神歴第二十五の年 出会い
陽射しはぎらぎらと水面に照りつけ、
潮風も熱気と湿度を持って吹きつける。
島が近いのか久々に見かけた海鳥を、その驚愕する様に出した声を、一瞬で遠くに置き去りにする速度で、
ご機嫌な白鯨に曳かれて、ギデオン達の乗る船は今日も海を渡っている。
吹き付ける飛沫も、突風の様な風も、今は暑さを和らげてくれる。
「ねえねえ!さっき海鳥が居たよね。」
この途轍もない速度と、揺れる船にもすっかり慣れたルーアが、
変わらず和かに笑みを浮かべながら船の揺れに合わせてがくがくと揺れているハットに声をかけた。
「ええ、ね、姉さん。島が、が近いいのでしょうね。」
うっかり舌を噛まない様に、揺れに合わせて話すハットを面白く思って揶揄ったのも初めだけ。
もうすっかり慣れたその話し方には反応せず、
「そうだよねぇ。ちょっと寄って行かない?ねえ!おじいちゃん!」
と、白鯨に声を掛けた。
「んんんー?そうだのう。少し休んでいくか?
すぐ近くに大きな島があるようじゃ。」
白鯨は鼻歌まじりに話す器用さを見せながら、実の孫でもないルーアにおじいちゃんと呼ばれても気にせず、そう応えた。
「ああ、そうしてくれると助かるな。」
今だにやや青ざめた表情のギデオンが、ハンナに支えられながらそう言った。
かくして、そこから半刻ほど行った所にあった、大きな島へと立ち寄ることになった。
島は、白い砂浜に、鬱蒼とした森、そこから見える大きな木や山、見たこともない様な色鮮やかな鳥が飛び交っており、
「随分と遠くへ来たのだなぁ」と、そんな感想を皆に抱かせた。
白鯨は、船を島の縁に停めると、少し沖の方で、大きな潮を吐きながらいびきをかいて昼寝を始めた。
皆、久しぶりの地面を思い思いの方法で楽しんでいた。
ギデオンは鍛錬と祈りを、ハンナはギデオンの近くで歌い、ルーアは森へハットを無理やり引きずって冒険に出かけた。
森の木々は、大きな蔦が絡まったもの、鮮やかな実をつけたもの、何やら甘い香りのする樹皮を纏ったものなど、みたことも無いようなものが多くあった。
落ちていた枝を振り回しながら、いつの間にか木の実を齧りつつ、
「これは美味しい!まだまだ未知の冒険の予感がするねえ!」と、上機嫌なルーア。
「そんな見たこともないもの食べたら…あ、美味しい。」
ハットもこの所ルーアに毒され…慣れて、全く動じず、いつも通りにこにこと果物片手に着いてきていた。
がさがさと、少し離れた茂みが音を立てた。
ルーアは一瞬立ち止まり、周囲の空気が変わったのを感じ取った。
何かが迫ってくる、その直感に従い、彼女は素早くふわりと飛び上がった。
その時、何かがルーア目掛けて飛んできた。
「おっととと、それっ。」
ルーアは、飛んできたものを空中で掴んで投げ返した。
それは石の鏃と鳥の羽を持つ矢であった。
そうして、
「あああ!」
と、矢の飛んできた茂みから声がした。
ルーアとハットが、恐る恐る覗いてみると、耳の尖った、少し浅黒い肌の子供が二人いた。
先ほどの矢に、着ていた粗末な服を縫い止められる形でじたばたと踠いていた。
「ええええええ!」
ルーアとハットは驚きのあまり声を上げた。
その声を聞きつけて、すぐにギデオンが木々を切り倒しながら駆けつけ、その後ろからハンナもやって来た。
「何があったの?」
と、問いかけながら、二人も子供を見つけて驚愕した。
四人は目配せし合い、おそらく一番警戒されなさそうなハンナが話しかけた。
「ねえ、あなたたち。ここに住んでいるの?」
子供たちは、取り囲まれている状況に震えながら、
言葉にならない声を上がるだけであった。
「とりあえず…これ、取ってあげましょう。」
と、ハットが矢を抜いてやり、頭を撫でると、
何度も矢とハットを見比べながら、子どもたちは不思議そうな顔をした。