第十六話 夜な夜な怪しい妹(自称)の正体①
五月五日────
「んんっ…?!」
今日は五月の四連休の三日目。特に…家族で旅行に行く予定もない。だから昨夜、お昼近くまで寝ていようとスマホのタイマーを十時くらいにセットして、ゆっくり寝ていたら急に息苦しくなって目が覚めた。
「お…お兄ちゃん、おはよぉ?」
慌てて目を開けると、至近距離で英莉菜の顔があり、目が合った。この状況…英莉菜が僕の寝顔にキスした際、夢中になって力が入り過ぎたのだろう。
「おはよ。今…何時だ?」
折角、久しぶりに…子供の頃に不思議な体験をした時の、あの女の子が出てくる夢が見れていたのに。でも…あの女の子を見れば見るほど、髪の色や目の色が同じの影山先生とは…やはり違う気がした。どちらかと言えば、使用人の女性の声に影山先生がそっくりな気がしてきたのだ。
まさか…な…?お嬢様と呼ばれていたあの女の子も既に地球に来ていて、あの使用人の女性はその路銀を稼ぐため…影山先生として紛れ込んでるのでは…!?いや…あり得なくはない話だ。
「今はねぇ…?七時だよぉ!!」
最近、僕は二十三時迄には寝るようにしているが、英莉菜は僕が寝た後も起きて何かしているようなのだ。夜中にトイレに行きたくなって、目が覚めたことがあったが、その時もまだ起きているようだった。
「おいおい…。まだまだ連休だぞ?もうちょっと、寝かせてくれよ…。」
「こんな可愛い妹を放置して、お兄ちゃん…?また寝ると言うのかね…?」
この言い方…朱梨から完全に影響され始めてきているのは明らかだ。英莉菜のギャルっぽい言い方は、可愛い見た目とのギャップがあって、個人的には好きだったのだが…。
「じゃあ、僕と一緒に英莉菜も寝ようぜ?」
「うーん…今は、いいかなぁ…。お兄ちゃん、ひとりで寝てて?私、少し用事済ませてくるね?」
完全に肩透かしを食らった訳だが、ここ最近の英莉菜では…あるあるなパターンになってきていて、僕のメンタルにはそれ程のダメージではない。
そう考えてみればもう、英莉菜が僕の妹(自称)になってから一ヶ月が経つのか。英莉菜の僕に対する扱いが、日を追うごとに雑になってきている気もする。
「はぁ…。どこかに僕の言うこと聞いてくれる、可愛い子は落ちてないかなぁ…?」
「お兄ちゃんの…バカ…。」
──ギシンッ…!!
ベッドの傍に立っていた英莉菜が、少し不機嫌そうな表情でベッドの上に飛び乗って来た。
「私、お手洗いに行きたかっただけなのに…。漏れちゃったら、お兄ちゃん…!!責任…取ってよねっ…!!」
「そ、そうだったのか…?!てっきり…最近、英莉菜に嫌われてるのかと思ってさ…。」
ああ…今回は完全にやらかしたようだ。僕が勝手にそう思い込んでただけだったのか…?でも、最近の英莉菜の様子は確かにおかしかった。
「もうぅ…。バカっ…。お兄ちゃんの…バカ。この私が…お兄ちゃんのこと、嫌いになるわけないでしょ!!お兄ちゃんには内緒にしてたけど、あと十一ヶ月経てば…私、実の妹から…養女の妹になれるんだからね?」
ここ最近、毎晩のように僕が寝た後で何かしているのは何なのかと、英莉菜に問い正したかったが、それを聞いた事がきっかけで、今の微妙な関係に亀裂が入るのは嫌だった。
「そうなのか!?来年の新学年からは…僕と英莉菜は大手を振って付き合えるって事なんだな?」
「うんっ…!!そうだよ…?新規の場合は、すぐに出来たんだけどねぇ…?変更の場合は、一年かかるって言われたんだぁ…。」
実は…結以さんの前では英莉菜とは…イチャイチャ出来ないので、目の届かない場所でするしかないのが現状だ。先月、居間でイチャイチャしていたら、結以さんの我慢の限界を超えたらしく、それぞれ呼び出されて長時間叱られた。入学式の後で、家族で外食した際に、恋人みたいじゃないと結以さんに言われ公認を貰えたと思っていたが、あくまで表向きで繕って言っただけらしい。実は…結以さんが腹黒だった事にショックを覚えた。
兄妹でイチャイチャしていいのは小さい頃までだと、高校生にもなって恋人みたいな距離感でイチャイチャするのは、異常なことだという趣旨だった。
まぁ言いたいことは分かるので黙って聞いていたが、同じような内容で何度も何度も糾弾し始めた為、流石に結以さんであっても…堪忍袋の尾が切れた僕は、部屋が一つしかない事、ベッドも一つしかない事を逆に指摘したら、急に黙り込んでしまって現在に至る。何事も…自分の正義を振り翳し、相手の思いや考えを無視して、言い過ぎるのは家族でもダメだと思う。
実は、英莉菜は僕の前に呼ばれていて、大泣きしながら部屋に戻ってきたので、僕は頭にきていたのは事実なのだが、冷静に語り合えば何とかなると思っていたが、あそこまで結以さんがモンスターだとは知らなかった僕が甘かった。
だからあの日以降、僕は健吾さんとしか口を聞いていない。健吾さん的には、大きくなっても兄妹仲良いことは良いことだという考えのようで、結以さんは流石に言い過ぎだと、僕と英莉菜には言ってくれた。
まぁ…来年の四月まで頑張れば、英莉菜の立ち位置が変わるので、結以さんとのわだかまりも…一緒にとけて欲しいと僕は願っているが。
「あ…。英莉菜がよそよそしいのは、結以さんがうるさいから…なのか?」
「そうだよぉ…?お兄ちゃんは気楽で良いよね…。結局、結以さん論破して、反論できなくさせちゃった感じだし?結以さんの窓口役してる私の気持ちにもなってよねぇ…?」
なんだなんだ、そういう事か。あまり思い出したくなかったが、結果的に言えば思い出して良かった。
でも…仮にそうだとしても、夜中まで英莉菜が起きてる必要はないはずだ。絶対に何か隠してる。
「なぁ…?久しぶりに…したいなぁ、とか言ったら…英莉菜は怒るよな?」
「ちょっと待って!!お兄ちゃん…そういう事暫くしないって、言ったよね?!あぁ…。なるほどねぇ…。これで私が良い返事しなかったらさぁ…?朱梨さん呼ぶ気でしょ!?」
「一度に二人も相手に出来る心の余裕は、今はない。それに、朱梨さんはお母さんの海外ロケに同行してる筈だ…。だから、今だけは…英莉菜の天下だぞ?嫌なら嫌だって、正直に言ってくれよ?」
この連休に入る前、朱梨さんからお母さんの海外ロケに着いてくと言われた時、心中穏やかではいられなかった。
あんな可愛い子がそういうロケに着いていったら、どうなるか分かったもんじゃない。現地で彼氏等…親しい相手が出来てしまってもおかしくない。
「なーんだぁ…。お兄ちゃん…最低だねぇ?私で、気を紛らわせたかっただけなんだぁ…。なのでぇ…?断固拒否しまぁす!!」
「そ、そういう訳じゃなくてだな…?英莉菜と…スキンシップをだな…?」
ああ、僕は最低だ。図星かもしれない。
「スキンシップなら…毎日、寝る前に私…お兄ちゃんにしてるよね?あーあーもーガッカリ。お兄ちゃんじゃなきゃ…私、『死ねよヤリチ○クソ野郎!!』って言いながら、大事なところ殴ってるところだからね?お兄ちゃん、反省して。」
はぁ…やってしまった。今は英莉菜に何を言い繕っても、嘘としか聞いてくれないだろう。
「本当に済まない。英莉菜からの信用回復に努める。」
今日は、約二週間分撮り溜めていたアニメでもひたすら見ることにしよう。
夜中───
「(何を言っているか分からない)」
TVで撮り溜めたアニメと、動画配信サービスのアプリ内で配信されている見たことのないアニメを、ひたすら視聴し続けた僕は、目が疲れ果て二十二時過ぎにはベッドに一人横になって寝た。
ところが僕の眠りが浅くなった時だろうか、聞いたことのない言葉が…複数の声で聞こえてきて、僕は目が覚めてしまった。
だが、宇宙人が家に侵入した可能性もあった為、目を開けるのは躊躇ってしまった。