をやり過ごそうと思っていた僕の目は完全に冴えてきてしまった。
「(何を言っているか分からない)」
僕が寝る際、まだ英莉菜は起きていてTVを見ていたので、部屋の明かりが煌々としている状態だった。そういう時には、仕方ないので僕はタオルケットを頭まで被って寝ていた。
それにしても、さっきから瞼の向こうが少し明るい気がする。まるでTVが点いているような、光の動き方だ。
寝る時僕は、TVに背を向けて寝た筈なのだが…寝返りを打ってTV側に向いた可能性もある。
何よりも…英莉菜の事が心配になった僕は、手遅れになって後悔する前にと思い、目を薄目で開けてみることにした。
恐る恐る…ゆっくりと目を薄目の状態にまで開ける事に成功した僕は、衝撃的な光景を目の当たりにしてしまった。
「(何を言っているか分からない)」
「(何を言っているか分からない)」
これは、なんと言えば良いのだろうか…。
まず、瞼の向こうに光を感じた理由は…タオルケットが頭に被っていなかったからだ。
次に、光が動くように感じたのは、TVが点いていたからだ。
そして、TVの向こうには、見知らぬ銀髪の長髪で色白で紅い目をした北欧系の超弩級イケメンのお兄さんと、どこからどう見ても影山先生が映っている。
「(何を言っているか分からない)」
「(何を言っているか分からない)」
声は明らかに影山先生なのだが、言葉が全く分からない。でも、英莉菜が魔法を使う時の言葉のイントネーションと同じ気がする。
「(何を言っているか分からない)」
明らかにこの声は英莉菜の声だった。思わず、顔を動かさないようにして、薄目で部屋の中の声がする方を目で追った。
は…?!思わず、心の中でそう言ってしまった。
そこには、髪は背中まである程に長くて銀色に輝いており、肌は真っ白で目の色も蒼色で…まさにあの女の子の特徴を持った若い女性がいたのだが…声が英莉菜とそっくりだった。
どういう訳なのか、この部屋の中に居る筈の…英莉菜らしき姿が見当たらないのだ…。
「(何を言っているか分からない)」
また、目の前にいる女性が何か喋ったのだが、影山先生同様に…英莉菜の声にしか聞こえないのだ。
でも…僕の英莉菜は、髪が茶色で目の色も茶色なのだ…。
「英莉菜…。」
寝ているフリをして、僕は寝言というていで名前を呼んでみた。すると、目の前の女性がシッ!というような仕草をTVに向かってしたのだ。
「お兄ちゃん、私は居るよ?」
確かに…目の前の女性はそう言うと、僕の胸の辺りを優しく手でトントンとしてくれた。
やはり、この姿が英莉菜の本来の姿なのだろうと、僕は察してしまった。
なら…TVの向こうにいる、あの超弩級イケメンは誰なのかが気になってきてしまった。
僕が英莉菜と朱梨をはべらかせているように、あの超弩級イケメンが英莉菜と影山先生を、はべらかせているのかもしれないと思ってしまったからだ。
「なぁ…英莉菜?あのイケメン、誰なんだ?」
ああ、我慢出来なかった。きっと僕の中で、英莉菜の事が大事なんだと思う。取られたくないと言うのもあるのかもしれない。
「えっ?!お兄ちゃん…起きちゃったの!?」
「夜中に…TVの明かり煌々とさせて、それなりに声も聞こえてくりゃ…流石に起きるよ…。」
「あー。もー。隠しておきたかったのに…。」
「お嬢様?だから…私はあれ程言ったんですよ?」
影山先生のお嬢様と言う言葉に…ピンと来た。
「影山先生は…あの時、僕には姿を見せてくれなかったお姉さん、ですよね?」
「いや…それは、だな?藤邑くん、それには深い訳があってだな?」
TVの向こうでは、影山先生が動揺し切っている。超弩級イケメンはと言えば、ニヤニヤと余裕の笑みをこぼしている。
「さて、初めましてだね…婿殿?ボクはエリナちゃんとメリサちゃんのパパで、アリヴェスと呼ばれている。宜しくね?」
む、婿殿ぉ…?!おいおいおいおいおいおいおいおいっ!!この超弩級イケメンは…英莉菜と影山先生の父親だって!?って…!!はぁ…!?
「ふ、藤邑暁人と申します…。英莉菜さんとは…現在、兄妹としての関係を結ばさせて頂いております…。」
予想外すぎる展開の連続で僕は自己紹介した後、茫然自失状態になっている。
「エリナちゃんとメリサちゃんから婿殿の事は、よく聞いているよ?それと、そうなんだよ…。エリナちゃんの件では、婿殿にご不便をお掛けして申し訳ない…。エリナちゃんは…そちらでお世話になる際、ちょっと早とちりしてしまってね…?今、再設定を行っているようなので、婿殿には…それまでの間、エリナちゃんの事…待っては頂けないだろうか?婿殿にとっては…朱梨さんの事も、あるだろうがね?」
「…。」
「あれ…?お兄ちゃん!?大丈夫?お兄ちゃん?」
終わった…。最悪だ…。まさか英莉菜と影山先生が姉妹で、更に僕とのことを父親に報告していたなんて…。一番最悪なのは…朱梨とのことも把握している事なのだが…。
「英莉菜さんの事は…大切に思っております。ですので、アリヴェスさんの仰る通り…待たさせて頂きたいと存じます…。」
「流石は婿殿!!心が広いお方だ。それに、おなごを惹きつける何かも兼ね備えておる。でなければ、二人のおなごを同時に侍らすことなどあり得んしな?」
あー終わった…。英莉菜…あの時のお風呂場での話も、父親にしたのか…。てことは…?!まさか…なぁ?普通しないだろう…。
「それと、婿殿には…エリナちゃんを幸せにするという責任が、既に発生しておるしな?婿殿は、エリナちゃんのハジメテの男になったのだからな?」
英莉菜…お尻の話も父親にちゃんと話してるんじゃん!!
「あのぉ…。その件については…半ば英莉菜さんから強制的に…でしたので…。その点だけは知っておいて頂きたいです。」
「あっ!!お兄ちゃん!!シーッ!!」
慌てたように英莉菜が僕に向かって、一本だけ立てた人差し指を自分の唇へと当てがっている。
「んっ!?婿殿、そうであったのか…?!エリナちゃん自らが…!?オホンッ…!!だが、拒否することも出来たのだろう?」
そこだけは、自分が都合いいように伝えたのか…英莉菜め!!慌てた様子の英莉菜を見て察したのか、お父さんビックリしてるじゃないか…。
「はい。僕はあの夜、英莉菜さんたちが言うことを受け入れ、好きにさせることにしました。」
影山先生も僕の言葉を聞いて、TVの向こうで溜め息をついている。あれから影山先生からの僕への当たりが、強く感じたのはこの件だったのか…。
「まさか…エリナちゃんが、恋敵である朱梨さんと手を組んで行ったことだったとは…。ますます婿殿の事、気に入った!!これからも、エリナちゃんのこと宜しく頼むよ?では、そろそろ私も仕事があるので、今日はこれくらいにしようか?」
「はい…お父様…。」
「はいっ!!お嬢様、この後…お話がありますので繋いだままにして下さい。」
「では、エリナちゃん、メリサちゃん、それに婿殿。また会おう!!」
TVの向こうに映っていた、アリヴェスさんの姿が消えた。