神歴第七の年 神の思惑
すっかり神殿での生活にも慣れ、
魂を導き、祈りを聞き届け、時にこっそりと世界を見て周り、悪戯っぽく微笑んでいた。
少女は人々の様子を見守りながら、その繁栄を喜んでいた。
神の子らやその子らはそれぞれに、血のつながらないもの同士で交わり、役割を果たしていた。
ケセフは無事、ゼミーラと良き伴侶となった。
ヨナ、ハンナの双子と、末っ子のギデオンという子を成した。
子どもが生まれるたび、白鯨が大喜びして、数日に渡り海から賛美と感動の歌が響き続けたのには皆苦笑した。
それと同時期、ルーフとミヤが生まれ、翌年、ギデオンと同じ年にルーアが、その更に翌年にギデオンが生まれた。
イーサンとローシュの元にも続々と新たな命が宿った。
ヨナ、ハンナと同時期にミヤとルーフ、
ギデオンの生まれた翌年にルーア。
そして今年、まもなくギデオンという男児が生まれようとしていた。
生まれた赤子全ての祝福をし、
降臨の記念日の祭典は更に賑やかなものになってき、世界は日毎に発展していた。
ここ数年を振り返ると、前の神が造った子と、その子たちにより、人は順調に発展してきていると感じられた。
『さて…じきに人の子の世がやって来るだろうな』
少女は、世界の発展と成長のために、人の繁栄が不可欠な事を、「知識」と、前任者の記憶から知っていた。
人の子の世には、必ず崩壊につながる悲劇が待ち構えていることも。
そのことが少女の頭を悩ませていた。
世界とは恐らく、破壊と創造を繰り返し、より逞しく成長するのだろう。
人が病を克服して、その病に抵抗する力を得る様に。
草木が虫に喰われぬよう、棘や毒を持つ様に。
世界も、あらゆる滅びを経て、あらゆる滅びに耐える力を付けたいのではないか。
彼女は自身の「知識」と、長年にわたる思案の末にそう結論付けていた。
しかし、だとしても。
だとしても自らが愛しているこの世界を、前の神から託された思いの籠ったこの世界を、簡単に諦める訳にはいかなかった。
『どうにか、どうにか崩壊を経ずに、世界を強くすることは出来ないか…』
考えていたことが、思わず口をついて出てしまった。
「神様、神様、我が主よ。お悩みのところ失礼致します!」
間の悪いことに、熱心な伝道師に聞かれていたらしい。
『何用だ。』
少し不機嫌にそう応えると、
「森に住まう、ケセフから子牛への祝福を頼まれて御座います。」
と、レーリアは続けた。
『そうか。息災な様で何よりだ。』
そう返事をしながら、頬杖をついていた姿勢を正し、手を天に掲げて祝福を捧げた。
少女から放たれた聖なる光は、白亜の神殿を飛び出して、梅雨時の曇り空を割り、陽光に照らされても尚明るく、時折吹く風よりも速くケセフの住む森へ着いた。
そうして、静かに厩舎の中で、柔らかく解された寝床の上で休む、その日生まれた子牛と、その母を、穏やかに、暖かく包み込んだ。
「ありがとうございます。
過ぎた発言かと存じますが、神の思し召しであれば、皆正しく受け止め、信じて、私どもに為すべきを成します。
私どもの心は常に、御身とともにあります。」
しばらくすると、レーリアから伝わってきた。
『そうであるか。過ぎたるを赦そう。
我も常にお前たちと共にある。』
「ありがたき幸せ。この身が常に正しき光に照らされて、遍くを導いていきますことをお誓いします。」
『ああ、ご苦労であった。』
そう返し、祈りによる繋がりを切ると、
少女は、ほうっとため息を吐いた。
時折見せる察しの良さは侮れない。
そう思いながら、再び思案し始めた。
信じた道を行けということか。
そうして閃く。
苦難により人を育て、その祈りで第二、第三の世界で神は力を増して、崩壊を防いでいた。
あれを、より強固な祈りで強めることができれば…。
しかし、あまりに強い困難は疑念を生む…第三の世界がそうであった。
で、あれば、だ。
困難が立ち塞がる時期に、
都合良く祝福により力を与える子が英雄となり現れるようにし、それらと我への信仰が集まる様にしてみてはどうか。
英雄には尚強い信仰心を祝福の際に与えてみるのはどうか…。
既に生まれた子らの中からも、英雄足りえる者を探し、信仰心を強く持つようにしてみるのはどうか。
「知識」が聞きもしないのに、
「それは新たな試みであり、是である」と語りかけてきた。
『身勝手なやつだ。とにかく…やってみる価値はありそうだ。』
そう独りごちると、再び頭を悩ませ始めた。
そうして、世の果てから悪しき、昏きものが出現することになるのは数年後のこと。
神となった少女は、自らの愛しい世界と、愛する子らのために悩んでいた。