神歴第二十六の年 遭遇
冬だというのにわずかに積もるのみとなった雪は、教会と、その周囲の丘、森と山の麓まではその白さを取り戻していた。
どうやら山向こうより立ち込める瘴気はこのところ勢いを増している様に見えた。
その瘴気のせいで、山には仄暗く染まった雪が積もり、山頂などは日中でもその暗さによる存在感を放っていた。
そんな景色が窓から見える中、
「ねえ、あたし達強くなれたんでしょ?雪も少ないしさ、ここらで山の向こう見に行ってみない?」
ルーアが朝食時に、干した肉とパンをスープに浸したものを頬張りながら言ったのは昨日のこと。
「ねえ、それ危なくない?ルーアが怪我をしたら…」
すかさずシャムスが引き止めようとする。
ギデオンはその様子を見ながら、
それも良いかもしれない。そう思案していた。
近頃、昏きものの襲撃が無い。
少ないのではなく、全く無くなったのだ。
それに反して増えて来ている瘴気…。
山向こうで、なにかよくないことが起こり始めていることを予感させるには十分であった。
「えー、いい考えだと思うんだよ?拠点もできたし、ここらでばーん!と打って出てみるのさ!」
文字通りどこ吹く風と、聞く耳を持たないルーア。
「でも向こうは未開の地だよ?ここらの安全も保たれてるわけではないし。春を待ってもいいんじゃない?」
言いながらルーアを引き止めるための加勢を求める視線を一同に送るシャムス。
「いや、ここで出るべきだね。」
そう切り出したのは意外にもハットであった。
「主は僕たちに新大陸に巣喰う昏きものを打ち滅ぼすよう命じられた。
そして先日、守りのための力まで下さった。
これはきっと戦いの前の餞別だ。
向こうがどうなってるかわからないけど、先送りは事態を悪化させると思う。」
珍しく自分の意見を強く、しかし穏やかさは失わずにシャムスに、皆に伝えたハット。
「俺も同意見だ。」
と、ギデオンも続いた。
「白鯨の…お祖父様には伝えておかないとね。」
そう言って、山に登れなさそうだからと加えてハンナは笑った。
こうしてがっくりと肩を落としたシャムスを含めて、皆で瘴気の原因である山向こうを探索すべく準備を始めた。
そして今日。
珍しく僅かばかり雲が薄く、雪が止んで、辺りが少し明るく見えるこの日に。
皆で祈りを捧げ、武具を手入れし、食料を詰め込んで、朝が来ると共に、
「皆のもの、無事を祈るぞ。」と、白鯨の応援を背に受けながら山へと向かった。
道中は日頃の浄化のおかげで快適であった。
ルーアなどは、シャムスとカマルと出会った島の果実を干したものを齧りながら鼻歌混じりであった。
山の麓からは流石に表情を引き締め、陣形を組んだ。
先頭にルーアとシャムス、その後ろにハットとカマル、そしてハンナが続き、ギデオンは背後からの奇襲に備えた。
山には枯れた木々が倒れ、落石も多くみられた。
また、元々居たのであろう鹿や、大型の鳥の様な動物の骨が、瘴気で黒ずんで朽ち果てているのも幾らか目にした。
どれも幸せな最期を迎えた様には見えないような、大きな損傷が見受けられた。
それらに手を合わせて清めてから先に進む。
ハットから漏れ出ている優しい浄化の光。
それによりなんとか瘴気に蝕まれずに進むことができた。
「さすがハット。」
と、カマルがすり寄るのを、
「ありがとう、さぁ陣形を崩してはいけないよ。」
と穏やかに嗜めながらハットは考えた。
日がそろそろ傾いているが、難なく中腹まで進んできた。
このまま行けば明日には頂上に辿り着くかもしれない。
今日は七号目あたり…そこで拠点を作って休むか。
「ギデオン。今日はもう少し行った所で休もう。」
そう、声をかけた所でギデオンが叫んだ。
「上だ!」
今日がいつもより雲の薄い日であったことで、後方で皆を、周囲を警戒していたことで、上空からの影にいち早く気付いた。
全員が警戒体制に入るのと、ほぼ同時に風切り音をさせてソレは現れたーーー