第十一話 妹(自称)と女友達と過ごす夜に①
四月八日、十七時十分────
「い、石川です…。お、お邪魔します…。」
「ええええっ?!本当に…暁人さんと同じクラスだった、あの石川さん!?」
十六時四十分頃、部室から出た僕たちは昇降口へと向かったが、二〜三年生は部活中の為殆ど居らず、一年生に至っては皆無だった為、特にトラブルも無く、スムーズに正門から出ることが出来た。
その後、朱梨さんの家へと寄りながら、我が家へと帰るコースになった為、いつもより少し時間が掛かってしまったのだ。
我が家の玄関を開けると、結以さんが出迎えてくれたのだが、石川さんの変わり様に驚きを隠せない様子だ。何故かと言えば、体育祭や文化祭等で石川さんを結以さんに紹介した事があったからだ。
「はい…。今日は…お世話になります。」
「暁人さんから、聞いてるわよ?うちの息子のこと、宜しく頼みますね?朱梨さん。」
「えっ?!あ、暁人くん…!?はい…。不束者ですが…精進させて頂きます。」
ちょっとした僕からのサプライズだ。その隣でムスッとした表情を英莉菜がしているのは、何故かは分かっている。でも、朱梨さんが快適に我が家で過ごすのは、これしか方法がなかった。
付き合い始めたとは結以さんにはチャットで送ったが、僕は彼女だとは言ってはいない。まだ朱梨さんは女友達なのだから。恋人になるにはもう少し、二人の時間が必要だと思うからだ。
──ガチャッ…
「ここが僕と英莉菜の部屋だよ?さぁ…入って?」
「え…っ?今、暁人くん…何て?」
サラッと僕は言ったつもりだったが、やっぱり朱梨さんには違和感があったようだ。まぁ、当然か…。
「お兄ちゃんはねぇ…?『僕と英莉菜の部屋だよ』って言ったんだよぉ…?」
「やっぱり…。二人って…本当に…。」
「ああ…。大抵の兄妹は、家庭の事情で一緒の部屋になるケースが多いみたいだよ?部屋がいっぱいある裕福な家庭ばかりじゃないからね?」
しかも、妹(自称)がこの家に来てから四日程度で、それ程僕と英莉菜の心の距離も近い訳ではない。
「そうそう!!私の家の場合なんてぇ…お兄ちゃんと机とベッド共有だからぁ…?」
こればっかりは、嘘をついてもしょうがない。果たして…ダブルベッドに三人は寝れるんだろうか…。朱梨さんを招待しておいて、心配になってきた。
「え、英莉菜ちゃん?!暁人くんと…一緒に寝てるの!?」
「仕方ないじゃないですかぁ…?お部屋もぉ…ベッドもぉ…一つしかないんでぇ…。」
そもそも居ない妹という存在を無理矢理作り出してるんだから、色々と設定に無理がある。恐らく…僕の両親の健吾さん、結以さんに対して、英莉菜はそういう滅茶苦茶な家族設定を、魔法か何かでしたのだろう。
「あ…。でも、私も…お母さんと同じ部屋で寝てるかも…。」
そう言えば…朱梨さんの住む家は、夢那先輩の住んでいるアパートだったので驚いた。朱梨さんも夢那先輩も、そんな雰囲気出したことは一切なかった。以前、夢那先輩の部屋に、僕は海野部長に連れられて、休みの日にお邪魔した事があった。確か、朱梨さんは用事があると言って、来なかったんだっけ…。
部屋の間取りは1Kだった筈なので、同じ部屋に寝るしかないのは、家庭の事情で仕方ないことだ。相手が知られたくない事は、例え知っていたとしても、無闇には言ったりしたくない。
「それそれ。同じ同じ。空き部屋無いし、仕方ないんだよ。」
「そ、そうだよね…!!英莉菜ちゃんと…暁人くんが一緒にベッドで寝てるのは…仕方なくだよね…。」
客観的に見れば、仕方ないと言えるだろう。英莉菜が、地球の人間に対し僕の妹と認識する記憶改竄の魔法なんて使うから、僕も仕方なく手を出せずにいる。解けるものなら、早く解いて欲しいくらいだ。
十八時四十分頃───
──コンコンコンッ!!
僕の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい?」
「健吾さん帰ってくるみたい。私、これから夕飯作るから、皆んなで居間にいらっしゃい?」
我が家の夕飯は、健吾さんが会社を出る時に結以さんにチャットが来るので、そこから作り始める。健吾さんが飲み会や残業で遅くなる時は、十八時前には夕飯になる。
「はーい。」
帰宅してから今まで、僕の部屋では授業で出された宿題が行われていた。部屋は十畳ほどある為、僕の勉強机は英莉菜に貸し出し、長方形のローテーブルで僕は勉強をすることに決めた。今日は、そのテーブルに朱梨さんと並んで、宿題を行っていたのだ。
「朱梨さん…ずるい!!お兄ちゃん…独占!!」
「英莉菜は机広く使えてるし、良いだろ?」
「良いでしょー?私が暁人くん、独占しちゃった。」
英莉菜はニコニコしながらも、こめかみ辺りがピクピクしている。朱梨さんは朱梨さんで、勝ち誇ったように満面の笑みを見せている。これはもう一触即発的な感じに見える。
「じゃあ、夕飯食べたらさ?僕が机使うから、英莉菜と朱梨さんでテーブル使ってくれるかな?」
「えっ?!」
「お兄ちゃん、私…隣に行きたかったのに!!」
そんなであれば、もうこうするしかないだろう。二人で仲良く頭でも冷やしていてくれ。
「ほらほら!!二人とも?居間に行こっか。」
──ギュゥッ!!
──ギュッ!!
「悪いけど英莉菜?ドア開けてくれるか?」
英莉菜には右手を差し出し、朱梨さんにも左手を差し出して手を繋ぐと、僕たちは部屋から出ることにした。
「はぁい…。」
──ガチャッ…ギィィィィッ…
「ありがとう。朱梨さんゴメンね?ドア閉めてください。」
「うん…。」
──バタンッ…
今日はまだまだ、三人でお風呂に入るという大イベントが控えてるのに、二人ともこんな険悪ムードのままで入れるのだろうか。
「あのさ…?二人とも、さっきまでみたいに仲良くしてて欲しいかな…。」
「元はと言えば、お兄ちゃんが悪いんだよ?」
「うんうん!!絶対、暁人くんが悪いに決まってるよねぇ?英莉菜ちゃん?」
あれ?二人ともどうした?!僕のせい…なのか!?でも下手に言えば、墓穴を掘る結果になるかもしれない…。ここは黙っている他なかった。
「やっぱりぃ?朱梨さんもそう思ってたんだぁ!?」
「そうだよぉ?英莉菜ちゃん!!」
「だからぁ…お兄ちゃんにはぁ…?二人でぇ…お仕置きしないとだよねぇ…?朱梨さん!!」
おいおいおいおい!!英莉菜、何を言い出すんだ!!
「じゃあ…英莉菜ちゃん!!決まりだねぇ…?」
「決まり決まり!!お兄ちゃんはぁ…?私とぉ…朱梨さんのぉ…言うことをぉ…お風呂でぇ…聞かなきゃダメぇ!!じゃないとぉ…私たち、お兄ちゃんのこと許さないからぁ!!」
黙っていたことが逆に致命傷だったようだ。それに、この妙に息のあった二人のやり取り。まさか…険悪ムードを演出しておいて、僕を油断させる作戦だったのか?!
絶対、これは事前に二人で打ち合わせしてたとしか思えなかった。でも…いつ、二人にそんな時間が…あったのだろう。今日、朱梨さんは僕と殆ど一緒に居たし、学校内で英莉菜と一緒に居たのは、朝とお昼と部活の時間だけだった。
だから、英莉菜と朱梨さんが二人きりで話せる時間なんて…ああ、よく考えればあった…。
帰宅している最中に、朱梨さんのアパートへと寄った際、僕は下で待っていたが、英莉菜は部屋の中までついて行ったのだ。
二人の名演技っぷりに、完全に僕はやられた。
「分かったから、もう…二人とも仲良くしてくれよ?」
「お兄ちゃんのせいで、朱梨さんとの仲が悪くなるかもしれないけど、それでお兄ちゃんが責任取る事になっても…仕方ないよね?」
はぁ…ダメだこれ…。