神歴第二十七の年 白銀の中の灯り
年が明け、今年も冬がやってきた。
空には厚い雲がかかり、しんしんと積もる雪。
例年では膝丈にしかならない雪が、今年は既に腰まできている。
皆家の除雪や、道の整備に忙しくなる事はそれ程無かった。
毎朝ギデオンが村中を回って、愛剣に纏わせた焔で、雪を溶かして周る。
ヨナが雪と雪解けの水に聖気を通わせて操り、川に流す。
ルーアも風を使って、屋根を吹き飛ばしそうになったので、今は道に積もった雪を両側に飛ばして固めている。
予想外の積雪ではあったが、聖気をもつもの達のお陰で、そう困らず過ごせたのだ。
雪に阻まれてなのか、冬に入ってから昏きものの襲撃もない。
遠出することは出来ないが、その分皆家族で暖かな時間を過ごしていた。
頭に積もった雪を振り払いながら、作業を終えたギデオンも家に着く。
扉を開くと、
「ギデオン!お帰りなさい!」
と、ハンナが満面の笑みで出迎える。
「お…おう、ただいま。」
少しどきっとしながら、差し出された布で頭を拭きつつ、暖炉の前にそっと腰を下ろした。
ぱちぱちと、薪がはぜる音に耳を傾け、
揺らめいて形を変える火を見ながら、あの師弟対決の後の事を思い出し始めた。
ケセフが気絶した後、皆に賞賛と、少しの畏怖を持って見られた。
怖がらせてる様ではいけねえ。
もっと皆に信頼してもらえる様になろう。
そう思った。
変わらず接してくるヨナやルーアやハット、メハムなどの存在は有り難かった。
アイザックなどは、
「おおおおう、げ元気かー?」と、ガクガクしているし、
ヨナの子供達も、「ケセフさんをやっつけたな!」
などと怒りながら追い回してくる。
微笑ましいと言えばそうであったが、皆から受け入れられたいという気持ちと、
信頼されなければならないとのケセフからの教えが自分の中に強くあるのを感じていた。
そのため進んで皆に協力していた。
大きく変わったことといえば、ハンナについてだ。
ケセフはあの翌日に目を覚ますと、ギデオンを呼びつけた。
何を言われるかと冷や冷やしながら向かった先で、
窓辺のベッドに座ったケセフから、
「よろしく頼んだぞ。」
と、見たことがないほど優しい口調で、一言言われただけであったが、
師匠として、父親として、大きくなった弟子と子供に寂しさを抱きつつも、その成長と行く末を信じてくれている事が伝わり、何故か涙が溢れた。
その日の夕方にハンナが、大荷物を病み上がりのケセフにも持たせながら自分の家に来た。
「よろしく頼んだ」の中身が、まさかハンナとの同居も含まれているとは思わなかったため、
あの涙を返して下さいと思ったことは心に秘めてある。
少しは表情に出ていたかもしれないが、ケセフはこちらを努めて見ないようにしていた為、伝わらなかった
…はずだ。
そうこうして二人での生活が始まった。
春になれば、神様の所へ行き、具体的な指示を頂戴して、世界を周るつもりであったため、その準備を整えるのには都合が良かった。
ハンナはいつの間にか、隣に座っており、二人で何を話すでもなく暖炉の火を眺めていた。
薪がはぜる音、少し聞こえる風の音、二人分の呼吸。
ギデオンは静かな時間を感じていた。
揺れる暖炉の光に照らされるハンナの姿が目に入り、ギデオンは思わず息をのんだ。
胸の奥が軽く跳ねる感覚に、彼は戸惑いながらも、その静かな時間を心地よく感じていた。
「こういうのも、悪くはないな。」
と、思わず口をついて出たギデオン。
無意識に出たその言葉に、ギデオンは自分で驚いた。
顔が赤くなるのがわかる。
ハンナに聞こえただろうか、どう思われただろうか――とちらりと横を見ると、にやにやとした笑顔が返ってきた。
「なんてなんて?もう一回言ってくれてもいいよ?」
と、抱擁でもしそうな勢いでにじり寄ってくる。
「くっ…訓練してくるから!」
と、赤らんだ顔を隠す様にして、素早く立ち上がると、逃げるように外へと飛び出した。
ハンナはその後ろ姿に、
「意気地なしー!」
と、叫びながら、楽しそうに笑っていた。
声を背中に外へと出たギデオンは、冷たい風に当たって少し息をついた。
しかし、心の中にはまだ暖かな火が灯っていた。
それが、彼の新たな一歩を照らす灯火となることを、彼自身も気づいていた。
外には静かに雪が降り、村を、世界をしばしこのまま…と包み込んでいる様だった。