神歴第二十六の年 神託の騎士
報告も、謁見も…概ね上手くいったはずだ。
そうだったと思いたい。
美しい白亜の神殿。
その最奥の、神の間。
先ほどまでの穏やかな、慈愛の溢れる空気と異なり、空間そのものが押し寄せてくるかの様なびりびりとした重圧に、一挙手一投足が抑え込まれるような気がする。
扉から数歩内側の床に跪き、頭を少し下げた姿勢のまま、一人残されたギデオンは恐ろしく冷や汗をかくこととなっていた。
何がいけなかった…?何処を間違えた?
自問自答するも答えは浮かばない。
急速に喉が乾く。鼓動が煩い。視界が狭くなるーーー
神の、どこまでも慈悲深く、力強いその威光が、急転、圧倒的なまでの覇気として自らを押し潰すような、そんな感覚に陥っていた。
そうして神の言葉が、嵐の前の静寂の様に迫り来る。
『さて。ギデオン。』
凄まじいほどの圧力を一言一言から感じる。
次の言葉が紡がれるまでの一瞬が、まるで永遠よりも長く感じる。
神の背後から差す光は、虹の様に鮮やかであったはずなのに、今では全てが灰色に染まったかに思える。
ああ…ここで終わるのか。
唐突にそう思ったギデオンの脳裏には、ハンナの姿が浮かんだ。
なんでこんな時にーーーと、思ったところで、続く神の御言葉に耳を疑った。
『一つ、私に仕えてみないか。』
と。
「は…はい?」
思わず呆けたような顔になり、空気の漏れる様な声が出た。
『いや、冗談ではないぞ。お前のその信仰と、使命と己が信念を貫こうとする姿を見て、我が手足としたいと思ったのだ。』
そう、心底真剣な表情で応えられた。
「つ…つかかえるとはどういったことでありましょう。」
まだ緊張が抜けず、片言となるギデオン。
『我の前でなにをふざけておるか。ご機嫌取りのつもりなら良い。娯楽は不要だ。』
手を顔の前でパタパタと振りながら、薄らと笑みを浮かべる神。
「す、すみません!それで、その…」
ギデオンは、神のその姿を見て、不敬とならなかったことと、不興を買ったわけではないことを察した。
そうして、少し落ち着きを取り戻して尋ねた。
『昏きものはまだ襲撃をしてくる。そしてそれを操るものもだ。』
と、予想だにしない返答が返ってきた。
さらに、
『操るものについてはわからぬ。ただ、我と同格に近い程の力を持つものだ。』
と、神は言葉を続けた。
先程のようにぽかんと開けそうになった口元を引き締めて、真剣な眼差しに変わったギデオンが尋ねる。
「それは…つまりあの卑劣な昏きものと同格のものが、それより遥かに強大なものに率いられている。という事ですか。」
『そうだ。そして、お前にはそれらを探し、先駆けとして討って出て欲しいのだ。』
神の放った威圧感の様に感じたものは、この命を下す前の神の覚悟か決意か…そういった類のものであったのだろう。
全てを背負って立つ神の、自分などへの配慮。
それに気付き、自らを奮い立たせた。
そうしてギデオンは既に決まっていた答えを伝えた。
「俺には成さなきゃならない、力を持つものとして大勢を守る使命があります。そして…もっと守るための力を持ちたいという願いも。」
危険に晒してしまった仲間たちの表情を鮮明に思い出しながら、拳を胸の前に握り、顔を上げて神をじっと見据えて続ける。
「きっとそれは、慈悲深きあなた様にお仕えして、その先兵となってこそ叶うのだと感じました。」
よろしくお願いします。そう続けて深々と頭を下げたギデオン。
『…愛しき子よ。お前に聖なる力と愛を更に授けよう。尽くすが良い。』
今、神自身が動くわけには行かなかった。
姿の見えない敵を探しに、守りと役割を放棄してしまうことの危険性に、本能も、「知識」も警鐘を鳴らしていたからだ。
故に、一瞬申し訳なさそうな表情になりかかるのをぐっと堪え、瞳に、全身に神気を更に増し、ギデオンに出来る限りの祝福を与えた。
それは遍く全てを照らす程眩ゆい光となってギデオンに降り注いだ。
何の迷いもなく頭を深く垂れて、更なる祝福の光と、過酷な運命を受けるギデオンのその姿は、正しく神の騎士であった。