神歴第十二の年 祝福
空は日に日に青を深め、青葉は陽の光を浴びて、瑞々しく大地を覆い始めた。
吹く風は少し湿り気を帯びて、熱を持ち始め、間も無く来る夏を感じさせていた。
ローシュと、エーレはケセフの家で、湯を沸かし、清潔な布を用意して、レーリアは祝福を受けるための準備を慌ただしく行っていた。
ここに新たな命が誕生の時を迎えていた。
ケセフとゼミーラの間に双子が産まれるのだ。
動物達はいつも以上にゼミーラの側に居ようとしたが、ケセフが、
「もう少し待っていてね。生まれたら必ずすぐに見せるからね。」
そう優しく伝えると、おとなしく家の外の窓からその様子を見守り始めた。
ある日からケセフだけでなく、ゼミーラの、お腹の側を離れようとしない動物達を見て、
ケセフもゼミーラも、もしかして…と、思っていた。
レーリアに会った時、それは確証に変わった。
「あら、兄さん。義姉さん。おめでとう。」
ちらっと一瞥しながら、そう言われたのだ。
一際強く、ケセフの瞳の様な聖気を放つ魂と、蒼く澄んだ光を持つ魂が見えたのだという。
ゼミーラのお産は比較的安産であった。
とはいえ、「素晴らしいあなたの子を私が、元々人では無かった私が無事に産むことが出来るのでしょうか…。」
と、懐妊がわかってからずっと悩んでいたゼミーラにとっては、やっと…という安心感と、不安と緊張にも包まれながらのものであった。
陣痛が始まり、半日ほどで産声が響いた。
ぐったりとしながらゼミーラは、無事に役目を果たした。と、感激の、大粒の涙を流していた。
ケセフは、そんなゼミーラに、いつも以上に優しい声色で、「君は立派だ。私には絶対にできないことをしてくれた。私と君と、子供達のために。素晴らしい人だ。私の伴侶があなたで良かった。」
そう言って労った。
ゼミーラは何度も頷きながら、
産湯を終え、包まれた二人を抱きしめ、その小さくとも確かに刻まれる鼓動と暖かさに、また違った形の暖か涙を流し微笑んだ。
先に生まれた男の子、ヨナは神の銀髪にも、ケセフの銀に近い灰色の髪にも似た髪を持って、蒼く澄んだ瞳を持っていた。
後に生まれた女の子、ハンナは、ゼミーラの血を色濃く継いだのであろう。
ゼミーラに似た、夏の海の様な蒼い髪に、白鯨を思わせる、練色の瞳に蒼が散りばめられていた。
レーリアは、
「我が主よ、英雄、伝道師ケセフと、ゼミーラの子が産まれました。
どうか彼らの世界に祝福をお授け下さい。」
と、神域の葉を掲げて祈り、
神からの祝福がいつも通りに届くかという時、
『ご苦労である。直接顔を見てやろう。』
神自身が降臨された。
レーリアは、驚き仰け反った。
他の家族も同様であった。
ローシュは、子供達をゼミーラに渡した体制のまま、固まり、
エーレはその手に産湯を行った後の湯を持ったまま、戸惑い、家族全員が息を呑み、驚きのあまり身動きが取れなくなった。
『驚かなくてもよい。
産まれた子に、英雄の兆しを持つものが居るのだ。
自ずから来てもよかろう。』
少女は悪戯っぽく笑うと、赤子たちに向き直り、祝福の言葉と共に、聖気を与えた。
『この命に、天と我の加護と世界の祝福を授けよう。
子らは、健やかに、強く、愛し、愛され、守り、守られ、誰かの光に、そうなるように。』
そうして、天に向かい手を掲げると、夏の日差しもかくやという程の光と、穏やかに煌めく神気が二人の赤子を包み込んだ。
そうしてヨナとハンナは神から直接祝福を受けたのであった。
外の動物達ははしゃぎ回り、供物を持ってきて、
いち早く知らせを聞きつけた白鯨の歌う、賛美と祝福の歌が大音量で響き渡り、
陽光は、雨も降らないのに、空に鮮やかな虹を映し出した。
世界は祝福に満ちていた。