神歴第二十六の年 再会の光
陽光が朝顔を出す前から、空が薄らと白み、山陰に沿って明るくなり始める頃、鳥や虫の声が響きだす。
少しずつ気温が上がり、それでもまだ爽やかな緑風が吹く。
そんな風がそよそよと窓から入ってくる。
日中の喧騒が始まる前の静かさの中、子供達を起こさない様に、穏やかな空気が包み、寝息が幸せそうに木霊する部屋を出るヨナ。
扉を閉めると、既に起きていたエーレからそっと朝食を受け取り、抱擁を交わすと家から出た。
そうして、ケセフ、メハムと合流して、朝の鍛錬に励むために日々早朝から出掛けていた。
この日も林を抜けた先、鍛錬のために行き来する中で踏み固められた道を通り、一刻程。
海の近くの開けた岩場にやって来た。
いつもよりも多く付いて来る動物達に挨拶をし、撫でてやりながら、
「そろそろ離れていてね。」
と、声を掛けると、皆離れた位置に移動して、これから始まる鍛錬を見守るようにじっとしている。
しかし、この日は白い鳩の番だけがいつまでも鳴きながら何かを訴えている。
それらはケセフにも同様に、頭上をくるくる回ったり、肩に停まってみたりと忙しなく何かを伝えている。
「煩い。」
寝起きで、更に鍛錬の邪魔をされて気が立っているメハムが追い払おうとするのをヨナが止めた。
「待ってね。何か伝えてるんだよ。誰かが来た?のかな?」
動物達と心を通わせられるヨナに、鳩たちから伝わったのは誰かがこちらに来ると言うことであった。
「来ると言っても海辺にわざわざ朝から誰か来るだろうか。気配はしないが、少し警戒しておく方が良いかもしれんな。」
そうケセフが言った時、潮風に乗って何かが聞こえた。
それはどこまでも響き渡る様な白鯨の、ご機嫌な歌声であった。
ケセフからすると義理の父にあたる為、先ほどとは少し異なる意味で緊張を浮かべるケセフ。
海の、水平線の向こうから、徐々にその姿が明らかになってくる。
「煩い。」
むすっとしながら言うメハム。
しかし、あまりの白鯨の速度に気付き、
「…速い。」
と、驚愕を顔に浮かべた。
「確かに速いな。」
と、ケセフ。
「そうですよね。ぶつかりませんかね?」
とヨナ。
徐々にこちらへ迫り来る白鯨の表情は楽しげだが、後ろの、曳かれている船の一同の表情が固くなっているのが見てとれた。
何か叫んでいる様だが、波を掻き分ける音と、白鯨の歌で聞こえてこない。
「仕方ない。」
溜め息をついたあと、ケセフが剣に纏わせた水で防壁を作り、
「合わせます。」
ヨナが水流を操り逆波を立てて、白鯨の進行を急激に遅らせる事に成功した。
そして、
激しい波飛沫と、白鯨が防壁にぶつかる音。
衝撃が辺りの水面に、高く白い波を立たせて、やっと白鯨と船は動きを止めた。
「いやぁ、こんなに快適に体が動くのは久々で興奮してしまったわ。はっはっは。」
と、悪びれもなく宣う白鯨にじとっとした目線を送りつつ、新大陸に向かった一同が船から降り立った。
「お爺ちゃん、あたしは楽しかったよ!またやろうね!」
と、唯一笑いながらとんでもないことを言うルーアに、ギデオンが拳骨を落とす。
「痛っ…たいなあもう!何するのさ!」
と、頭を押さえて怒るルーアに、
「お前が風の勢い弱めないせいでこうなったんだろうが!ばかやろう!」
と、怒り心頭に言うギデオン。
「も、もうその辺りで…」
と、ルーアを懸命に庇おうとするシャムス。
変わらずにこにことその光景を見守るハットと、ハットにくっついているカマル。
そして、
「父様!」
ハンナがケセフに飛びついた。
「無事で何よりだ。」
ケセフは薄っすらと目尻に涙を浮かべながら抱き止めた。
ケセフに頭を下げながら、
「無事、役目を果たして戻りました。」
と、ギデオンは腹の底から響かせる様な声で言った。
厳しい戦いを経た為か、一回り大きくなった様に見える弟子の姿に目を細めるケセフ。
「ああ。よくやった。お帰り。」
一年ほどと、予想よりも早く、しかし壮絶な戦いを果たして、役目を終えた一同を、暑いくらいに暖かな朝日と、変わらぬ仲間たちが出迎えたのであった。