神歴第二十六の年 岐路
日差しがより熱を増し、近くの島の青葉を揺らした薫風が頬を撫で、船の帆をばたばたと旗めかせている。
煌めく波飛沫に、白鯨のご機嫌な歌が響く。
ここは新大陸と神の座す大陸の丁度中頃の海の上。
船は、来る時よりも増えている人数を物ともせず、海の上を滑る様に、遥かに速い速度で移動していた。
「風が気持ちいいー!」
使命からの開放感と、自由を満喫するかの様に、
ルーアは舳先にぶら下がり、船の帆を風の聖気で後押ししながら海風を堪能していた。
カマルは、相変わらずハットの隣に陣取り、じりじりと距離を詰めながら、
「命まで救われたら、この身を捧げてお礼するしか…」と、迫っている。
そんなことをしながらも、盾を召喚して船の後部に風受けとして、船の底に衝撃吸収用としてそれぞれ固定して、
より安全に速度が上がる様にしているのだから、器用などという水準をはるかに超えた才を発揮している。
新大陸に向かった一同は、神への報告の為の帰路に着いていた。
カマルの目覚めの後、全員で大陸を探索することとした。
二月程の間に、毒の沼地と化していた緑豊かな平原の先の砂漠地帯や、遥か遠くまで続く平原を旅した。
ルーアとカマルの船への強化ともいえる効率化は、この旅の中で編み出したものだ。
シャムスの編み上げた木の船に、盾を取り付け、風で押して。
まるで陸を走る帆船の様にした乗り物を用いて、驚異的な速度で探索を行った。
ギデオンは何か言いたげであったが、
ハンナの「これなら早く帰ってお父様達を安心させてあげられるね。」
と言う笑顔の前に何も言えなくなっていた。
そうこうして、どうやら大陸の反対側、海の見える所まで来て、昏きものの姿を認めなかったために、この度の探索を終了とした。
そして報告のために帰路についていたのである。
「ねー、あたしさー!」
風に吹かれながら、大声でルーアが皆に呼びかける。
「どうしたんだー!」
揺れが控えめになったことと、肩の荷が降りたことで機嫌の良いギデオンが応える。
「報告が終わったら、新大陸に住むよー!」
と、突飛もないことを言い出した。
「なんで!どうしてです!」
シャムスが誰よりも取り乱しながら問い掛ける。
一同も頷く。
「いやさ、あたし達、びゅーんっと飛ばして色々見てきたじゃない?」
皆を見つめたあと、思い出すかの様に目を閉じて言うルーア。
それはお前の発案だろう!と言いかかったギデオンを、ハットがにこやかに視線で止める。
「でも、その中に見落としてるわくわくするものが色々ありそうでさ!見たくなっちゃった!」
屈託のない笑顔で、ルーアがそう言うと、もう誰も何も言えなくなった。
白鯨だけが、「ほっほっほ、若いうちに冒険はするもんじゃなぁ」と、歌う様に応えた。
こうして、神様への報告の後、ルーアと、それについて行くと言ったシャムスの二人は新大陸へ戻ることとなった。
海はどこまでも青く、空は陽の光で煌めいて、
ルーアは薫風と、これからの冒険に胸を膨らませて、誰よりも晴れ晴れとした表情を浮かべるのであった。