神歴第二十七の年 芽吹の刻
長かった冬ももうじき終わり。
日に日に、陽光が暖かさを増し、雪を溶かして小川に注ぎ込む。
雪解けの川の中で、魚が跳ねる。
この時を誰よりも待ち侘びていたものが二人。
ルーアと、アイザックである。
ルーアは新大陸へ向かうための準備をシャムスと、ヨナの子ども達と整えつつ、アイザック達の手伝いもしていた。
アイザックは、冬の間にメハムとハットと話し合いを何度もして、神に報告をして、村の端に道を作るところから始めた。
歩いて二日程の距離の谷の先に、橋を掛けて、その先の丘に町を作ることにしたのだ。
村と神殿を守るために、見晴らしのいい丘からすぐに迎撃できるようにした。
また、崖をわざと切り崩して広げ、昏きものが易々と越えられないようにして安全性を高めるためだ。
ハットとアイザックとメハム、あとはカマルや賛同してくれた者達と協力して作り始めたが途方も無く時間がかかることに頭を悩ませた。
「中々に手間暇がかかるね。」
額に汗を光らせながら、それでもにこやかにハットが言う。
「これ、使って。」
と、カマルが清潔な布を手渡す。
ハット礼を言いながらそれを受け取り、汗を拭く。
「それまた洗うから。返して。」
と、悪いからいいよなどと、断る間もなく目にも止まらぬ速さで汗を拭いた布をハットから受け取ると、布を大切そうに懐に仕舞い込むカマル。
「カマルちゃん!俺も汗がさー!」
と、アイザックが言うと、
「何故私に言う?すぐ乾く。」
と、興味なさげに返す。
「つ、冷てえ!」
と、泣き真似をするアイザック。
「ふざけてる時間はない。早く動く。」
と、メハム。
こうして、色々とありながらも、村から町までの道を半分ほど作り上げた。
しかし明らかに、町を作るところまで考えるとまだまだ途方もなく時間がかかることが予測されていた。
そうしてつい先日、ルーアとシャムスが手伝いに来てくれたのだ。
最初は様子を見に来ただけであったが、
「せっかくだからちょっとやって行こう!」
と、ルーアが言い出した。
来てくれたことでわかったが、道を整備し、橋をかけ、町の住居を作り、崖の迂回路をなくすための大樹の壁を築くことにシャムスの力が何より必要だった。
そのためルーア達の出航は、町の完成を待ってからとなった。
強度のある蔦を持つ植物を強く絡ませながら成長させて道を作り、更に巨大な蔦で橋をかける。
町の家は木々を大きく育てて、それらを枯れない程度にくり抜いて作り上げた。
元々アイザック達が道を作るのに掛かった日数の、その半分ほどの期間。
一月ほどかけて、いよいよ春を迎えた頃に町は完成を迎えた。
「良かった。な?」
と、珍しく少し笑って、アイザックに言うメハム。
本当は誰よりもメハムの為にこの町を作ることにしたのだが、
「ああ…みんなありがとな!でもここからだぜ!」
と、今は感慨深い気持ちと、これからの展望に胸を熱くするアイザック。
「いやー、よかった!これであたし達の出航もいよいよだね!」
ルーアが大きく伸びをしながら、わくわくが止まらない!と、宙を舞いながら言った。
「そうだ、これを使ってください。」
と、シャムスが差し出したのは大きな木の種子。
「人が増えてきたらきっと必要でしょうから」
と、シャムスの聖気を込めたそれは、地面に埋めると発芽して、すぐに大木となるように準備されたものだった。
「すごく助かるよ。」
ハットがそれを受け取り、町で最も大きな木の家の中に保管する。
「もし足りなくなれば、新大陸から戻った時にでも言ってください。」
と、シャムスが言う。
「戻る?」
メハムが、ずっと向こうに住むのではないのか、と問いかける。
「勿論冒険のために住むよ!でもほら、たまには皆んなに会いたいじゃない。」
横から代わりに答えるルーア。
「そうか!それは良かった!俺なんかはもう見送りの時に鼻水ちょちょぎれるかもと思ってたんだ!」
アイザックがわざと泣き真似を挟みながら言う。
「鼻水?具合でも悪い?」
と、不思議そうにしているメハム。
「いいや、メハム。今のはアイザックがふざけて行った冗談でね…「おいおい!冗談に本気で乗っかるんじゃねえ!あと、説明は一番やっちゃいけねえ!やめろお!」
と、ハットが親切にメハムに説明しだしたところで、アイザックが耐えきれず叫ぶ。
思わず皆笑い、その後町の完成を祝い、皆でささやかながら宴をした。
これから先の未来は、きっと明るくなるはずだ。
そんな期待が、この時期の木々の新芽の様に大きく膨らんでいた。