第十話 二日目の妹(自称)との高校生活⑤
四月八日、十六時二十五分頃────
急いで僕は帰りの支度を済ませると、2-Aの教室を出て二階にあるアニメ研究部の部室へ向かっていた。
その僕の右手には、異世界からやってきた妹(自称)で僕のことが大好きな英莉菜が手を繋ぎ、さらに僕の左手には、クラスメイトで同じ部活で僕と今日から付き合い始めた石川朱梨さんが手を繋いでいる。
本当なら両手に花という夢のような状況なのに、何故だろう凄く生きた心地が全くしない。
十六時二十二分頃(三分前)───
「お兄ちゃん?今日は、朱梨さんも一緒に家まで連れて帰るからね?」
突然、僕の教室まで多くの人だかりを引き連れてやってきた英莉菜は、教室に入ってくるなり僕に向かってそう言った。
「はぁ…っ?!朱梨さんも…!?」
「うんっ!!私ねぇ…?授業中に名案思いついたんだぁ…?あのぉ…良いですか?朱梨さんっ!!」
断ってくれ…断ってくれ…断ってくれ…断ってくれ…。
「本当に?!ついて行っても良いの!?英莉菜ちゃん…私が一緒で迷惑じゃない?」
おおおおいっ!!
「良かったぁ!!私はぁ…大歓迎でぇす!!今日はお兄ちゃんにとって、特別な日になると思うから…。」
嫌な予感しかしない。いやっ?嫌ではないか?英莉菜と朱梨さんが僕に何かしてくれるって事だろう?
英莉菜は発案者なのだから、何かしら覚悟出来ているとしても…朱梨さんはどうなんだろうか…。
「特別な…日に?どういうこと…なの?」
「それはぁ…?部室まで行く途中で話しまぁす!!」
廊下で話しても良い内容であれば良いんだけど…。英莉菜はそういう事気にせず言っちゃうタイプみたいだし。ん?よく考えてみれば、朱梨さんも同じタイプだな…。そういうタイプの子に好かれるのか…僕は。
十六時二十四分頃(一分前)───
「今日、お兄ちゃんの部屋でぇ…?私と朱梨さんがぁ…お兄ちゃんに初めてを捧げまぁす!!」
「ええええっ!?」
「はああああっ?!」
二階に降りる階段辺りで、急に英莉菜がそんな話を切り出した。流石に朱梨さんも驚きを隠せない様子だ。
僕は自分の予想を遥かに上回った話に、胸のドキドキと大事なところの膨張が治まりそうになかった。一度に二人の初めてを奪えるとか…夢のような話だが、責任という言葉が僕に重くのしかかる。
「え、英莉菜ちゃん…?暁人くんとは…兄妹ですよね…?」
「兄妹では結婚は出来ないですが、私とお兄ちゃんみたいに未成年同士で性的合意がある場合、法的にはグレーゾーンみたいです。」
英莉菜がまた真剣な口調になり、普段使わないような言葉をスラスラと言ってみせた。
「え、えっと…。あ、暁人くんは…英莉菜ちゃんの提案、ど、どう思ったかな?」
朱梨さんのドギマギした言葉が、二人の初めてを奪えると鼻息荒くしていた僕を冷静にさせてくれた。
「はぁ、そうだね…。今の僕達には、その段階にいくのはまだ早いと思うんだ。一緒のベッドで寝るくらいなら…良いかもだけどさ?」
「お、お兄ちゃんのバカぁ!!本当に…一緒に寝るだけで良いの?私…本気で考えたんだよ?」
本当に目の前の二人が、本当の意味での好きなのかも分からないまま、進んでしまうのが僕は嫌だった。
「今焦ったばかりに、僕は二人とも失いたくないからな?英莉菜は、この前風呂で僕の見て分かってるだろ?」
それに、その問題もあるから仕方ない。二人があの大きさに耐えられるのか、正直不安だった。まずは…実際、見てもらってイメージ作りして貰えた方が良いだろうし。
「あ…。バケモノだったよねぇ…。朱梨さん…期待させちゃって、ごめんなさいっ!!一度、ご覧頂いた方が良いと思いまぁす…。」
「英莉菜ちゃん、謝らないで?私たち三人のこと、色々考えてくれたんだよね?でも…暁人くんが、バケモノってどういう意味…かなぁ?」
僕のが英莉菜にバケモノ扱いされてるのは、かなりショックだ。バケモノなんて言うか?普通…。
「ではではぁ…朱梨さん?今日、三人でお風呂に入りましょう!!百聞は一見にしかずですからぁ!!」
「じゃ、じゃあ…お言葉に甘えて…。いつも私の家、夜は私一人だから、寂しいなと思ってたから…。」
それは初耳だった。いや、今まで自分の家の話なんて、朱梨さんが僕に言った事なんてなかった。
四月八日、十六時二十五分頃────
そんな訳で、朱梨さんが今夜僕の部屋に泊まることが確定した。しかも、三人で一緒に風呂まで入るようだ。バケモノと英莉菜から言われた僕のを…朱梨さんに見られるのだ。ああ、今から気が重いな…。
「朱梨さんはぁ…お兄ちゃんとぉ…お付き合いされてるのでぇ…?味見しちゃってオッケーですからねぇ?」
「う…うんっ!!そ、そうだよねっ…。私たち…付き合ってるんだもん…。ねぇ…暁人くん?それくらい…いいよね…?」
英莉菜め…!!またかよぉ…。女の子に言わせておいて、断れるはずないじゃんか…。
「い、嫌じゃなければ…。ダメだと思ったら、僕のことは気にせず…すぐやめて良いから!!」
僕が生きた心地が全くしないのは、そういう理由からだった。
──コンコンコンッ…
部室前まで着いてしまったが、こんな気分の上がらないのは初めてだ。
「どうぞー?」
──ガチャッ…
「来た来た!!って、可愛い子二人も引き連れてのご登場の癖に、暁人なんだその浮かない表情は!!」
「あらぁ?本当ねぇ。朱梨ちゃん?お宅の暁人くん、どうしちゃったのかしらぁ?」
部室に入って早々、海野部長と夢依先輩から心配される始末で、よりにもよって朱梨さんに話を振られてしまった。
「暁人くんは…バ」
「お兄ちゃんはぁ…慣れないことし過ぎでぇ…パニックになってるんですっ!!」
英莉菜…ナイスカット!!バケモノとか言われても意味不明だからな…。
「海野くん?部員は全員集まったのか?」
部室の奥にある衝立の向こうから、影山先生らしき声が聞こえてきた。
「はい!!これで全員です。」
「そうかそうか。今から、皆んなに話したいことがあってな?」
アニメ研究部の部室は、教材置き場として使われていた縦長の部屋が長年使われておらず、そこを夢依先輩の力を行使して部室として使えるようになった経緯がある。
部室に置かれている、テーブルやソファ等の備品の殆どは、夢依先輩が寄付したものだ。部屋の奥の衝立はコスプレする際、着替えが見えないように置かれている。
その衝立の影から、影山先生が急に飛び出してきたのだ。
「わぁ…っ。」
「やばっ…。」
どこから借りてきたのだろうか、賎宮高校の制服を影山先生は着ていたのだ。JKと言っても全然通用するし…どこか英莉菜に似た雰囲気で、凛々しさよりも可愛らしさが優っている。
「どうだぁ?先生のJK姿はぁ?」
「つ、付き合って…下さいっ!!」
──ドスッ!!
ふざけてか本気か海野部長が影山先生に向かって言った瞬間、夢依先輩のボディブローが決まった。
「ぐふっ…。」
「まぁ、それでだ。今日から私が、ここの顧問の先生だ。宜しく頼むぞ?」
──パチパチパチパチパチパチ…
床に崩れ落ちた海野部長を尻目に、影山先生への拍手喝采が巻き起こった。
「これで、アニメ研究部は安泰ですね!!」
嬉しそうに朱梨さんがそう言った。
「私、入部したいです!!」
「ごめんな?英莉菜。これから部活紹介が行事としてあるから、その日以降から体験入部期間になって、正式な入部ってなるんだ。だから、今すぐは無理なんだ。」
「ああ。まだ一年生は、帰宅期間だったな!!ここに英莉菜が居るのは、内緒だからな?」
「私、帰ります。お兄ちゃん、朱梨さん、一緒に帰ろう?」
すっかり、英莉菜が一年生だと言うことを忘れていた。部活は、海野部長達に暫くの間は任せる事にして、英莉菜が体験入部可能になるまでは終礼が終わったら、一緒に下校することに決めた。
果たして、影山先生の送迎なしで、僕たちだけで無事帰れるだろうか…。