神歴第二十の年 団欒
夏が与えた煌めきと熱を、吹く風が木の葉を染めながら少しずつ冷ましていく。
少しの切なさを携えて、紅葉と澄んだ空気で心を洗ってくれる秋がやって来た。
まもなく年の暮れ。
今年もレーリア主導の元、教会では降臨の日の準備が行われていた。
ケセフの子、オーズは一を聞いて百を理解する様な子であった。
勢いで突っ走ろうとするレーリアを、遥かに年下のオーズが止めているというのが、このところよく見られる光景になっていた。
「じゃあ、皆この後打ち合わせするわよ。みんなで一から考えるの!全員参加よ!きっと、素晴らしい降臨の日になるわ!」
「ねえ、レーリアさんのやり方は心がこもっていてとても良いけど、方向性と大まかなところを伝えて、
準備して来てくれたことを確認する様にしたらどうかな?
そうすれば余裕ができてもっと入念に準備できるよ?」
などと、傷つけない様にしつつ意見するので、
「まぁ…そう言われればそうかしら?みんな、そうするわよ。」と、レーリアも素直に従っていた。
その様子を見て、神官見習いのルーフと自由人なルーアは苦笑した。
外からは秋の虫達の声と、讃美歌が響いている。
ミヤは、ゼミーラとその娘ハンナと共に、神への讃美歌と舞の練習をしていた。
ゼミーラとハンナが、その美声で奏でる曲に合わせ、ゆったりとした動きで、しかし時に大胆にその体を使い、神の威光と、救いを求める人々を表現した。
舞い踊る度に薄墨色の神が靡き、陽光を受けて輝いている。
讃美歌の内容に合わせて変わる表情と髪の動きが、より一層表現を豊かなものにしていた。
いつの間にか合流した、アイザックが何処からか太鼓を取り出して、
「俺も奏でるよー!」と、小気味よく、時に大袈裟な動きを入れて叩き始めた。
讃美歌や、踊りに太鼓のリズムが加わり、神聖さと陽気さが共に感じられる調律となっていたが、
ここだ!今が一番予想外なはずだ!
曲がラストの盛り上がりに入るその瞬間、アイザックはふざけて、太鼓の上で変な顔をして逆立ちし、
三人を笑わせることに成功した。
「いいねー!みんな幸せかーい?」
と、得意げになったアイザックだったが、その後しっかりと怒られるのだった。
その歌と、踊りに合わせる様に、太鼓とは別で定期的に低い音が響いていた。
打楽器などではなく、
少し離れたところで、ギデオンとメハムが教会に続く道の整備を進めていたのだ。
人も増え始め、教会に集う人数も増えたため、この機会に整える様に、師であるケセフから命じられていた。
熊手に、大きな槌を持って、石を取り除き、地面を平にして、メハムの関連で切り取った石を並べて…
舗装された石畳の道を作っていた。
二人は、細かいことが得意な方ではなかったので、訓練がてら体を動かす作業に、とこの様な役割を与えられていた。
最初こそ、ギデオンからメハムに話しかけたものの、メハムはかなり寡黙なため、
「よお、最近師匠はそっちにかかりきりで羨ましいよ。最近どんなことやってるんだ?」
「剣。振ってる。」
「いや…訓練の内容はどんな感じだ?ってことよ。」
「体動かす。夕方までやる。」
「…。」
この様なやり取りの後からは、最低限作業に関することだけ意思疎通をとっていた。
体術と剣術の上達が凄まじいだけのことはあって、ギデオンはともかく、メハムも息切れ一つせず、
ギデオンが慣らし、メハムが石を運び、並べて…と、黙々と作業をこなし、
予定よりも二刻は早く終わってしまった。
「終わったな。」
「うん。」
「戻るか。お疲れさん。」
「ううん。」
「戻らないのかよ?どうするんだ?」
そう、ギデオンが振り返りながら問うと、
突如メハムが拳に聖気を纏い殴りかかって来た。
「おい!いきなり何しやがる!」
すんでのところで躱したギデオンが、その拳の纏う聖気の厚みと、拳圧に冷や汗をかきつつ文句を言うと、
メハムは更に、聖気を纏った鋭い中段蹴りと共に、「手合わせ。」とだけ答えた。
ギデオンはその蹴りを同じく聖気を纏わせた膝で合わせて打ち消したが、足はビリビリと痺れ、足を止められてしまった。
「好機。」と、顔色を変えずさらに肉薄するメハム。
そこへ、「落ち着け!」と、ギデオンが頭突きをした。
目の前に星が飛び散る様な衝撃で倒れ込んだメハム。
仰向けになりながら、「不覚。次こそは。」と、言ったところで、丁度「好機」辺りで戻ってきたケセフと、ギデオンに
「簡単に聖気を使って喧嘩するんじゃない。」
「人のことは言えねえが、ちゃんとした手合わせならやってやるから。とりあえず今日は降臨の日だ。やることは山ほどある。」と、注意されたのであった。
三人が戻ると、もうイーサンとローシュも来ており、
レーリアが、神を呼んだところであった。
中空に現れた金色の光が辺りを照らすと、神が姿を顕にした。
木々が落とした葉を風が持ち上げ、光の周りに集まったかと思うと、木の葉にもきらきらと光が集い、幕が開くかの様にして一斉に散って行った。
皆手を合わせ、跪いて、その美しさと、神聖さに心を震わせた。
光が柔らかなものになり、神がその目と口を開いた。
『どれ、久しいものも居るようだな。皆今日は楽しむが良い。』
歓声が上がり、宴が始まった。
そうして今年も暮れていくのだった。