神歴第二十五の年 空虚を喰らうもの
寂しい…。
淋しい…。
さみしい…。
ソレは、深く、暗く、狭いところにいた。
周りには自分と同じ様に、闇の中蠢いている物の気配を感じた。
この寂しさを、どうにか埋められるかもしれない。
助けて!寂しくておかしくなりそうだ!
そう思いながらソレは、懸命に、体に纏わりつくものを、なんとか掻き分け進む。
必死に体を捩るがなかなか思う様には行かない。
待って、行かないで。
寂しい、寂しい。
そうしてやっとたどり着いた先で、自分と同じ様に這いずって来たものを見た。
あぁ、一人じゃない。
よかった…
そう思った瞬間、酷く空腹を感じ、
気付けば本能のまま齧り付き、貪っていた。
気がついた時には同類の姿は消えて、自分の体の一部となって、ソレは更に大きくなった。
一緒にいる。
さっきの仲間が自分の中に居る。
その実感と、確かに大きくなった体のおかげで、すこし収まったかに思えた感情。
しかし、少し経つとまた酷く、さらに強くソレを襲った。
寂しい…。まだまだ足りない。
そうやって、無数の同類を喰らい、大きなものを喰らい、いつしか自分がこの辺りで最も大きく、強くなっていた。
体にくっついた、沢山のみんな…。
…まだ足りない。
いつの間にか口は大きく、獲物をすり潰して、一欠片も残さぬような歯が並ぶようになった。
…まだ足りない。
自分のいる、このじめじめとした暗い場所の上に居る、形の全く異なるものを喰らい始めた。
違う、これでは足りない。もっと欲しい。
この苦しみを取り去るほどの強い何かが。
…まだ足りない。
いつしか腹から触手が生え、速く、そして確実に獲物を捉える様になり、より多くを喰らった。
…まだ足りない。
どうやら身体の一部となった同胞や、喰らってきたものが体の中で訴えているかのようだ。
…まだ足りない。
寂しい。
自分は良くないものを集めて生まれたのだと、感情以外のことを考えられる様になった時に思った。
しかし、自分が良かろうが悪かろうが、この感情を埋められるならどうでもよかった。
自分は自分のために、取り込んだみんなも自分のために…。
タリナイ。
足りない。
寂しい。
サミシイ。
もっと…もっと!
ふと気づくと、
何か感じたことのない、それを喰らえば全てが満たされる様な特別なご馳走様の気配がした。
さみしい、さみしい、さみしい、さみしい。
はやく、速く、疾く、ハヤク!
そうして見つけた。
地上の小さな棘を握りしめた小さなものを。
無我夢中で近付いて…小さい癖に、食べれば今までのどんなみんなよりも、
この感情を満たせそうなものに喰らい付いた、と思った。
しかし、その小さなものは見たこともない方法で、自分のここまで大きく、寂しくないようにくっつけた体をバラバラにしてしまった。
悔しい。
寂しい。
そうして動けなくなって気づく。
自分が一つだから寂しいんだ。
みんなと一緒になっても、自分はずっと一人だった。
と。
今まで一緒になったみんなは全部自分になった。
自分も全部自分。
みんなだけど、自分に。
逆は…逆はどうだ?
自分をみんなに…出来るんじゃないか。
これでアイツを、みんなの自分で取り込めば、きっと寂しくない。
薄れゆく意識が、確かに戻った。
寂しい!
足りない!!
そうして、その昏きものは、巨体を無数の小さな体に分裂させて、
夥しい数となった自分の、寂しさを埋めるために、
小さくなったとは言え、凶暴さを増した牙の立ち並ぶ口で、みんなで、自分が、気の済むまで取り込もうと、
一斉に飛びかかった。