第一話 異世界からやってきた妹(自称)①
四月五日────
まさに今、僕は夢を見ている。
子供の頃、不思議な体験したあの日の夢を。
それは僕が四歳の頃の話だ。近所の公園へと、母親に連れられて、毎日のように遊びにきていた。大体居るメンツは変わらず、母親のママ友とその子供が殆どだった。
あの日も、いつもと変わらないメンツで、公園でのルーティンを過ごすだけの筈だった。
でも確実に何かが違っていたのだ。普段見かけた事が一度もない、日曜日のプリキ○アに出てくるようなヒロイン風の美少女が一人で公園を歩いていた。背は僕より小さくて、髪は背中まである程に長くて銀色に輝いていた。そう、肌は真っ白で目の色も蒼くて…本当にアニメの世界から飛び出してきたみたいだった。
その頃の僕は、アニメの中でも美少女が特に好きだった事もあって、思わずその子に声をかけてしまった。
「ねぇ!!きみ、かわいいね!!」
恐らくその子は外国人だったのだろう、僕の言葉が通じなかったようで、一瞬キョトンとした表情を見せたが、僕の方へとニコニコしながら近づいてきた。
そして、女の子は僕の目の前まで来ると、ニコッと微笑んだかと思ったら、スッと手を差し出してきた。握手を求められたんだと思って、僕は咄嗟に汚れていた手をズボンで拭ってから、女の子の手をそっと握った。
──ギュッ…
──ビュンッ!!
手を握った次の瞬間、見知らぬ場所に僕は女の子と立っていた。辺りの空には黒い雲が立ち込めており、時々稲光が走っていた。まさにアニメでいうところの、敵役が住まう場所のイメージそのままだった。
ふと女の子の方を見ると、僕の方をずっと見ていたようでバッチリ目があってしまったが、僕に向かってニコニコしたままだった。こんな可愛い女の子に見つめられ続けることはないので、僕はかなり照れ臭かったが、なかなかこんなチャンス来ることはないと思ったので、じっくりと可愛いお顔を堪能させてもらう事にした。
「もーっ…お嬢様っ!!探したんですよー?って…連れてきちゃダメですって!!」
そんな二人だけの空間をぶち壊すかの如く、僕たちの背後から大人の女性の声が聞こえた。お嬢様と呼んでいたので、やはり僕とは住む世界の違う高貴なお身分なんだなと、子供ながらに思った。
まぁ…それは思い返しての後付けで、アニメをよく見ていたせいで、お嬢様とはそういう存在と理解できていただけなのだが。
──ギュウウッ!!
背後から足音が近づいて来るに従って、女の子の僕の手を握る力が強くなった。背は小さいのに女の子の握る力は、僕の母親くらいの強さを感じるくらいだった。
「もー!!お嬢様…?私、何度も…もし遊びに行っても、絶対に連れてきちゃダメですって…お伝えしましたよね?」
──プクゥーッ!!
──ブンッ…!ブンッ…!
背後からの使用人さんと思しき大人の女性の声に逆らうように、女の子は頬っぺたを可愛く膨らませて、何度も首を横に振ってみせた。女の子のその姿ときたらもう…可愛いのなんの、今でも思い出せるくらいだった。
「では、お友達の方をお送りしますので、お嬢様?握られている手を、離していただけますでしょうか?」
その時、何故か後ろにいる女性の方を向こうと思っても、どうしてか振り向くことが出来なかった。仕方ないので、僕は女の子の顔を目に焼き付けようと、じっくりと眺めるくらいしか出来なかった。
──チクッ…!
「いたっ…?!」
膨れっ面から先程までの笑顔に女の子の表情が戻った瞬間だった。僕の手のひらに細い針で刺されたような痛みが走った。気がつけば女の子の手は僕の手から離れており、先程まで握られていた手を女の子が振りながら、僕のすぐ目の前へと立った。
──チュッ…
「んっ…?!」
いきなりだった。女の子は僕の唇に柔らかな唇を、そっと重ねてきたのだ。しかも僕を見つめたまま。
そう、僕は四歳にして見知らぬ場所で、名も知らぬ美少女に初キスと心を奪われていたのだ。
「お…お嬢様?!おほんっ…!それでは、お友達の方。元の場所へ戻りますね?」
そっと女の子は後退りするように、僕から離れると、ウインクしてきた。
──ビュンッ!!
まるで女の子のタイミングに合わせたかのように、僕の目の前が一気に明るくなった。
気付けば、目の前から女の子の姿は消えており、先程公園で女の子の手を握った場所へ、僕一人だけが戻ってきていた。
だから、これは一発で僕は夢の中にいると分かったのだ。
さて、初恋の思い出の夢に浸っていないで、そろそろ起きよう。そう思って、ゆっくりと僕は目を覚ました。
そんな僕の名前は、藤邑暁人。四月も過ぎたので、始業式を迎えれば公立高校の二年にあがる十六歳だ。
日本の静岡のごく一般的な収入の核家族の為、両親はひとりっ子という選択をした。その為、僕は両親の愛を一身に受けて育ってきた。
その為だろうか、両親は僕が好きなものについては否定することなく、とことん飽きるまでやらせてくれている。だから、幼少期にアニメが好きだった時は、TVを録画してくれたり、DVD等を借りたり、映画を観に行かせてくれていた。
我が家は、お金には恵まれてはいないが、容姿については両親共に恵まれていた為、僕も恩恵に預かっているようなのだが、未だに彼女が出来ない。何度か告白された経験もあるが、どうしてもあの時の少女とのキスが、頭を過ってしまい…折角の告白を断ってしまっている。なので、彼女の出来ない原因は僕にあると言える。
──ムニュッ…
「え…?」
いつも通りに自分の部屋のベッドの上で寝ていた僕は、いい加減に起きてスマホでも見ようと、腕を動かしたところ、何か柔らかい感触が僕の右の肘から伝わってきた。
恐る恐る、僕は眠たい目をゆっくりと開けると、右側に顔を向けた。
「…!?」
あり得ない光景に思わず、大声を出しそうになったが、僕は必死に堪えた。
何と…僕のベッドの右側で、可愛らしいパジャマ姿の同年代くらいの女の子が、昨晩寝る前までは確かに置かれていなかった、レースがあしらわれた枕へと頭を乗せ、とても気持ちよさそうに寝ていた。
確かに僕のベッドは、高校にあがった際に両親が、もし彼女が出来た時困るだろうとダブルベッドにされたので、大人二人寝ても十分な広さがあるが、さっきも言った通り、僕には彼女などいない。
女の子を起こさないように、そっと僕はベッドから起き上がると、枕元のスマホを手に取った。
──パシャッ…
このおかしな状況をいち早く両親に伝えようと、スマホで寝ている女の子の写真を撮ると、そっとベッドから降りた。撮った写真をよく見てみると、女の子の可愛いらしい寝顔をしており、僕はドキッとしてしまった。
ああ、この子の寝顔に見惚れている場合ではなかった。この子が凄く可愛いことは認めざるを得ないが、状況的に言えば明らかに不審者なのだ。
──ガチャッ…
自分の部屋を出た僕は、今更ながらスマホで現在の時刻を確認した。するとまだ、スマホの時計では六時になったばかりだった。
この時間ならまだ両親は寝室にいる筈だ。そう思って両親の寝室へと家の廊下を進んだ。
──コンコンコンッ…
「ねぇ、起きてる?」
「どうしたの?こんな朝早く。」
「部屋入っても大丈夫?」
僕の母親で結以さん、自称二十歳(嘘)が反応してくれた。まぁ、二十代と言っても通るのは本当で、未だに街で買い物中若い子にナンパされるようで、満更ではない様子だ。その話を父親の健吾さん、四十歳が聞かされた日の夜は…夫婦の激しい営みが行われるのが通例になっている。
まぁ…夫婦の仲が宜しいことは、良いことなのだが廊下まで結以さんの艶かしい声が漏れてくるのは、思春期の僕としては生殺しなので勘弁して欲しい。
「暁人さん、今日は大丈夫よー?」
「はーい。」
確認せずに入ると、前述の通りでお楽しみの痕跡が凄い場合があるので、中学頃からは確認するようになった。
因みに僕の家ではそれぞれのことを、下の名前にさん付けで呼んでいる。変かもしれないが、僕は何か大人って感じがして好きだ。
──ガチャッ…
「ねぇ!!健吾さん、結以さん!!この写真見てよ!!」
「どうしたの?見せて見せて?」
「ん?自分の妹の寝顔が可愛く撮れたって見せに来てくれたのか?」
「ほんとねー!!可愛く撮れてるじゃないのー!!」
確かに今、健吾さんは写真に写る女の子の事を、僕の妹だと言っている。結以さんもその話に同意して喜んでいるではないか。
「朝早くにゴメンね!!」
訳が分からなくなった僕は、両親に軽く謝ると部屋を後にした。