第二十六の年 息吹
雪は溶け、小川となって山より野に流れてゆく。
鳥が囀り、新芽が土から顔を出して陽光を浴びて、葉の上の朝露が陽の光を反射している。
春の訪れを感じさせる情景が窓の外に広がり出した頃、カマルは目を覚ました。
「ん…ここは?」
喉が引っ付く感覚がして、掠れた様な声が出る。
同時に、扉の開く音と、水差しの水を溢した音が響く。
「カマル!良かった!」
涙ぐみながらハットが駆け寄る。
「ハット…痛いよ」
思わずカマルを抱きしめたハットに、少し困惑しつつ、照れながらカマルは言った。
あの戦いから半月近く、カマルは目を覚まさなかった。
ギデオンが翼を持つ狡猾な昏きものを討ち、ハットとカマルを除く一同は山向こうを見に行った。
山頂から見下ろす、山の反対側は、瘴気が立ち込め、大地は毒によって、荒れて腐敗していた。
酷い有様であったが、そこに昏きものも含めて命あるものは何も見当たらなかった。
おそらくあの狡猾な昏きものによって、狩り尽くされたのだろう。
山中で見た残骸の様なものが多数転がっていたが、それだけであった。
ハットはカマルを連れて教会へ戻り、身を清め、傷を癒そうと祈り続けた。
三日三晩に渡り癒しの波動で包み、身の回りの世話をして、漸くカマルの腹の傷は治った。
普通の人とは異なる成り立ちをしているからか、傷口から芽が出て、茎のようになり、それらが絡み合って傷が塞がった時には驚いた。
「大樹の力か…」
もしもそうであればーーーと、なるべく日の当たる窓辺に寝床を移してやった。
考えは当たっていた。
カマルの顔色は日に日に良くなり、木々の新芽が萌える様であった。
カマルの看病の合間に、辺りの浄化を進めた。
木々は完全に元の姿を取り戻して、山よりこちら側では鳥や獣達まで少しずつ姿を現した。
ギデオン達は、浄化の為に、毒の沼地と化している一帯とここを行き来していた。
昏きものの襲撃もなく、無事にやり遂げて、やっと皆が揃った、春を感じさせるこの日。
遂にカマルが目を覚ましたのだ。
水差しを落とした音と、話し声を聞きつけて、ドタドタと皆が駆け込んできた。
「カマル!」
と、泣きそうになりながら飛びつくシャムス。
「…おいおい。まじかよ。」
涙を浮かべながら、衝撃を受けたのか上手く言葉が出せないギデオン。
「よかった…よかったぁあ!」
「ごめんね!ごめんね!!」
二人とも自分たちの力不足であった…と、責任を感じていた為、その分喜びつつも詫びながら駆け寄ってくるルーアとハンナ。
皆に揉みくちゃにされながら、
室内に注ぐ陽の光よりも暖かなものを感じて、カマルはとても嬉しくなった。
「みんな、おはよう!」
そう言って、大輪の花の様な笑顔を見せた。