神歴第二十六の年 頂きを冠するもの
圧倒的な威圧感。
ビリビリと皮膚を刺激し、鼓動が煩いほど響く。
伝う冷や汗の、その雫一粒一粒を敏感に感じ取る程の、
全ての神経を敏感に反応させなければ、明確に死が迫るとわかるほどの威圧感を放って、ソレは居た。
いつのまにか消えた、先程まで相手取っていた昏きものと似て否なるモノ。
風の抜けるような、高く囀る声を出すと、翼で暴風を起こし、巨大な毒の大槍を作って、こちらへ飛ばして来た。
「みんな下がって!」
カマルが先頭に立ち、分厚い半円状の盾を五重に張り巡らせ、皆を囲った。
「浄化します。」
ハットが笑みを消して、瞳と身体に纏う聖気を強めた。
その二人に向けて、シャムスが聖気を注ぎ込んで…
その瞬間ーーーーーー轟音。
世界から音が消えたかの様な、そんな数瞬を経て、耳に聞こえたのは、がらがらと崩れ落ちる盾の音、
皆が一点を見つめて、息を飲む音。
そして、
どさり。
と、膝をつく音。
カマルの胴を、昏きものの爪が貫いていた。
ちらり、と一同を見ながら、顔を歪めて、嘲るような笑い声をあげた昏きもの。
「おぉぉぁああああああ!!」
そこへ、激昂したギデオンが咆哮と共に猛火を叩き付ける。
昏きものの左眼を叩き斬り、焼き、辺りに焦げついた臭いが漂う。
「ーーーーーーーーーー!!!」
言葉にならない声をあげて、慌てて飛び立つ。
昏きものは、焼けた顔を振り回して火を消すと、
憎々しげにギデオンを睨め付けた。
両者は睨み合い、辺りは空間が歪む程の緊迫感が漂った。
「カマル!」
その後ろ、崩れ落ちた盾の残骸が辺りを囲む中で、
ハットが一番にカマルに駆けつけた。
「ッ…。」
ごぷっ……と、
話そうとするが、溢れる血に言葉にならない。
「喋らなくていい!」
顔色をカマルより無くした様子で、ハットは癒しの聖気をありったけ注いだ。
血は止まったが、穴が空き、どす黒くなった腹は塞がらない。
瘴気を纏った爪と、失った肉があまりに多いせいであることが見てとれた。
「シャムス!」
ハットは大声で呼び付けると、シャムスに聖気を使うよう促した。
泣きそうな顔で走り込んできたシャムスの力で、増幅した聖気を用いて、先程より強い光を放ち癒しの波動を送り込む。
穴は塞がらなかったものの、顔色はましになり、そのまま気を失ったカマル。
「私が間に合えば…ごめんなさい…。」
泣きそうな声でそう言いながらハンナは水の防壁をこれまで以上の質量で築き上げ、皆を囲った。
「くそっ。それはあたしもだ。」
ルーアは、吐き捨てる様に言い、風をその周りに逆巻く様に起こし、守りを固めた。
昏きものは、焼かれた目を腹立たしく思いつつ、
先程と同様、焔を従えたギデオンを出し抜いて、
他の弱そうなものを潰しに行こうと考えた。
そうしてまた弱者を嬲り、愉悦に浸りたい。
動物も、自分より下等な異形のものも、全てのものが膝をついて、項垂れるその様が堪らなく心地良い。
自分が全ての上に居ることを実感したい。
今この瞬間にもその愉悦を感じたいが…
しかし、目の前の業火そのものとも言える存在感がそれを許さない。
目を逸らしたら最後、骨の髄まで叩き斬られる予感…確信があった。
ギデオンも、目の前の質量相手に、途轍もない暴力を持ちながらも狡猾な相手に、直情的に攻めることの危険性を感じていた。
コイツはまだ奥の手を隠している。
先に動いた方が、しかし遅れた方が、負ける。
そんな感覚がお互いに共通していた。
いつの間にか降り出した雪が、辺りを薄墨色に染め、
山の、この場の、ビリビリと刺す様な空気を更に冷やしていく。
冷えた空気に、焼かれた岩が、
ぴしり、と音を立てた。
その音を皮切りに、
両者が同時に仕掛けた。
昏きものは翼を強く振るい、
触手を棘の様にして飛ばしながら、その質量で押し潰そうと突撃して来た。
ギデオンは辺りが歪んで見える程の熱量を放つリュノクスを紅く輝かせながら、全てを薙ぎ払い、昏きものの喉元へ肉薄した。
刃が、炎が、まさにその首を断ち切ろうとしたときーーー
昏きものの姿が、霧の様に立ち消え、ギデオンの胴体に昏きものの尾の蛇が喰らい付いていた。